方法41-2︰暗号解読とマーライオン(不用意な発言に気をつけて)

 そんなこんなで突然、ワタシはバビロニア=オルガンへ行くことになった。なんてことはなく、あれからもダラダラと毎日を過ごしてた。


「ガネ様。ガネ様の好きなビールの水割りです」

「気を利かせようとしてくれたのは解った」

「あ、解ります? やったっ!」


 しかし、間違って憶えたのだけ上書きできないってのはどういうことか。昨日、水割りはウイスキーって教えたはずなんだけど……。ひょっとして、地味に嫌がらせされてる? いやいや、サロエに限ってそんな。

 にしても、アホな子ほど可愛いって格言あるけど、あれ逆かも。可愛くないとアホな子は許されないんじゃないだろうか。

 目の前で嬉しそうにはにかむサロエを見て考える。


 今日このあと、ヘゲちゃんとベルトラさん、サロエとワタシは出かける予定だ。妖精悪魔のリーダー、リレドさんから久しぶりに顔見せろってことで招待されたのだ。

 なんか術式の解読についても話があるらしい。



 約束の時間ちょうどに行ってみると、最初にリレドさんに会ったのと同じ部屋に通された。


「やあ、久しぶり。争奪大会はなんだか予想どおりの結果になったみたいだね。サロエはどう? 迷惑かけてない?」

「はい。がんばってくれてます」


 迷惑かけてないとは言ってないけど。


「そうか。ならよかった」


 リレドさんは笑顔になったけど、なんか前より元気ないような。


「どうかしたんですか?」

「ああ、うん。頼まれてた解読のことなんだけど……。けっきょく、満足な結果は出せそうにない」


 リレドさんが説明してくれた話をまとめると、謎の記号から部分的に復元するところまでは行ったけど、けっこう曖昧な部分が多く残ってるってことだった。

 もともと人間の魔術自体が複雑でよく解らない部分が多いうえに、謎の記号も無駄にややこしく、さらにもとの術式を改造してるせいで、解読に限界があるんだとか。


 ちなみに説明が始まったところでサロエは友達に会うとか言ってどっか行った。


 ワタシたちはリレドさんから分厚い紙束を受け取る。いちおう表裏に厚紙を当ててヒモで束ねてある。


「とにかく、これ以上は人間の魔術を専門にしてる悪魔にでも相談しないと進めそうにない。さんざん蔵書も調べたのに、情けないよ」


 リレドさんな話を聞きながら資料に目を通してたヘゲちゃんが顔を上げた。


「そうでしょうか? これなんて断片的とはいっても、消去法であてはまるのはミルクを腐らせる魔術だって判りますよね? こっちはイボを取る魔法。それなりに解読できてるのでは?」


 サロエはヘゲちゃんの隣に立つと資料を覗きこむ。


「こっちなんかは元の術式に、復元案が二つあるだろ? 天気予報なのか、失せ物探しなのか絞れなかったんだ」

「なんか、ずいぶんいろんな術をやろうとしてたんですね」

「簡単なヤツから、だんだん複雑なものにステップアップしてったらしい。謎の記号も最初からできてたっていうよりは、並行して作られていったみたいだよ」

「よくそんなの解読できましたね」

「だから完璧じゃないんだ。巻末に対応表をまとめたけど、一つの記号に複数の文字が割り当てられてるのはそのせいだ。最初から複数の文字に対応させてる記号もあるみたいだけど。なかには表意文字と表音文字を兼ねてるものまである」

「そもそも、何をしようとしてたと思いますか?」


 ヘゲちゃんの質問にリレドさんは首を振った。


「それが一番わからない。人間の魔術を悪魔ができるようにしたかったのか、こうした研究の成果を何かに応用したかったのか。それとも、これが目標なのか」


 リレドさんが開いた最後の方のページに、複雑な術式が載ってた。それまでのものとは明らかに違う。

 中央に大きな魔法陣があって、その周りにも小さな魔法陣がたくさんあって、それを直線的な術式のラインが結んでたり、リボン状の術式が囲んでたりする。


「完成なのか、実験途中の失敗作なのか。人間の魔術がベースなんだろうけど、ほぼ全体が改造されてて特定は難しい」


 術式は部分的に復元されてた。人間の魔術はラテン語の祖先と悪魔の言葉と、人間が悪魔の言葉やマークだって信じてる無意味な文字のごたまぜでてきてるそうで、ワタシに読めるところもあった。


 術式を見てたヘゲちゃんが、とある箇所を指した。


「リレドさん。もしかしたら解読は不完全でも、成果としては充分すぎるかもしれません。ほら、ここ」


 そこには悪魔の文字でこう書かれてた。


“タレバテメエガザイゴウノタイカハ(アルファベットみたいな文字)ラワレネバナンネサレバオメサンハモウケダモンダ”


「そうであるならば、己の罪業の対価は人を人たらしめる根源によってすみやかに支払われねばならない。さすれば汝はもう獣である──。悪魔が人と結ぶ契約書のテンプレートの中でも、一番古いものに出てくる一節です。ここと、ここもかしら。全文じゃないかもしれないけど、分解してあちこちに散りばめてあるみたいですね」


 ヘゲちゃんは術式のあちらこちらに触れる。


「そう、なんだ? それにしても、そんなことよく知ってたね」

「それはヘゲちゃんが夢見る召喚されたガールだかっ!?」


 ここでひとつヘゲちゃんに大切なお話があります。肘鉄をするときは腕とかにしてください。けっして今みたいにみぞおちへ打ち込んではいけませんよ。


「がはッ」


 イスごと後ろへ倒れたワタシを無視して、ヘゲちゃんが答える。


「妖精悪魔は悪魔として人間と接することがないでしょうから、知らないのも無理はありません。ですが決して。決してマニアックな知識というわけではありません」

「そっか……。それで、人間との契約が関係するといえば」

「ええ。代表的なのは悪魔召喚です」


 リレドさんの表情に力が宿る。一方そのころワタシは、ヘゲちゃんにさりげなく足で腹を踏まれ、起き上がれずにいた。


「もう一度、時間をくれるかな? それが悪魔召喚をベースにしてるって仮定して、もう少し取り組んでみるよ」

「はい、ぜひ。よろしくお願いいたします」

「ところでその、ガネちゃん踏んでるのは……?」

「悪魔ならではの愛情表現です。ヘゲちゃんたら、ところ構わずサカっちゃっ!?」


 薄れ行く意識の中、ここでもうひとつヘゲちゃんに大切なお話があります。どういう仕組みか知らないけど、ヘゲちゃんの最大荷重は百頭宮と同等です。本人的にはほんのちょっとのつもりでも、ワタシがあおむけのマーライオンになるには充分なんですよ。



 それから再びリレドさんに呼び出されたのは一週間後のこと。

 同じ部屋で待ってたリレドさんは目を充血させ、髪はボサボサで、顔は脂にテカってた。服も服も前回と同じで、ひょっとしなくてもあれからずっと解読に取り組んでたんじゃないだろうか。

 そりゃどおりで出迎えてくれた妖精の視線が冷たいわけだ。ずっと本業サボってたんでしょ。


「復元できたよ!」


 嬉しそうに告げるリレドさん。


「まだところどころ不明な部分もあるけど、ここまで解ればなんの術式か断言できる。やっぱりこれ、悪魔召喚の魔術だったよ」


 リレドさんが広げた一枚の紙には、あの複雑な術式が大きく描かれてる。けど、その大部分は例の謎記号じゃなくなってた。


「この紙はあげるから。で、ほとんど原形を留めないくらい改造されてるけど、ほら」


 リレドさんが紙の端にある赤い円に触れると、術式のあちこちが赤く輝いた。


「人間の使う召喚術式。バラバラにしてあちこちに組み込まれてたんだ」


 今度は隣の青い円に触れる。見れば他にもいくつか、色違いの円が並んでて、それぞれ意味が書いてある。


「青はヘゲっちが言ってたテンプレの文言。全部じゃないけど、あちこちにある。他にも未解読の部分に含まれてるかも」


 他の色にも実際に触りながら、リレドさんはそれぞれ説明してくれた。


「オレンジは呼び出した悪魔を閉じ込める結界の強化術式。緑は少し自信ないけど、術者と呼び出す悪魔の力の差を補正する機能だと思う。もし当たってれば、同じ術者でもより強力な悪魔が呼び出せるはずだよ。役割の判らない部分が多いけど、とにかく人間の召喚魔術を魔界の悪魔が使えるようにするだけじゃなくて、大幅な機能強化を目指してるみたいだ」

「魔界で悪魔が悪魔を召喚する。どんな使い道があるんでしょうか」

「うーん。わたしもハッキリとは解らないけど、もしかしたらこれの完成版使えば、格上の悪魔を従わせられる、とか。魂もないし呼び出したところで契約させられない気もするけど……」


 リレドさん、すげぇ。専門家じゃないと無理とか言ってたのに、いくら突破口が見えたからって1週間でこれだけ進展させるなんて。

 見た目ちょっとスポーツ系メガネ女子っぽいのに、やっぱ博士キャラなんだなあ。リアル博士のヨーミギとはえらいギャップだ。


 ワタシたちがリレドさんを褒め称えてると急にドアが開いて、ウロコの生えたドワーフっぽい妖精悪魔が入ってきた。


「お話は済みましたかな? お嬢様」


 とたんにリレドさんの顔がこわばる。


「えっと。終わったような終わってないような。むしろわたしたちの話はこれからだ! みたいな」

「なるほど。終わったということですな。ではこれから、1週間で溜まった仕事を片付けていただきましょう。今すぐ取り掛かってください。そういうお約束でしたな? なぁに。不眠不休で四日もすれば終わるでしょう」


 リレドさんは助けを求めるようにワタシたちを見る。けど、ドワーフの威圧感たっぷりな視線のおかげでワタシたちは言葉が出ない。


「ではお客人がた。お嬢様は先に失礼いたしますが、どうぞごゆっくり」


 ドワーフは一礼するとリレドさんが座ってるイスをそのまま持ち上げ、部屋から出ていった。


「か、帰ろっか」

「そうね。長居してもご迷惑でしょうし」


 珍しくすんなり意見が一致したワタシたちはまたもやどっか行ってたサロエを連れてきてもらうと、すぐに百頭宮へ帰った。

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