方法40-5︰どっこい生きて……死んでる!?(不意に事故りましょう)
「おぐぅっ!?」
ワタシは後ろ向きに倒れ込んで、柔らかな床に頭をぶつけた。慌てて体を起こす。
するとワタシの体に乗ってた何かが、横にドサリと落ちた。ケムシャだ。ダランとしてて、まるで死んでるみたいにピクリとも動かない。
「あれ?」
ワタシは見知らぬ廊下にいた。むき出しの天井には配管が絡み合い、ところどころにある電球が弱い光を投げてる。
床には深緑の絨毯が敷かれ、壁には一定の間隔でドアが並んでる。どことなく、ネドヤ行ったときに乗った飛行船の客室廊下を思い出させる。
そういえば、いまにもシザーなマンの精神的後継者が現れそうな雰囲気だ。
ここへ来る直前、サロエの声がしたことを思い出す。そして、寒気とともに自分のいる場所を理解した。ポケットディメンションだ。
パニックを起こしそうになり、必死でこらえる。
そっと立ち上がると、足先でケムシャの体を蹴ってみる。反応がない。
もしここが本当にポケットディメンション内のダンジョンなら、このままこうしてるのはマズい。魔物に殺してくださいって言ってるようなものだ。
まずはここから離れて、それで……ど、どうしよう!?
ポケットディメンションから出るには何日もかかる。そのあいだに絶対、魔物とはエンカウントする。身代わり札はあるけど、9枚しかない。最弱でも速い魔物に出くわしたら振り切れなくてアウトだ。
死ぬ。
だいたい、水も食料も一切ない。寝てる間は無防備だ。魔物をやり過ごせても。
死ぬ。
ワタシはここで、どうにもできずに。死ぬ。
呼吸が荒くなる。悲鳴をあげないよう、自分の口を手で塞ぐ。
ィィイィィィ……ハタン。
どこかでドアの閉まる音。心臓がバクバク言う。冷静な判断じゃなく、たんに怖いから、ワタシは身を隠すためドアを開けようとした。そして止まる。
もしこの中に魔物がいたら? 中に入ったところで廊下に魔物が来て出られなくなったら? 部屋の中に入ってこられたら?
どのみちこうなったらもう、どうやったって助からない。でもじゃあ、ここでこのまま殺されるのを待てる? 無理だ。
サロエ、ホントなんてことしてくれたんだ。こんなの絶対に……。
そっか。ワタシのこと甲種擬人だと思ってるからか。本当にそうなら、ここで殺されたりはしないから。
つまり、サロエに本当のこと話さなかった結果がこれなわけか。
なぜか無性におかしくなって、思わず笑いそうになる。口に当てた手を血が出るほどキツく噛んで我慢する。
痛みで冷静さが戻ってきた。
ここに居るのは危険だけど、あまり離れるのもマズい。向こうにはまだみんな残ってる。誰かが来てくれればワタシたちと同じ場所に現れるはずだから。
そうすれば助かる。ってか、他に生存エンドの道はない。うかつに離れたら合流できなくなって詰む。
外とこことじゃ時間の流れが違う。たしか外の1分がこっちでは約70分。
むこうがあの後どうなったのか判らないけど、すぐに飛び込んでくれてたら5秒とか10秒。こっちの時間で長くても15分くらい。
えっと、ワタシがここに来てから何分経った? 判らないけど、早ければあと数分。それならたぶんイケる。
気がつくと、無意識のうちにワタシは何度もケムシャの体を蹴ってた。相変わらず反応はない。
ッユッ。
頬を何かがかすめた。見ると廊下の向こうに魔物がいた。薄暗いせいでよく見えないけど、そいつはゆっくりこっちに──。
何かが今度はワタシを直撃した。黒い光が散る。200万! じゃなかった。身代わり札が1枚消費されたんだ。
ワタシは思わずドアを開け、中に飛び込んだ。
部屋の中には何もなかった。ただ、反対側にもドアがある。ワタシはためらうことなくそのドアを開けて、廊下へ出た。
いちど走りはじめると、今度は止まれなくなった。さっきのあれに追いつかれるのが怖くて。
動き回ればスタート地点から遠ざかるしエンカウント率も上がるって理屈では解ってるのに、足が止められない。ワタシはあっさり、唯一の希望を失ってしまった。
どれくらい経った? 数分? 数時間? 数年? こうやって走ってると、一つだけいいことがある。息が切れて、悲鳴なんてあげられない。
気がつけばワタシは泣いてた。視界がにじんで転び、涙を拭おうとして転び、また立ち上がって走りだす。
ドン! バン! ガタン! ガッガガン! ドン! ダン! バン! ゴン!
急にどこからか凄い音が聞こえてきた。音はどんどん大きくなる。とうとう、強くて速い魔物が追ってきたんだ。
ワタシはその場に座り込むと、諦めた。
なにを諦めたのかは自分でも解らない。助かること? 逃げること? きっとただ、走り続けることを諦めたんだと思う。
せめて恐怖を感じないくらい狂えたら。その時が来たら気絶できたら。
いつのまにか身代わり札の残りは6枚になってた。廊下で、部屋で。何度か魔物と出くわしてたから、そのときのどこかでヤラれたんだ。
音は今やすぐそこまで迫ってる。そしてとうとう。
ダァン!
すぐそこのドアが吹き飛ばされ、何かが転がり出た。そいつは反対側の壁にぶつかり、止まる。ワタシはそちらに引っ張られそうになって、軽くよろけた。
「ヘゲちゃん!?」
ワタシは自分の目が信じられなかった。ようやく頭がおかしくなった、って感じはしない。
ヘゲちゃんは全身ズタボロで、ブラウスの袖ごと右腕がなくなってる。服も血まみれだ。
ヘゲちゃんは体を起こすと手を伸ばし、例の黒い光球をワタシの後ろに放った。振り返ると近づいてきてた魔物が光球に呑まれて、滅ぼされるところだった。
ヘゲちゃんは膝に手をついて立ち上がると、ヨロヨロしながら手近な部屋に消えた。ワタシも慌てて後を追う。
「ちょっと、休ませて」
中は何もない部屋だった。ヘゲちゃんは壁に体を預けると、目を閉じた。
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