方法38-6︰なにか金融道(責任は果たしましょう)

 しばらくするとドワーフが戻ってきた。手には分厚い手帳を持ってる。

 ワタシとサロエ、ヘゲちゃん、ベルトラさん、アシェト、それにリレドさんはドワーフと一緒に別室へ移動する。


「ありましたよ。ここです」


 ドワーフが手帳を開いて読みあげる。


“サロエがどこからか80もの魂を持ってきた。出元を詮索しないなら寄付するという。これだけあればどこか新しい土地に場所を借り、引っ越すこともできるだろう。この差し迫った状況では、他に選択肢もない。後で困ったことにならなければいいが……。ただ一つ救いがあるとすれば、サロエの仲間のために何かしたいという想いを無駄にせずに済んだということか”


「金額と時期は合ってるけど、決定的ではないね」


 リレドさんが感想を言う。


「そうですなあ。しかしこれが借金のことだったとして、まさか900年もあとに困らされるとは。わぁっはぁっはぁ」


 いきなり、わざとらしく大笑いするドワーフ。笑いながら両手を上げると、読みあげたページを破る。


「おっと」


 落ちてくるページをなぜか口でキャッチして────食べた。


「やあしまった。わらったひょうしにぺーじをやぶってしまい、とっさにくちでうけとろうとしたら、いきおいあまってたべてしまったわい。わしとしたことが」


 棒読みのぎこちない説明セリフ。


 じいさん、芝居ヘタにもほどがあるだろ。一人称もいつもと違うし。ワタシとアシェト両方の顔を立てようとしてくれたのはありがたいけど。


「サロエ。今の話聞いても、まさか何か思い出したりはしてないよね?」

「それなんですよガネ様。さっきから考えてるんですけど、なにも思い出せません」

「うん。もうサロエはそれでいいから。むしろ今のままのあなたでいて」


 これで妖精悪魔から情報が流れることはないはず。たぶん。こういう細かいリスクをきちんと潰しておくのが、成功する秘訣だよね。


 帰り道、ワタシは今回の件、ヘゲちゃんたちならどうするか質問してみた。


「「「殺す」」」


 尋ねたワタシがバカだった。強い悪魔なんだもの。みんなそう考えるよね。


「そもそも、話しにウチに来るってのがもう、殺される気があるとしか思えねぇだろ。双方合意のうえってやつだ」

「店内なら殺してからどうとでもできますからね」

「来てない、見てない、知らないって言い張ればどうにもできないでしょ」


 貴重なご意見、ありがとうございました。



 それから数日後。ワタシはマルコを呼び出した。


「で、確認は取れたのか?」

「いいえ。妖精悪魔のところまで行ったけど、なんの成果もなかった」

「そりゃそうだ。あいつらが正直に言うわけない。あんなのは詐欺師だ。今はウイスキーなんて作ってるが、それだってどんな誤魔化しやってるか知れたもんじゃない」


 妖精悪魔を悪く言われてムッとする。


「とにかく裏が取れなかった以上、払う気はないから。そっちは借用書以外になにかある?」

「ない。ないよ。あーあ。こりゃ帰ったら始末書もんだな。いや減俸か?」

「あなたが貸してるんじゃないの?」

「俺は取り立て担当だ。もう会うこともないだろ」


 気味が悪いほどあっさり引き下がろうとしてる。ヤな予感。


「ところで俺な。こっち来る前に仲間と飲んでたんだわ。これからネドヤ行くから、取り立てて豪遊して帰るからよ、なんて話しててな。あいつらに今度会ったとき、面目丸潰れだ」


 いきなりなんなんだ。


「それはまあ、しょうがない。ただ俺の仲間ってのはスジの通らないことが大嫌いって奴が多くてな。借りた金返さねえとか。たまに俺でも手を焼くくらいだ」


 ジワリ、と理解がやって来る。


「あいつら俺の話聞いたら、こっちまであんたを糾弾しに来るかもなぁ。“百頭宮の擬人アガネアは今すぐ責任を認め、借金を全額返済せよ!”なんて叫びながらここの周り回ったりとか。排除しても排除しても、知り合いの知り合いの知り合いってな感じでキリないだろうな」



 甘かった。相手はプロだ。ちょっとゴネたくらいでどうにかなるわけなかったんだ。そんな当たり前のこと、今さら後悔しても遅い。


 ワタシは初めて、悪魔がすぐ殺そうとする気持ちが解った気がした。もし今そうできればさぞスッキリするだろうし、ラクに解決しそうだ。

 けどワタシは悪魔じゃないし、そんなことできる力もない。


 マルコの話が実現したら、ヤバいなんてもんじゃない。店の評判は落ちるし、ヘゲちゃんやアシェトから叱られて終わり、なんてことにはきっとならない。

 それでもワタシはここから出られないだろうけど、ここはもうワタシの“居場所”じゃなくなる。


 ゾッとした。頭が真っ白で、言葉が出てこない。


「もし、もしそんなことになったら、ワタシはあなたを殺す」


 気がつけばそんなことを口走ってた。


「あのな。ひとつ教えてやる。俺は好きで取り立てやってんだ。返せねえ奴を追い詰める。返せねえ奴が死にもの狂いで歯向かってくる。そいつを全力でねじ伏せる。お互い全力だ。たまらねえだろ。なあ? そん中には最悪、自分が殺されるってのも入ってんだ」


 マルコの口調は熱っぽい。


「そもそもあんた、暴力は封印してるんだろ。それでも殺すってんなら、俺は殺されねえよう全力でやるだけだ。だいたい、ここで俺を殺しても会社には俺がどこで誰にどう殺されたか、ちゃあんと解るような仕掛けがある。それ公表されたらどうだろうな。さっきの糾弾の話もそうだが、こんなとき人気商売、信用商売ってのは辛いよな」


 今度こそ、本当に何も言えない。


「ところで、実はな。ここ来る前にあんたのことは調べさせてもらった。だからまあ、返済能力ないことも知ってはいたんだ。自分で聞くまで信じられなかったけどな。で、だ。ひとつ提案がある」


 マルコの声が暖かく、親しみのあるものに変わる。それは、さっきまでの威圧的な声よりもずっと、おぞましかった。

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