方法38-7︰なにか金融道(責任は果たしましょう)
「サロエとの主従関係、解消したらどうだ? 元はといえばあいつの借金。あんたが背負うことないだろ。主従契約をこっちに譲渡してくれりゃ、5000ソウルズあんたに払う。現金一括で。主人に黙って多額の借金抱えてたんだ。そうしたって誰も何も言わないだろ」
主従契約なんて結んでない。けどそれは、どうでもいい。
こいつら、最初っからこれが目的だったんだ。サロエを手に入れてどうするつもりか知らないけど、とにかくそんな提案になんか乗るわけにいかない。
「迷うんなら1週間やる。その間に返事を聞かせてくれ」
それで終わりだった。マルコは立ち上がると、部屋から出て行った。
ワタシは独り、応接室に残ってた。
『へいへいよー。サロエ、マルコの後から出てっちゃったみたいだけど、いいの?』
ひょっとして今の話、聞かれてた!? ワタシは迷わず百頭宮を飛び出した。
丘を下る道をワタシは走る。一人で外へ出たのなんて初めてだ。
やがて前方にサロエが見えた。肩を落として、トボトボ歩いてる。
「サロエ! あんたなにやってんの!」
サロエはビクリとして振り返った。
「ガネ様……」
ワタシはそれでも不安で、サロエの手首を掴んだ。
「私、あいつのところに行きます。このままじゃガネ様にも、お店にも、実家のみんなにも迷惑かけちゃいます。それに、私イヤなこととかキツいこととかすぐ忘れちゃうんですけど、だから借金のことも憶えてないですけど、それでもこれは自分がやったことだから」
「だからって、サロエが犠牲になればいいってわけじゃないでしょ。それにそんなの、誰も望んでない」
「じゃあ、どうするんですか?」
サロエの口調はワタシを責めてなかった。ただ、知りたがってた。けれどワタシは答えられない。ワタシ自身、それが解らなくて途方に暮れてるところだから。
「できれば私だってあいつを殺してやりたいです。けど、ポケットディメンションより殺傷力のある魔法は使えないですし、あいつを永久に封印できるような魔法も使えません。そもそも妖精魔法にそういうものはないんです」
これまでのことからも、今回ヘゲちゃんたちの助けは期待できない。たぶんどれほど最悪の結果になっても、ワタシが死にさえしなければ、百頭宮は介入してこない。
これは主従であるワタシたちだけの問題だから。その言葉の意味が重たくのしかかる。
ワタシはここに来てからずっと、周囲の力を当てにしてやってきた。ソウルコレクターの時だってアシェトありきのアイデアだった。
そのことは後悔してないし、悪いとも思ってない。ただの人間がこんなとこで生きてくためには、そうするのが一番確実だ。なりふりかまってたら死ぬ。
けど今、そういう力は頼れない。そしてそうなったとたん、ワタシはどうすればいいのか解らなくなった。
力も地位も財力も、知恵もない。周囲の助けさえない。そんな人間に何ができるっていうのか。ワタシにも解らない。だからサロエの質問には答えてやれない。
けど、今ここでサロエを諦めるのは絶対に違う。正しいとか間違ってるって問題じゃない。ワタシが自分を許せるかどうかの問題だ。
ワタシたちはしばらく見つめ合った。どれほどみっともなくっても、今できることは一つだけ。
「サロエ。あなたはまだワタシの従者でしょ。だから命令を聞いて。ワタシと一緒に百頭宮へ戻って。許可なくあいつのところへ行かないで」
「それで、1週間後にどうなるんですか?」
ワタシはやっぱり答えられない。けれど、これだけは言える。
「ワタシは諦めるつもりはない。最悪の場合は、リレドさんたちを頼る。どれだけ見苦しくても、迷惑かけることになっても。あなたが一番避けたいと思ってるのが、それだとしても」
「なんでそこまで……」
「自分がこの先も、心おきなく生きてくために」
帰り道も帰ってからも、ワタシたちは一言もしゃべらなかった。ベルトラさんは心配そうな目をしてたけど、早く寝ろとしか言わなかった。ヘゲちゃんは、沈黙したままだった。
その日、ワタシは一睡もできなかった。
次の日から、表面的には普通の毎日が続いた。けどワタシは事態をどうにかするためにひたすら考えた。
けれど気持ちは焦り、思考は脇道にそれ、休もうと思っても意識が冴えてダメだった。サロエもパッと見は普段どおりだけど、やっぱり元気がない。
そんな状況でも手を差し伸べてくれないベルトラさんやヘゲちゃんを、薄情だとは思わなかった。そんこと思う余裕なんてなかったし、魔界がなんの見返りも出せないのに助けてもらえるような社会じゃないってことくらい、さすがにワタシも理解してる。
これまではただ、ワタシの身柄を保護するために必要だったから助けてくれてただけ。
ヘゲちゃんがワタシのことを“同格より少し下くらい”に認めてくれたのだって、私がソウルコレクター戦のときに具体的な成果を出して、自分の価値を示したから。
もちろん、それだけじゃないってことも解ってる。なんだかんだ言っても、みんなある意味では優しい。仲間意識だって持ってくれてる。けどそれは、どんな時もワタシを一方的に助けてくれるってことじゃない。最低限の火の粉は、自分で振り払ってみせないといけない。
ああ、もう。まただ。こんなこと考えてる場合じゃないのに。
そもそもラノベとかだと、こういう展開って人の生き死にがかかってるものじゃないの? なのになんでワタシは借金と、それぞれのメンツを護るためにこんな思いをしてるんだろ。苦しさに見合わないくらい劇的な盛り上がらなさっぷりに泣けてくる……。
なんて考えてみても少しも笑えない。というか、ホントこんなこと考えてる場合じゃない。
ようやく何か見えそうな気がしてきたのは五日目。マルコ相手になにをどうすればいいのか考えるのをやめて、そもそも借金ってどうやって返すものなのかを考えたときのことだった。
ワタシを含め、周りに借金持ちはそこそこいる。けどみんな給料からの天引きで返済してるから、借金してるって感覚が薄い。それで気軽に借りちゃって、いつまで経っても完済できない。
けど、知ってる範囲で一人だけ完済した悪魔がいる。ティルだ。ティルの借金は地下プールを私的に独占利用してたことの代金。それをアトラクションの売り上げで返済した。
そこまで考えたら、あとは早かった。サロエにアイデアを教えていくつか質問をして、ワタシはアシェトの部屋を訪ねた。
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