方法40-3︰どっこい生きて……死んでる!?(不意に事故りましょう)

 急にドアがノックされ、一人の悪魔が入ってきた。


「ミュルス=オルガンに四方から進軍。数は約四万。あわせて市庁舎からの講義と、ケムシャ氏という悪魔から面会の要請が来ています」


 四万。東京ドーム一杯分くらいかな。フィールドに立ってそれだけの人数に囲まれたら……凄いのかどうなのかわからない数だ。

 ワタシたちは自然とアシェトに注目した。


「意外と集めたな。市庁舎にはメガンを送って、心配すんなって言わせろ。私が保証する。ケムシャには会ってやるって伝えろ。ただし、契約話法だの同意書だの、そういったのはナシだ。来たらここに通せ」

「ここに、ですか?」

「ああ。ちょっとした趣向があんだよ」


 言われた悪魔は急いで出ていった。


 それにしても四万の悪魔の軍勢。なんかみんな平然としてるけど、けっこうヤバいんじゃ……? ワタシは解説チャンスですよ、という期待を込めてベルトラさんを見た。


「間違いなく並列支部の集めた兵隊なんだろうが、四万だとこの街を包囲するには足りないな」

「そんな急に四万人も動かせるものなんですか?」

「まあ人間の軍隊なら兵站やら設備なんかもあるから無理だろうが、四方向で一万人ずつ分けて、ただ飛んで来させるだけならたいしたことない」


 そっか。たしかコミケの来場者数だってもっと多かったはず。あれだって各自がそれぞれ来るんだし。


「そもそも強い弱いはあるにしても、悪魔は基本誰でも身一つで戦える。攻め込めば住民の抵抗に遭うだろうから、ミュルス制圧なんてのも不可能だろう」


 そっか。じゃあ全然たいしたことないじゃん。軍隊に攻められるのなんて初めてだったから心配しちゃったよ。


「じゃあ、何しに来たんですか?」


 サロエが尋ねる。


「あたしらへのプレッシャーだな。たしかに陥落させられることはないが、街中が戦場になれば建物やなんかに被害が出る。住民も無傷ってわけにはいかない。争奪大会はウチの主催だろ。ってことは街中の被害はウチの責任ってことになる。客商売としては最悪の事態だ。おおかたそのプレッシャーでアガネアの入会交渉を今しようって考えだろう。それも有利に、な」


 たしかに争奪大会で手に入るのは独占的交渉権だけだ。けど、ここまでの負担を思えばそれだけで終わりにはできないだろう。一気にワタシを加入させるところまで行きたいと思うのは無理もない。


 それにしても考えれば考えるほど回りくどいっていうか、頭おかしいっていうか。いくらワタシだって、ここまでされるほどの価値があるとは思えない。ドン引きである。


 そうこうしてるうちにケムシャ軍は街の四方に到着して止まった。

 ワタシたちは席に座ったアシェトを挟んで、片側にヘゲちゃんとベルトラさん。逆側にワタシとサロエが立ち、ケムシャたちが入ってきたら向かい合う形になった。


 それからしばらくして。


「ケムシャ氏、張姉妹嬢をお連れしました」

「入れ」


 案内役の悪魔がドアを開ける。通されたのは張姉妹と──。


「!?」


 全員が驚く。張姉妹と入ってきたのはケムシャじゃなくて、見たこともない装置だった。

 それはかなり大きな蛍光灯を立てたような形だった。ガラス管の部分は透明な緑色で、真ん中が膨らんでる。よく見れば中には煙みたいなものが満たされてて、ゆっくり渦を巻いてた。

 上端には何かの装置がゴタゴタついてて、下端はキャスター付きの台座になってる。両脇には台座から伸びる取っ手がついてて、左右の張姉妹がそこをつかんで装置を移動させてる。


「調べた限りでは危険なものではなさそうです」


 ヘゲちゃんがアシェトに告げる。案内役が部屋を出ると、張姉妹が会釈した。


 ブゥゥゥゥン。


 低い音がしてガラス部分が淡く光り、煙が中央に集まる。やがて煙はボンヤリとケムシャの姿になった。


「みなさんお久しぶりです。お変わりなさそうで何より。そちらはアガネア嬢の新しい従者ですか」


 煙でできたケムシャが口を開いた。


「本来であれば僕もそちらに同席すべきところですが、いささか強引な方法を取らせていただきましたからね。失礼を承知で念のため遠隔での参加とさせていただきます」


 アシェトが不愉快そうな声をもらした。


「で、こりゃどういうわけだ? まさか福利厚生でピクニックに来たってわけじゃねえんだろ?」


 ケムシャの説明はベルトラさんの読みどおりだった。加えるなら、住民が打って出ようがアシェトの強烈な範囲攻撃があろうが、これだけ広く展開してれば侵入を許してしまうだろうってこと。


 話が終わるとアシェトは腕を組んだ。


「なるほどな。普段はヘゲにこういった交渉は任せるんだが、その頭悪そうなアイデアに免じて私が相手してやろう」


 それって安心すればいいのか、不安になればいいのか。


「その前に。今日はちょっとした趣向を用意してやったぞ」


 アシェトが合図すると、ヘゲちゃんがうなずいた。次の瞬間、アシェトの執務室から天井と壁が見えなくなり、代わって外の光景が映し出された。

 明るい夜空の下、ミュルスの街並みが広がる。その外に、並列支部軍の黒い影。なるべく街を囲むよう、厚みは薄く細長く展開してる。どうやら百頭宮で一番高い塔の屋根からの眺めらしい。


「ははあ、これは。我ながら壮観ですね」


 感心するケムシャ。


「そうか? まあまあってとこだろ。それに、趣向ってのはこれじゃない」


 そしてアシェトはわざわざワタシたちに聞こえるように言った。


「いいぞ。配置につけ」


 そのとたん、街のフチが破裂したように見えた。地上と上空に、一瞬で街から無数の悪魔が姿を表したのだ。悪魔たちはミュルスと並列支部軍のあいだに展開する。


「こ、これは!?」

「アシュタロト様が率いてた地獄の四十の軍団。その指揮権も私は引き継いだんだ。全員ってわけにゃいかなかったが、ひとまず一万。各方面二千五百ずつだ。ハンデとしちゃこんなもんだろ。いや集めすぎたか?」

「いや、しかしあれは天界に制圧されたとき解体されたはず」

「だな。ただ、元団員が個人的に集まる分には問題ねぇだろ。それと、ほら来た」


 遠くの空から高速で何かが押し寄せてくる。先に出てきた軍団と、ちょうど並列支部軍を挟むような形になったそれは──。


「追加の一万。これで挟み撃ちだ。悪ぃな。できれば10対1くらいにしてやりたかったんだが、おまえがどんだけ集めたのか判んなかったから」


 ケムシャは言葉も出ない。ただ呆然と映し出されるアシェトの軍勢を眺めてる。


「せっかく前乗りで待たせてたんだ。まさかこのまま半分帰れってわけにもいかねぇ。さてと。数は多いが雑多な寄せ集めと、訓練された本物の軍隊。一人でも街に入れる奴がいるといいな」


 アシェトはゆっくりと、組んでた腕をほどいた。


「これで準備はできた。そろそろ始めるか」


 それは戦闘開始と交渉開始、両方の合図だった。

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