方法42-1︰密着アガネア24時(ヤラセと演出は違います)

 術式がホントに人間の魔術を再現するための研究だったと判明しても、急に何がどうなるわけでもない。せいぜい“タニア、手広くやってたんだなあ”くらいのもので。


 休日の朝。ちょっと遅めの9時に起きるワタシ。ベッドの上で体を起こすと、計算され尽くしたぼんやり顔で髪に手をやり、ドアの方を眺める。

 隣ではベッドとクロスする状態で寝てたサロエが目を覚ます。


「くあ、あ」


 あくびをしながら伸びをする。猫耳と猫シッポもぐうっと真っ直ぐになり、背中をそらした拍子にお尻がワタシのベッドとの間に落ちてはまる。


「わわっ!?」


 慌てるサロエ。なにこのカワイイ娘。抱きしめたい!


 いつもは床に落ちてなければ、地獄の底から召喚された二日酔いみたいな声を出しながら目覚め、5分くらい虚ろな目でベッドの上に座ってるサロエが、今日に限ってこんなに愛らしく起きたのにはワケがある。


 ワタシはその“ワケ”の方を見た。部屋の隅にいる四人の悪魔。一人はニワトリの頭に人間の体。記録石でこっちを撮影してるカメラマン。

 もう一人は人型をした悪魔で、太ったオッサンの姿だ。真面目な顔で手にしたノートへ何かをメモってる。ライターだ。

 三人目、鬼っぽい悪魔は特に何もしないでこっちを見てる。これは編集者。最後はフィナヤーだ。ワタシを見ながら息を荒くして、腕を掻きむしってる。


 話は六日前に戻る。



「密着取材!?」


 驚くワタシにヘゲちゃんはうなずいた。いつものように仕事が終わったワタシとサロエ、ベルトラさんがスタッフホールでくつろいでると、ヘゲちゃんが来て告げたのだ。


「今度、リニューアルした百頭宮と仙女園を紹介する本が出ることになったの。その中でナウラの一日とあなたの一日を紹介する企画があるのよ」

「そんな。急に言われても。それにワタシ、あんま目立っちゃダメでしょ」

「じゃあなに? 急に言う代わりに一日一文字ずつ発表しろとでも? そもそも、争奪大会のおかげであなたは有名人よ。今さら目立たないようにもなにもないわ」

「けど」

「いい? うちも仙女園も支出がかさんでるの。それに、リニューアル終わってもまだ工事とかしてるでしょ?」

「うん」

「お客様に見えない場所の改修や防衛力の強化はまだ終わってないの。だから今はどんな宣伝チャンスだって逃せない。それに、あなたはほとんど人前に出ないから、興味を持つ悪魔は多いはず。本を手に取る悪魔が多ければ、それだけ集客効果も出るってわけよ。だいたいこれアシェト様は承認したんだから、文句があるならアシェト様に言ってちょうだい」



 そんなわけでワタシは密着取材を受けることになった。寝起きから寝落ちまで。

 ちなみに取材班は2チームあって、昨日はウチと仙女園の紹介用の取材。今日は二手に別れて、もう片方は今ごろナウラに張り付いてるはずだ。


「おあよーございます、ガネ様」


 サロエが通常比2倍の甘えた、舌っ足らずな声で言う。


「おはよう、サロエ」


 ワタシも無理して颯爽とした声で返す。


「はい、オッケーです。次、朝食お願いします。先に食堂行ってるんで、着替えたら来てください」


 編集者が言う。そう、当然のように、そして誰もなにも確認なんかしてないけど、今日という1日は最初から最後まで仕込みなのだ! ……ということにさっき起きたとき気づいた。いやあ、一回フツーに起きたら取材の悪魔たちとフィナヤーがガッカリした顔で立ってたから、無言でもっかい寝たよね。


 いつもの作業着に着替えて厨房へ行くと、ベルトラさんがライターにインタビューされてた。


「おう。アガネア。サロエ」


 ベルトラさんはワタシたちに気づいて、ちょっと照れくさそうに挨拶してくれる。


「おはようございます、ベルトラさん」


 ワタシはいつものように適当な皿を1枚取ると、そこらの食材を集めていく。

 スライスした玉ねぎにニンジン、キャベツの切れっ端。あ、ハムもあるじゃん。ラッキー。取材が来るからってベルトラさん奮発してくれたのかな。これは酢と油と塩をそのままかけて、あとはパンをもらってくれば、と。


 そこでようやく、みんながワタシを見てることに気がつく。カメラマンは撮影してないし、ライターはノート開いてない。“そうじゃねーだろ”。そんな心の声が聞こえた気がした。


 ワタシは集めた素材をそっと戻すと、とびきりの笑顔を浮かべた。そのままカメラマンとライターの準備ができるのを待つ。


「さっ、さーて。今朝はなにを作ろっかなー」


 ちょっとテンパったワタシはなぜか朝っぱらなのにサロエと自分、二人前のポークピカタを作った。

 さらに出てなかったトマトを持ってきてスライス、これも食料庫から持ってきたチーズと合わせてカプレーゼにして、ベルトラさんが仕込んでたチキンのスープストックから味を整えてコンソメスープを作り、パンをもらって……とにかく普通に料理した。カメラマンはそんなワタシをずっと撮影してる。

 仕事でさんざん料理させられてんのに、なんだって休日まで料理しなきゃなんないんだ。


 ライターもライターで、“ふだんから料理はよくしてるんですか?”じゃねーよ。こちとら調理師見習いだってーの。

 プラス“お休みの朝はいつもこんな感じですか”だと? さっきワタシが生野菜集めてゴリゴリいただこうとしてたの見てただろーが!

 まあ、そんなこと言ったらヘゲちゃんからどんなお仕置きされるか解らないので、無難に答えておいたけど。


 空気を読んで少しも詳しくないファッションの話をサロエとしながら、朝食を終える。

 ちなみにサロエは“従者がいるんなら、一緒に過ごしたほうがいいですね。せっかくだし”という編集者の判断で、今日はワタシに付き合うことになってる。

 さて、いつもなら部屋に戻って寝るか、スタッフホールで新聞読むんだけど、そんなことが許されるとは思えない。

 どうするんだろうと思って編集者を見ると、目が合った。

 よかった。ちゃんと予定は考えてくれてるみたいだ。


「じゃあこれから、ナウラさんとフレッシュゴーレムの監修してもらいますんで」


 まさかの無茶振りだった。

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