方法38-4︰なにか金融道(責任は果たしましょう)

 受付に案内されたのは、体の大きい悪魔向けの個室。百頭宮ではお客様のサイズや性質に合わせてお選びいただける、様々な個室をご用意しております。


 その部屋はイスもテーブルも大きく、ワタシはまるで小さな子供に戻ったような気がした。

 壁にはビッチリと本物そっくりの目玉が埋め込まれ、ときどきまばたきしてる。いくつか潰れてるのは、酔った客がぶつかったりしたんだろうか。


 目の前にはあの悪魔。3メートルを超えてそうな巨体は異常に発達した筋肉に覆われ、トカゲを思わせる凶悪な顔の周りを四本のヒツジめいたツノが縁取ってる。


 ヘゲちゃんが見守っててくれてるし、アシェトの城から回収した身代わり札もあるけど、それでもすごい威圧感だ。アシェトの威圧を何度も経験してなければ、ビビってロクに話もできなかったと思う。


「“借財ノ”マルコだ」

「百頭宮の擬人、アガネア」


 “です”と言いそうになるのをガマンする。格下に見られちゃダメだ。


「主人てのは従者に対して責任がある。違うか?」

「サロエが何かしたの?」

「何かしたの、だぁ? あいつはな、うちに借金があるんだよ。元利合わせて1万ソウルズ以上」


 ざっと1億円超。借用書を渡される。


「あれ? 借入金80ソウルズになってるけど。それに年利も10.8パーセントって」


 月にすれば0.9パーセント。毎月1ソウルずつ返しても、えーと、たぶん10年くらいで完済するはず。


「もう900年くらい、あいつは1ソウルチップも払ってない。こっちゃ迷惑してんだよ」

「そんな……。なんでそんなになるまで」

「あ? バカにしてんのか? いくら擬人だからってあんまナメてんじゃねぇぞ。なあ」


 マルコは身を乗り出す。


「取り立てようとして近付きゃあのダンジョンに放り込まれる。妖精悪魔の棲家に行こうとしたら変な道に迷わされる。手紙を送っても返事がない。代理人立ててもまともに取り合わない。あげくの果てには夜逃げしやがる。最初の百年くらいはわざわざ逃げた先まで出向いてもやったんだ。けどな。こいつ一人のために出向くのも限度ってもんがある。そのあと利子が増えようが知るかよ」


 猫耳猫シッポの妖精で呪われ。アホの娘でしっかり者のデザイナー。おまけに借金持ちで夜逃げ。

 ちょっと設定多すぎるにもほどがある。何をメインでコミュニケーション取ればいいのか解らなくなりそうだよ。


「この、担保にした妖精の祝福を込めた護符ってのは?」

「あんなゴミ。詐欺騒ぎになったじゃねえか」

「そうなの?」

「忘れてんのか。ま、よそからすりゃ田舎の事件か。あいつらな、最初の頃はその護符売ってたんだ。けどこいつが効果ないわ、詰め寄ったら“悪魔になって力が薄れてるとは思わなかった”なんてしらばっくれるわ。とうとう町にいらんなくなってこっちの方に越してきたんだ。そんなもんに価値あるわけねえだろ」


 ワタシは額に触れる。たぶんその護符護符詐欺、悪気はなかったんだろうなあ。


「この、最後の署名は?」

「妖精文字でケット・シー、グルラドの娘、トラリーのウィサロエア。そう書いてある」


 マルコはもう一枚、同じ紙をくれた。


「写しだ。確認してくれ。それでな、確認取れしだいあんたが全額払ってくれ。な? 従者が他人様に迷惑かけたら、主人の責任だろ。ようやく話のできる奴が出てきたんだ。絶対に逃さねぇからな」

「全額ってそんな」

「じゃ何か? 借りた金は返さなくていいってのか? 擬人だからって好き勝手してんじゃねぇぞ」

「じゃなくて、そんなお金ない」

「ないって、どういうことだ? 擬人だろ?」


 どうも擬人は普通、大金を持ってるものらしい。たしかにワタシの会ったことある擬人ってみんなそれなりの地位でお金も持ってそうだったもんなあ。


「本当に。それどころか借金がある、ウチのヘゲって上司に確認取ってもらってもいい」

「ないならないで、よそから借りてくるとかよ。あんだろが。本当に責任感じてんのか?」


 そんな900年も前のサロエの借金とか知らんがな。なんかだんだん、腹立ってきた。


「とにかくすぐに返せるアテはないし、この証書の確認とるから、話の続きはそれから。連絡先教えて」


 ワタシはマルコの滞在先を聞くと、証書を持って部屋に戻った。



「クッソ腹立つなあいつ」


 部屋に帰ってもまだ腹の虫がおさまらない。それどころか、思い返すとますますムカついてくる。


「どうしたんですかガネ様」


 どこかほっつき歩いて来たらしいサロエが入ってきた。


「あんたのことよ! これ、なに!?」


 ワタシは借用書を突きつけると、さっきのことを話した。

 そりゃ借金なんて言いたくないだろうけど、従者なんだしこういうことは予想できたわけだから、一言くらい言ってほしかった。

 それに、ポケットディメンション送りなんて雑な方法で誤魔化し続けられると思われてたのもショックだ。

 けど、サロエの反応はおかしかった。バレたことに動揺もしないで、平然と借用書を読んでる。


「これ、私の名前ですね。けど、こんな字だったかなあ」


 サロエは紙の切れ端に何か書きつけて、首をひねってる。


「妖精文字なんて何百年も書いてないから、筆跡変わってますね。それにこの借金。ぜんぜん憶えてないです。本当に私ですか?」


 おお。ああ。そこからか。


「ベルトラさん、何百年も前のこと憶えてますか?」

「よっぽど印象深けりゃなあ」


 ですよねー。ワタシだって数ヶ月前のことでも完璧に憶えてるわけじゃないんだし、サロエなんて自分がデザインしたばっかりの招待状さえ忘れてる。


 けど、これは都合がいいかもしれない。もしマルコの借用書以外になんの記録も記憶もないなら、でっち上げだってゴネやすい。


 そう。ワタシはあいつに金を返す気なんてない。

 900年も取り立てに失敗してたのを今さら言ってくるのはおかしいし、金はないし、あんなやつの言うこと聞きたくないし、金はないし、貸金業法だの司法だのもない魔界では返さなくても罪じゃない。あと金がない。


 ただ、ゴネるにしても気になることがある。あとで困らないためにも、確認しておかなきゃ。

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