番外13︰グレーター上司な二人

 百頭宮副支配人代理。枯木をメインにしたゴミの山にしか見えない悪魔。人型のときは黒衣の厳しそうな老婦人。メガン。主な仕事はヘゲのサポートと財務、経理の元締め。そして、元アシュタロト家臣団総会計長官。ヘゲの正体を知っている、数少ない悪魔のうちの一人でもある。


 メガンの家は百頭宮から10分程のところにある。帰宅して一休みし、さてどうしようかと思っていると、誰かがドアをノックする。

 開けてみるとそこに立っていたのは──。


「アシェト様!?」

「よっ」


 ダークグリーンのシンプルなワンピースドレスを着たアシェトだった。

 メガンはアシェトを中に入れた。二人は狭いリビングでテーブルを挟んで座る。

 知らない人にはアシェトが向かいの椅子の上に置かれた、ゴミ山を前にしているように見えるだろう。

 二人の前にはシェリー酒のグラスが置かれていた。どうやって飲んでるのか、メガンの前のグラスの中身が少し減った。


「悪いな。仕事終わってんのに」

「いいえ、構いません。……あのこと、ですよね。あとで、とのことでしたから、今夜にでもいらっしゃると思ってました」

「ああ」


 ここ数日の急激な売上の落ち込み。どことなく湿っぽい店内の空気。どちらもまっとうな理由のない現象について、メガンは念話でアシェトに報告していた。


「ヘゲさんに何かあったんでしょうか」


 百頭宮と連動しているヘゲのコンディションは、そのまま百頭宮に反映される。肉体的ダメージは建物に、精神的ダメージは売上や現場の空気に。


「何かっていうか、一つしかねぇだろ」

「アガネア様と、喧嘩したんですね」

「そうだろうな」

「アレの件で?」

「アレの件で」


 メガンがため息をつき、枯木の枝がカタカタ鳴った。


「最初から、いずれこうなるのではないかと思っていました」

「ヘゲとアガネアのこと知ってる奴らは全員そう思ってたろ」

「ええ。ヘゲさんの思考が想像できるスタッフは多くありませんが」


 それきり、沈黙が続く。しばらくして。


「仲裁されないのですか?」

「それでヘゲの気が晴れると思うか?」

「アシェト様でも無理ですか?」

「どうだろうな」

「ヘゲさんはアガネア様が来て変わりましたね」

「こんなことなら、もっと対人経験積ませときゃよかった」

「しかたありませんよ。自然な流れの中であそこまでヘゲさんを変えられたのは、アガネア様だけです。さすが、と言うべきでしょうね」


 フッとアシェトは小さく笑みを漏らした。


「変わったって言や、おまえもだろ。いい歳してポッと出の悪魔にどハマりするなんてな」

「そうですね。自分でも驚きです。……ただ、アガネア様は、サタン様に似ている気がするんです」


 シェリー酒を飲もうとしていたアシェトは、メガンの言葉にむせた。


「おまえの正気を疑う日が来るなんてな。長生きしてると色々あるもんだ」

「私は正気です。もちろんサタン様の広大な精神性と強烈なカリスマ性、桁外れの戦闘力には及びません。ですが、ただ存在するだけで周囲を動かし、状況を変革していくところがそっくりです。アガネア様がいらっしゃってから、どれだけのことが起こり、どれだけの変化がもたらされたか考えてみてください」


 アシェトはこれまでの出来事を思い返し、そしてこれから起こるだろうことに思いを巡らせ、うなずいた。


「ギアの会のメンバーは、なにもアガネア様の気さくなところや、あのデタラメみたいな魅惑のフェロモンに引き寄せられてるだけじゃないんですよ。みんなそれぞれ、自分の中にあった期待や希望をアガネア様に見出しているんです」


 フェロモンという言葉にアシェトは反応した。


「気づいてたのか?」


 もちろんメガンはアガネアが人間だと知らない。それでも何かおかしいと感じていて、それを“フェロモン”という言葉で理解していた。


「ええ。メンバーみんな、さすがに気づいてます。アガネア様はサタン様が造られた秘蔵の暗殺者。あのフェロモンもそうした目的に役立つ特殊能力なのでしょう。どうして一部の悪魔にしか効果がないのか不明ですが……。ただ、繰り返しますが私たちがアガネア様に魅了される理由は、それだけじゃありません」

「ヘゲなんかはそれだけだと思ってるみたいだぞ。それが気に食わねぇらしい」

「でしょうね。ですから顧問にお迎えしたのです。そうすれば、いずれは理解していただけるでしょうから。もっとも、私たち以上に深くアガネア様に惹かれてるのはヘゲさんの方ですけれどね。その結果が今の状況です」


 そうだな、とアシェトは呟く。


「私が間に立って上手くやりゃ、とりあえず今回は収まるかもしれねえ。だがな。根本的解決ってやつのためにゃ、ヘゲが自分でアガネアをどう思ってるか自覚しねぇと。でないとまた、いずれ繰り返すぞ」

「それはそう……かもしれませんね。ですが、再建やらなにやらでウチの財務状況はひさびさの低水準です。ただでさえ売上が必要な時期なんですから、あんまり長引くようならとりあえず今回をなんとかしてください」


 アシェトはニヤリとした。


「メガン。おまえのそういうとこは変わんねぇな」

「アシュタロト様がいらっしゃった頃からの豪快な金遣い。破綻しなかったのは誰のおかげだと思ってるんですか」

「さあ。その頃のことは知らねぇな。なんせ私はアシュタロト様じゃねぇんだ」

「そのわりに、お店を始めるとき真っ先に誘ってくださったじゃありませんか」

「ん? そうだったか」


 メガンは全身をカタカタ鳴らして笑った。

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