第3部︰最終決戦とかないの?

方法41-1︰暗号解読とマーライオン(不用意な発言に気をつけて)

 百頭宮、仙女園それぞれのリニューアル完成お披露目イベントが無事に終わった。といってもワタシは特に何もなかったし、サロエも諸々のデザインは早い段階で終わってたから、穏やかなものだった。

 争奪大会が終わったあの日からはもう、2ヶ月くらいになる。


「ガネ様、ビールとウイスキー、どっちがいいですか?」

「あー。じゃ水割りで」


 さすがに散歩にも飽きたのか、サロエはこのところ仕事が終わると食堂で時間を潰して、ワタシやベルトラさんと合流して帰ることが多い。今日は非番になったナウラと、新しい歌の振り付けを練習してた。

 といってもサロエが歌うわけじゃなく、練習するナウラの横で真似したり、ふたりでキャッキャ戯れたりしてた。

 スタッフで数人の熱心なファンが異様に興奮しながら声援を送ってたので、まるで限界集落のスーパーの駐車場に降臨した新人アイドルユニットみたいだった。


 そのナウラはいっさい百頭宮の外で公演しない引きこもり戦術を続けてる。ヘゲちゃんいわく、ここでしか観られないことでプレミア感を出したいらしい。

 それでもファンクラブがあって時々ツアー客が来るらしいから、まずまず成功してるのかもしれない。


 少しして、サロエがビールの水割りを持ってきてくれる。


「やると思った」

「? よく解りませんけど、期待に応えられてよかったです」


 ワタシは異様に薄いビールをすすった。このところ何事もないおかげでヌルい毎日を楽しんでる。それは、そう。例えるならこの水で割ったぬるいビールみたいなもので……。


「何たそがれてるの? これは親切で言ってるんだけど、全然似合ってないわよ。歯が痛いコビトカバに似てる」

「あ、ヘゲちゃん。どうしたの?」


 今のワタシはとても平和な心境なので、ヘゲちゃんの心無い言葉も平気なのです。というか、ヘゲちゃんの場合はこれくらいで普通だ。


「お客さんよ。エゴール」

「……誰だっけ? それ」

「ほら、仙女園の支配人代理の」


 あーあー。あのエルフっぽいアイツか。キャラが立ってないから素で忘れてた。


「なんでも見せたいものがあるそうよ」

「へぇ。ワタシはいいや。見てもなにもできないし」


 ヘゲちゃんがまぶたを引きつらせる。久しぶりに見たなあ。


「前に、勝手に物事が進むの嫌だって言ってたのはあなたでしょう?」

「今回は聞いた上で行かないんだから、勝手に進むわけじゃないよ。大丈夫。気を遣ってくれてありがとう」

「サロエ。私が10数えるあいだにアガネアが席を立たなかったら、ポケットディメンションに送り込んでやって」

「ええ!?」

「サロエ。誰が主人か解ってるでしょ?」


 ワタシとヘゲちゃんの板挟みに、冷や汗をかくサロエ。


「ガネ様。あなたの従者が無理難題でピンチです。従者のためを思って、ここは身を引いてください。それができるのはガネ様だけですよ!」


 あっ! コイツ寝返った! しかたないのでワタシはヘゲちゃんと行くことにした。サロエも一緒だ。



 応接室に入ると、エゴールとアシェトが待ってた。


「このたびは、まことにお久しぶりでございます」


 立ち上がると妙な挨拶をして深く頭を下げるエゴール。あいかわらず出会い頭から超低姿勢だな。

 ワタシたちは適当に挨拶するとソファに腰を下ろした。


「さっそくですが、あ、その前に。先日はみなさん当店のリニューアルお披露目会にお越しくださいましてありがとうございました」

「いいから本題に入れ」


 イラつくアシェト。


「申し訳ありません。あの、じつは昨日、私の自宅にこんなものが届きまして」


 エゴールは懐から小さな石を取り出す。記録石だ。


「差出人は不明です。出だしだけ見まして、みなさんにもお見せした方がいいと思い、持ってまいりました」


 両手で記録石をテーブルに置き、再生するエゴール。


「やあ、マイスウィーティーズ。そっちは元気にやってるみたいだね」


 やっぱりタニアだった。いつもの男装に自信たっぷりの笑顔。手にはシャンパングラスを持ってる。挑発してんのか。

 背景はどこかの室内だとしか判らない。


「まずはおめでとうを言わせてくれないか。僕もあんなことになって胸を痛めていたからね。無事に百頭宮、仙女園が復興できてこんなに喜ばしいことはない」


 そこで言葉を切って、気取ったしぐさでシャンパンに口をつけるタニア。なんだろう。すごく似合ってるのに、すごくイラッとくる。


「喜ばしいと言えば、僕の方もようやく新規事業をいくつか動かせそうだ。そのうち一つはもうスタートしてる。幸いにも出足は好調でね。きっと遠からずキミたちも噂を耳にするだろう。残念ながら指名手配中だから、なかなか苦労させられたよ」


 フフっと笑うタニア。


「それにしても、こうして自分一人で新しいことを始めようとしていると、これまでの自分に目が向くものだね。おかげで僕はよき仲間、よきライバルのありがたさに気付かされたよ」


 タニアは芝居がかった仕草でゆっくり頭を振る。クセのある黒髪が光を受けて艶めいた。


「というわけで、バビロニアへ来たらぜひ僕の居場所を突き止めて、寄ってくれたまえ」


 は? いまバビロニアって言った!?


「こう見えて僕は意外と寂しがりやなんだ。それじゃあ」


 口の動きだけで声に出さず乾杯と言うと、タニアはこちらへ軽くグラスを掲げた。動画が終わる。


「よーしエゴール。さっきのクソ女がグラス掲げたところで動画止めろ」

「こうですか」


 アシェトは気取り絶頂のタニアが映った記録石を手に取ると、壁に叩きつけようとした。


「まっ! 待ってください。手がかりがあるかもしれませんから。ほら、アガネアとエゴールも止めて! サロエも!」


 よってたかってアシェトを押さえたりなだめたりして、どうにか石は割られずに済んだ。

 騒ぎのあいだも停止した笑顔のタニアが視界にチラついて、思わずもうアシェト止めるのやめたくなったけどね。


「で、どういたしましょうか」


 落ち着いたところでエゴールが言った。


「どうってのは?」

「動画の中で首都にいるとか」

「おまえ、本当だと思うか?」

「私もタニアに永らく仕えてましたが、あの悪魔、たまにまさかというタイミングで本当のこと言いますから」


 あー。なんかそれ解る。にしても、この流れ……。ワタシの中で緊張が高まる。


「それにしても、私たちの誰かが行くのはバカげてます。経営企画室の悪魔を誰か送り込みましょう」

「そうだな」

「そうなの!?」

「どうしたアガネア」

「いやだって、これまでの流れだとてっきりよく解らない理由でワタシがバビロニアに行かされるのかと」

「それはないわ。さすがに」

「んなわけねぇだろ」


 ヘゲちゃんとアシェトが否定する。


「そっか。だよねー」


 いくらなんでもワタシをそこまで危険に晒したりはしないか。なんかこっち来てからそんなんばっかだったから、すっかり疑り深くなってたよ。

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