方法40-1︰どっこい生きて……死んでる!?(不意に事故りましょう)
あれっきり、ヘゲちゃんとは会ってない。食堂にも来なくなったからベルトラさんだって気づいてるけど、何も言わずにいてくれてる。
ワタシはスッキリしない気持ちで毎日を過ごしてた。噂話や謎の口止めについて解明できてないから。ヘゲちゃんと喧嘩したからじゃない。
そもそもヘゲなんて生き物は放っておけばそのうち寂しくなって、なぜか好感度上げてそっとすり寄ってくる程度のマゾいものなんだから、放置ゲーやってるような気持ちでいればいい。
それにどうせそのうち、常時監視やめたことがアシェトにバレて頭下げに来るに決まってる。そしたらまあ、一発ギャグくらいやらせて許してやらないこともない。
そこでワタシは暇さえあれば一発ギャグで盛大にスベるヘゲちゃんを想像するようになった。だってほら、免疫つけてないとあんまり寒くなくても満足しちゃうでしょ。
あとはおとなしく本物のヘゲちゃんが来るのを待てばいい、と思ってた。
「最近ヘゲさん来ないし、ガネ様元気ないし。何があったんですか?」
ある日、寝ようとしてたらサロエがいきなりぶっ込んできた。なんでこの娘は豪直球しか投げてこないのか。
ベルトラさんは椅子に座って、新聞読みながら寝落ちしたフリをしてる。
「さあ。忙しいんじゃないの?」
「そう、ですか……なんて言うわけないじゃないですか。おかしいですよ。何かあったに決まってます。私だってガネ様に言えないことの100や200くらいありますけど、主人が従者に隠し事するなんて前代未聞ですよ」
その認識のほうが前代未聞だわ。っていうかこいつ、そんなに隠し事してんのか。
「いい女には秘密がよく似合うのよ」
「じゃあガネ様似合わないじゃないですか」
サラッと酷いこと言うねコイツ。とはいっても、あんまり拒むのは感じ悪い。
「いやなんか真面目な話、普通に忙しいらしいよ」
「本当ですか? もし何かあったんなら、この頼れる従者にドーンと任せてくれていいんですよ」
ドーンとした胸を張るサロエ。
「あのね。頼れる従者は今日みたいなことしないの」
とたんに肩を落としてしょげるサロエ。
「いや、あれはその、私のせいじゃなかったじゃないですか」
「わざとじゃなくても、ああいうの引き寄せるでしょ、あんた」
ハイ、ここで回想VTR入りまーす。
サロエは仕事が終わると、よく閉店後の百頭宮の中をうろついてる。普段は一人だけど、ワタシが休みの前日なんかだとたまに誘ってくれる。
そのときもそうだった。ワタシはサロエと6階に来てた。
6階は小さな部屋と廊下が複雑に入り組んでて、まるで迷路みたいだった。部屋はそれぞれが小さなバーになってて、内装もメニューも違ってる。
ダラダラ喋りながら歩いてると、サロエが立ち止まった。
「どうしたの?」
「ほら、あの絵。前はなかったですよね」
そう言われてもワタシはこの階来たの初めてだから解らない。あんまり店舗側って来ないんだよね。
サロエの見てる先には、一枚の大きな油絵が壁に飾ってあった。腐って膨れあがった水死体とミイラを混ぜたような、不気味な女の肖像画。ドレスとアクセサリーだけが真新しく描かれてる。
「悪魔ってこういうの好きですよねー。妖精は悪魔になっても、こういうのって理解できないです」
サロエは細かいところを見ようとして絵に近づき、顔を寄せた。
そのとたん、警報が鳴り響いた。
「え!? わ!?」
慌てて絵から離れるサロエ。すると絵の中央からズルリ、と黒い塊が出てきた。
「ガッ、ガネ様」
急いで絵から離れ、私の方へ来るサロエ。そのあいだも塊は絵からズルズルと出てくる。
絵から完全に出てきたそれは、大きな漆黒のスライムだった。廊下を塞ぐくらいのサイズで、かなりのスピードでワタシたちに向かってくる。もちろんワタシたちは逃げた。
「ガネ様ぁ」
「あんた今度はなにしたの!?」
サロエには“大地下闘技場の魔獣つい解き放ち事件”とか、本人を知らなければ破壊工作員かと思うような前科がいろいろある。
「今度こそなにもしてませんよぅ。今度こそ」
ワタシたちは必死に走った。捕まればワタシは死亡エンド強制ムービースタートだ。コントローラー動かしても何もできない。そして人生にリトライはない。
凄まじいプレッシャーと恐怖。サロエに戦闘力はないし、ベルトラさんもいないし、ヘゲちゃんは見てない。ん? そんなはずない。常時監視してなくたって、警報鳴ってるんだから何が起きてるかは見てるはず。
──知ってて放置してるんだ。
なに? なんなの? 懲らしめてでもいるつもり? 腹立つなぁ、クソッ! 意地張りすぎ。ワタシが死んだらヘゲちゃんも捕まって、きっと陵辱系の薄い本みたいな目にあわされるってのに。
そのとき、向こうの角を曲がって三人の警備員が現れた。
「おまえらそこを、ってアガネアさん!?」
なにやってんですか! と叫びながらもためらわずスライムに魔法を撃ち込む三人。けど。
「やっぱだめか!」
振り返ってる余裕ないけど、どうもノーダメだったらしい。よく映画とかで追っかけられてる人がときどき振り返るけど、あれ現実にはかなり難しいわ。転んだり何かにぶつかりそうで怖い。
三人はギリギリまで粘ってから、ワタシたちと並んで走りだした。
「こちらイスユメット。6階でヒュージスライムと遭遇。応援たのむ!」
警備員の誰かが怒鳴ってる。
「サロエ、あんたなんとかしなさい!」
「えっ? あっ!? えっと」
無理矢理スピードを上げ、ワタシたちの前に出ると、サロエは振り返りざま手を複雑な形に動かした。
「やりました!」
その声にワタシたちが足を止め、後ろを見るとスライムの姿は消えてた。
「無限ループに閉じ込めました」
サロエは笑顔になった。
「そっ、そういうのできるならもっと早く──」
やってよ、と言いかけてワタシはやめた。サロエの顔がこわばってる。
「え、ちょっとどうしたの」
「それがですね。咄嗟にやったからちょっと狭かったみたいで、あっ、あっ、伸びちゃダメ。ループの端がつながって……あー、増えてる増えてる……逃げましょう!」
いきなり後ろを向くと逃げだすサロエ。ワタシたちも後を追う。直後、背後でものすごい音がした。無限ループがぶっ壊れたらしい。
「サロエ! もっかい、もっかい! ワンチャンあるでコレ!」
「ありませんよ! そんな連続で出せません!」
けっきょく、ワタシたちは増援の警備員が来るまで6階をグルグル逃げ回った。
やって来た警備員たちが手にした噴霧器の中身を吹きつけると、スライムは床に大きなシミを残して溶けてしまった。
ベルトラさんやサイクロプスみたいな店舗側警備の主任も加わって、そのあとは現場検証と事情聴取。ワタシたちはさっきのことを説明しながら、絵の前まで引き返した。
ベルトラさんの説明によると、あの絵は防衛用に新しく導入したばかりのものだそうで、手を触れてパスワードを唱えると中に封じ込められたスライムが出てくるようになってるんだとか。
補修とリニューアル終わってもなんか業者が出入りしてると思ったら、そういうこともしてたのか。
「ヒュージスライムってのは知ってのとおり、ほとんどの物理攻撃や魔法攻撃に尋常じゃない耐性がある。おまけに獰猛で見境なしだから、本当に緊急手段だな」
周りを気にして、ワタシがスライムのこと知ってるような言い方をするベルトラさん。
ちなみに噴霧器の中身は絵の付属品で、ヒュージスライムの分解液。
「で、本当に絵を見てただけだったのか?」
サイクロプスがもう何度目になるのか、同じことを尋ねてくる。サイクロプスといっても、大きな白眼の中にいくつもの小さな瞳孔がある目をしてる。
他の警備員と同じ制服はベルばらにでも出てきそうで、なんでも18世紀の軍服がモデルだそうな。
「してませんよ。本当です。ただこうやって、こう」
サロエが絵に顔を近づけようとして止まった。
「あのこれ、またスライム出てきたりしませんよね?」
「大丈夫だ。一体しか封じられてない」
サイクロプスの返事を聞いて、サロエは顔をギリギリまで絵に近づけた。たちまち警報が鳴る。
「なんだこりゃ! 早く止めろ!」
サイクロプスがわめき、警報が止まった。
「おまえ今、なにをした?」
「何もしてませんよ。見てたじゃないですか」
「じゃあなんで警報が鳴るんだ。ありえないだろ」
「そんなこと言われたって知りませんよ」
疑わしそうに黙りこむサイクロプス。
「なあ、ひょっとしたらなんだが──」
それまでなにか考えてたベルトラさんが口を開いた。
「専門家じゃないから理屈はサッパリだが、そいつ、呪いのアクセサリーで負のオーラがすごいだろ? それで誤作動起こしたんじゃないか」
「そんなバカな」
ワタシはふと、サロエに顔を近づけたときのことを思い出した。
「ちょっとサロエに触ってみて」
言われたとおり手を伸ばしたサイクロプスは、体のすぐそばで慌ててその手を引っ込めた。
「うへぇ。なんなんだ」
「そのヤバい気配、体に近いほど急激に強くなるみたいなんだよね」
「サロエおまえ、よく平気でいられるな」
サイクロプスは気味悪そうに言うと、見えない汚れでも落とすみたいに手を振った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます