方法38-10:なにか金融道(責任は果たしましょう)

 ワタシが戸惑ってるとフィナヤーが前に出て、片膝をついて頭を垂れた。


「話はすべてサロエから聞きました。新企画を実現するついでに、サロエを悪質な金貸しから救ったとか。その手腕の鮮やかさ。あらためてギアの会一同、心酔を深くしました」


 ほかのメンバーもフィナヤーと同じようにする。


「いや、いいから。立って立って。……えーと、それで、広報と企画のみんなは?」

「いやそれがですね。打ち上げするから来るようにってヘゲさんに誘われまして」


 ブッちゃんが早口で答える。


「ロケテストが成功したのは彼らの努力があったから。功績は報いられるべきって、アシェト様が」

「ま、そういうことだ。だから今回は私らも来てるってわけだ。なんせおまえの頼みを聞いてやったんだからな。あっちとの交渉、私がじきじきにしてやったんだ。感謝しろよ?」


 なぜか自慢げなアシェト。


「どういう、ことですか?」

「だってほら、あいつらに直接カネ払いたくないって泣きついてきたろ?」

「あの、それちょっとだいぶん違う……」


 そもそもそれで、今後ずっと百頭宮に新アトラクションの儲けが入るじゃん。そのうち元取れて黒字化するはずじゃん。

 なんでワタシのためにしてやった、みたいになってるの? この人の脳内理論ってなんでこんな超時空要塞なの?


 というか……。


 イヤな予感がしてあらためてテーブルの上に並べられたものを見ると、料理も飲み物も高そうなものばかりだ。


「本当はあたしが作ってやりたかったんだけどな。それやるとおまえにバレるだろ? ライネケに無理言って、あっちで用意してもらったんだ」


 ベルトラさんは少し残念そうな笑顔だ。


 アシェトの発言とこの料理や飲み物のクオリティ。ひょっとして今回、費用ワタシ持ちってことじゃない、よね? ロケテストから諸費用精算したぶんはワタシとサロエにまるごと入ってくるってヘゲちゃん約束した、よね?


「ガネ様っ!」


 いきなり横からサロエがタックルしてきた。ワタシは踏ん張れずに倒れ、頭で床を強打する。受け身率ゼロパーセントで。


 おごっ、お、お、おおお……。


 痛みに悶絶するワタシに構わず、サロエは抱きついたまま締め上げてくる。


「さ、サロエ。許して……」

「あっ! すみません」


 慌てて離れるサロエ。


「悪魔ってこういうときはぶん殴ったりする方がいいんですよね!? それとも顔にツバでも吐きましょうか!?」

「いや、そういうのいいから。あなたは今のままのあなたでいて」


 ワタシはヨロヨロ立ち上がった。ヘゲちゃんがいつもの無表情アンド棒立ちスタイルでこっちを見てる。あれはサロエに嫉妬してるってことにしとこう。


「本当にありがとうございました。私のせいであんなに困らせちゃうなんて」

「大変だったけど、どうにかなってよかったよ。えーと。つまり、こんなことで従者を手放したり他に迷惑かけたら、ワタシのメンツが立たないでしょ」


 自然とこういう悪魔っぽい理由が言えるあたり、成長したと思う。


「それでも私、このご恩は滅びるまで忘れません」

「嫌なこととか辛いことはすぐ忘れるんじゃなかったっけ?」


 ちょいとイジワルしてみる。


「嬉しかったんで忘れません! 私のためにここまでしてもらったのなんて初めてです。それも、お互いによく知らないのに……」


 まさかの“よく知らない人”扱い。まあね! 何百年だか何千年だか固まって暮らしてきた妖精悪魔からしたら、ワタシなんてそんなもんでしょうよ。なんなら今でも初対面レベル。寿命尽きるころでようやく顔なじみ。

 それでもワタシを見るサロエの目は尊敬と愛情に溢れてて、いやあの、ワタシにはそう見えるんですけどね、とにかくー、そのー、うん。苦労したかいはあったなあ、と思いました。



 飲み会が始まってしばらくすると、仕事あがりで飲みに来たスタッフたちも加わり、なかなかの盛り上がりになった。

 ベルトラさんが鬼神のような速さで追加の料理を作り、酒を運んでくる。だからけっきょくその費用って、どこから出てるのさ。怖くて確認できない。


 ワタシは少し離れたところから、イスに座って楽しんでるみんなを眺めてた。さすがにちょっと疲れが出た。そのせいか、あんまりお酒飲んでないのに軽く酔いが回ってる。いい気分。


 もし企画を思いついてなければ。もしロケテストが好評じゃなかったら。今ごろこんな気持ちでこんな時間を過ごせてはいない。

 冷ややかな周囲の空気を感じながら、後悔と絶望に沈んでたろう。

 つまりワタシはソウルコレクターのときに続いて、自分で自分の居場所を守ったってことか。


 いや、違うか。


 前回はアシェト、今回はサロエや他のみんながいなければどうにもならなかった。最近のことで、それがよく解った。


 ふーむ。そうか。つまりワタシって……。


 そのとき、ヘゲちゃんがやって来た。


「どうしたの? キスとハグ?」


 ワタシが両腕を広げると、ヘゲちゃんは躊躇なく右腕を捻りあげてきた。


「イタタタタ! ちょ、痛い! 痛いって! ヘゲちゃんの力加減は根本的におかしいから!」


 ヘゲちゃんは腕を離す。


「身代わり札一枚パァにするとこだったよ。悪魔らしい愛情表現だけどさ」

「九枚一気に消費してあげようかしら」

「すみませんでした」


 ヘゲちゃんはワタシの隣に立つと、楽しそうにしてるみんなを眺めた。


「そっか。みんなが盛り上がってるから、居づらくなったってことでしょ。ヘゲちゃんボッ──」


 ものすんごい眼で見下ろされて、ワタシは黙る。


 しばらくして、ヘゲちゃんがぽつりと言った。


「他人を、その責任も含めて引き受けるのは大変だったでしょう?」

「本当だよ。ワタシとサロエの問題だってのはそうかもしれないけどさ。ヘゲちゃんもベルトラさんも妙に突き放すみたいな感じで、そっちもキツかったし。せめて“手は出せないけどがんばって”みたいな感じならもっと気分的にラクだった」

「それは、悪魔に期待する態度じゃないわね」

「そうなんだけどさあ。ワタシの心が打たれ弱かったら、ダメになってたかもよ?」


 ワタシの言葉が本心だって伝わったのか、ヘゲちゃんは何も言わず、ただうなずいた。


「あ、そうだ。今回の件でひとつ気づいたことがあるの」

「あら? なにかしら?」


 ヘゲちゃんの顔に期待の色が浮かんだように見えたのは気のせいだろうか。

 ヘゲちゃんは表情貧民なので、笑顔でもなんでも実際には小さな変化だ。よく見てないと解らないし、それでも読み違えとか誤差なんかはある。


「あなたが体験からなにか学習するなんて珍しいわね」


 なんだろ。早く教えろって催促されてる気がする。


「ソウルコレクターのときもそうだったんだけどさ。ワタシ、自分で何かするより方針を示して人を動かすような……つまり経営者に向いてると思うの」


 ヘゲちゃんが思いっきりヒザから崩れ落ちたのは、なんでなんだろう。

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