方法40-4︰どっこい生きて……死んでる!?(不意に事故りましょう)

 戦闘は一方的だった。整然とした指揮系統の下、隊列を組んで戦うアシェト軍に対し、ケムシャの集めた方はバラバラに挑み、潰されていく。なかには多少の連携もあるみたいだけど、しょせんは一部。全体の連携は取れてない。空も固められ、背後も抑えられ、逃げることさえできない。

 もともと交渉のプレッシャー役でしかなく、戦うとしても街の中を戦場にすることだけを目的に編成された並列支部軍は一方的に削られていく。


「そうやってバカみてぇに眺めてたってしょうがねぇだろ。ほら、交渉はじめるぞ。早くしねぇと外が終わっちまう」


 アシェトの言葉に、ケムシャは我に返った。


「アガネア嬢を入会させていただきたい。条件は最後に提示した内容。圧倒的な好待遇です」

「こんなことまでして、私らがうなずくとでも思ってんのか?」

「ええ。切り札があります。アガネア嬢は人間なんでしょう?」


 ワタシは思わず、隣に立つサロエを見た。サロエはワタシの視線に気づくと左手を背後に回し、ワタシにだけ見えるように立てた人差し指を回して手を開いた。クルクルパー。

 どうやらケムシャの話を少しも信じてないらしい。


「晩餐会のとき、毒を盛ったのは僕です。彼女が人間だと確かめるために」

「なんでそう思ったんだ?」

「シャガリ君の報告書ですよ。彼女は気づいていないようでしたが、報告書の内容を総合して、その可能性に至ったんです。そして毒を盛った結果から確信しました」


 今度はサロエがワタシを見る。ワタシはそっと、自分のこめかみをつついた。サロエはかすかにうなずく。どうもケムシャのことを完全に頭がおかしいとしか思ってないみたいだ。

 ワタシを入会させるためにこんな大軍を動員してる時点で、そう思うのも無理はない。


「誤解しないでいただきたいのですが、僕らはあなたがたの味方です。アガネア嬢が人間だと確信できたときの興奮が解りますか? 彼女はこんな時代に唯一無二の、魔界で暮らす人間です。ユニークな悪魔どころの話じゃない」


 熱っぽい口調のケムシャ。そのくせ夢見るように、視線は壁に映し出された虐殺の様子へ向けられてる。戦いは終わりに差し掛かっていた。


「このことを知っているのは僕と、張姉妹だけです。もちろん口外なんてしません。せっかく手に入れたのに、どうして失う必要があるんですか? むしろこの秘密を護ることに全力を尽くします。アガネア嬢。今や僕は、あなたの信奉者なんですよ」


 そのセリフ、ギアの会のみんなが聞いたら怒るだろうなぁ。


「交渉が決裂したらどうすんだ?」

「もちろん、しかるべき筋を通してこのことを公表します。そんなことをしたら僕も魔界もただじゃ済まないでしょうが、彼女が手に入らないのなら、どうして生き続ける必要があるでしょうか?」


 知らねぇよ。このオッサン、普通にキモいな。ヘゲちゃんもこの万分の一でいいからワタシへの愛を見習ってほしい。そしたらこの前のことは許さないでもない。


 それにしてもこれはあまりに危険で、身勝手で、およそ本人以外には共感できないような価値観だ。なのに、両脇に控えた張姉妹は少しも反応しない。ケムシャほどイカれてはいないと思うんだけどなぁ。


 ケムシャの言葉をアシェトは鼻で笑った。


「トンデモ話としちゃよくできてるな。が、それじゃ交渉にならねぇ。却下だ。帰ってしかるべき筋ってのに泣きついてみせろ。もっとも、私は泣きつかれた側がお前の話を握り潰す方に賭けるけどな」

「そんな。ですが──」


 いきなり張姉妹がワタシめがけて装置を思いっきり滑らせた。さらにガラス管の側面が割れて、中から本物のケムシャが飛び出す。一瞬の出来事だった。

 ケムシャはワタシに向かって手を伸ばしてる。


「ガネ様!」


 サロエの叫び声が聞こえ、視界が暗転した。

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