方法39-1︰言うたあかんて言われてるて言うたやろ(詮索はやめましょう)

 “借財ノ”マルコという恐るべき悪魔を知恵と仲間の協力によって撃退したワタシ。

 …………ワタシがそう思うんならそうなんだよ。ワタシん中ではな。


 とにかくマルコの件では“妖精悪魔の不始末を引き受けた”ってことでリレドさんからも感謝され、今後、妖精悪魔はワタシの忠実な友であることを誓ってくれた。

 つまり、王道のヒロイックファンタジーなら闇の軍勢との最終決戦で援軍に来るような友達。……それってなに友達なんだろ。

 これまで妖精悪魔はどこに対しても一定の距離を置いて独自の孤立を貫いてきたから、これはかなりの快挙らしい。ソースはベルトラさん。

 新アトラクションは正式オープンにあわせて名前を“サロエの不思議なダンジョン”に変えた。他にも企画部がロケテストの結果からあれこれ調整を加えたり、運営面での企画を練ったりしてくれた。広報部もちゃんとしたPVやポスター、チラシなんかを作ってくれ、各主要都市に新聞広告も出してくれた。


 それぞれの成果が悪魔好みのハードな難易度やガチな暴力性、“古今東西三界にここだけ”という珍しさと合わさって、不思議なダンジョンはかなり盛況だった。

 そのうち落ち着くだろうけど早くもリピーターが出てきてるし、これは期待が持てそうだ。

 欲を言えば挑戦中の様子をリアルタイム中継したかったんだけど、これはどうしても無理ってことだった。

 結びつきの強い魔界天界人界の三界間ならまだしも、それとは根本的に異なる時空との通信は悪魔の魔法や妖精魔法でもどうにもならないらしい。



 それからは特にたいしたこともなく、ワタシは平穏な日々を送っていた。闇の軍勢と戦うような予定もないので、気楽なものだった。

 朝起きてベルトラさんに癒やされたりサロエと戯れつつ仕事へ。忙しい合間にはナウラと喋ったりヘゲちゃんと触れ合ったり。

 仕事が終われば、またベルトラさんやサロエとの時間。たまにギアの会からチヤホヤされたり、ヨーミギの相手をしたり。

 途中何度か死と隣り合わせになったりもしたけど、全体的には魔界で暮らしてるわりに平和で心安らかな毎日だった。


 でも、そんな日々の中でワタシは密かな悩みを抱えてた。それは、サロエに人間だって隠してること。


 サロエは相変わらずの自由気ままぶりだったけど、ワタシにはそれなりの敬意と愛情を持ってくれてた。少なくともワタシが殺されたりしたら、味方いなくても単身、仇討に乗り込んでくれそうなくらいには。

 ……ごめん。ちょっと盛った。


 ただサロエの好感度がかなり高いのは確かで、おかげでワタシは自分の正体を隠してるのが後ろめたくなってきた。

 それに実際問題として、サロエの前でバレないように気をつけるってのはなかなか面倒でもあった。

 そういう話が出るときはわざわざ席を外してもらわなきゃならないし。


 普通ならこういうときって、心苦しいけど言えないワタシ。隠し事されてることに傷つくサロエ。深まる溝、すれ違い、仲違い。なんやかんやで和解。前より強まる絆。熱い抱擁とキス──。

 なんてことになるんだろうけど、なんせここは身も蓋もない率直さか、無限の寿命を活かした異様なまわりくどさの両極端しかない世界。

 漫画化するなら広江礼威、映画化するならタランティーノなのだ。


 そんなわけである日、サロエの帰りが遅くなったときのこと。ワタシは思い切ってヘゲちゃんとベルトラさんに相談してみた。


「あのさ、やりづらいからサロエにワタシが人間だって教えていい?」

「ダメよ」

「あたしも反対だ」

「なんでさ。サロエがワタシを裏切ることなんてないと思うよ?」

「私も意図的に喋ったりはしないと思ってるわ。けどあのサロエよ。うっかりはあるんじゃないかしら?」


 やっぱりそうだよね……。ワタシも同じことを考えてたから、反論できない。


「魔法とか呪いで喋らないようにできない?」

「そういうのは人間相手ならまだしも、悪魔相手だと不安定でいつ効果が切れるか解らないの。そもそも妖精悪魔に精神操作系の魔法や呪いが効くかどうか……。それにあれは酷く扱いづらいから」


 駄目かぁ。ガッカリしてるワタシを見て、ヘゲちゃんが続けた。


「そもそもあなたが気にすることはないのよ」


 どこからともなくフリップを取り出すヘゲちゃん。


“サロエ一人に聞きました。ときどきアガネアに退席を命じられますが、気になりますか?”


 その下には円グラフがあって、“いいえ︰100パーセント”と書いてある。


「それ、いま適当に作ったんじゃない? そもそもフリップなんて芸当どこで憶えたの……」

「どこでって、こんなの普通よ。それにこれは本当にサロエから聞いたの」


 ワタシが胡散臭そうな目で見てると、ヘゲちゃんはフリップをどこかへ消した。


「あたしが心配なのは、おまえがうっかり人間だってバレることの方だな。今までだって、ダンタリオンには悪魔じゃないって気づかれたろ? あれは特殊だとしても、サロエは一緒にいる時間が長い。どんなに注意しててもミスは起こるかもしれない」

「自分で言うのも変ですけど、ワタシに人間だってことが喋れないように魔法をかけたりとかは?」


 顔を見合わせるヘゲちゃんとベルトラさん。お? これって“その発想はなかった”的な?


「その魔法な。わりと細かく禁止事項を定義してやる必要があるんだ。“ワタシは人間だ”を禁止しただけじゃ“ワタシには魂がある”ってのは禁止されない、とかな。さっきヘゲさんが扱いづらいって言ったのはそういうことだ。それに発言や文章を禁じても、たとえば行動からバレるなんてこともあるだろ」


 うーん。細かいなあ。もっと曖昧で漠然とした感じでもよろしくやってくれればいいのに。


 ヘゲちゃんは何かをじっと考えてる。


「あなたの設定資料集、貸して」


 ワタシは鍵つきの引き出しから設定資料集を取り出すと、ヘゲちゃんに渡した。

 ヘゲちゃんはパラパラとページをめくると、あるページのところに何か書き足した。

 見せてもらうとそれは、誕生の秘密について書かれた部分だった。

 ワタシがサタンによって、裏切者なんかの粛清や暗殺のために造られたこと。相手を油断させたり誘惑できるよう、なるべく人間に寄せてあることなんかが書いてある。


 ヘゲちゃんの追加した設定はこうだ。


“悪魔として可能な限り人間らしく造られているため、ときどきアガネアは自分が本当の人間だと思いこんでしまうことに苦しめられている”


「どうかしら」

「どうって……。この本に追加したからってホントにそうなるってわけでもないし。……ならないよね?」

「なるわけないでしょ。これをサロエに伝えておけば、もし怪しまれることがあっても“錯乱してるんだな”くらいで済むでしょう?」

「けど、それを喋られたら」

「そこは上手く口止めしておくしかないわね。完璧ではないけれど一番シンプルでマシな手じゃない?」


 今度はワタシとベルトラさんが考え込む番だった。けど、代案は出てこない。


「アシェト様には許可を取っておくから、ベルトラからお願いね」

「あたしですか?」

「本人が言うより、上司から伝えたほうが客観的な感じがしていいでしょう」

「だったらヘゲさんも同席してください。あたし一人より、二人のほうが本当らしさが出るでしょうから」

「ワタシもそれ、後で辻褄合わせられるように見ておきたいんだけど」


 もちろん辻褄合わせはおまけで、本当はこの三人がワタシのいないとこでどんな感じか見てみたかったから。

 ヘゲちゃんはうなずいた。


「そうね。じゃあ、許可が取れたらサロエは私の部屋へ呼ぶからベルトラも来て。あと、アガネアはここで様子が見られるようにするわ」


 こうしてサロエ相手の“ネタバラシなしドッキリ大作戦”が行われることになった。

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