方法35-3︰これはアホの娘ですか?(ちゃんと世話しましょう)
クラブハウスへ行く途中で厨房へ回り、ベルトラさんにサロエを預ける。これからやることの邪魔ってのもあるけど、あのサイコパステル調の部屋にサロエを入れるにはまだかなり心の準備が必要だ。
あの部屋、悪魔的にはウケが良さそうだけど、なんか田舎を舞台にしたアメリカのゴア系ホラー映画にでも出てきそうだもんなあ。
ワタシの石像とかも何かしたらガコンって動いて隠し扉とか出てきそうだし。
そんなわけで、ワタシはフィナヤーと二人きりでクラブハウスにいる。
「先程はありがとうございました。颯爽と現れて助けていただけるなんて。ところであの、一緒にいた悪魔は?」
「それが、正式な紹介は明日になると思うけど──」
ワタシはサロエがここへ来ることになったいきさつを話した。
「妖精悪魔を知力で負かし、敬意まで勝ち取るなんて。さすがですね、アガネア様。もしいま魔界の軍団が残っていれば、間違いなく智将として名を馳せていたでしょう」
「ありがとう。それで、頼みがあるの。ギアの会を上手くまとめてくれてるあなたの腕を見込んで」
「そんなふうに思ってくださってたなんて。なんなりと」
「いい? 信頼できるあなたにしか頼めないことなんだからね。……サロエを広報部にデザイナーとして雇ってほしいの」
「そうですか。……ですが、それは部長とヘゲさんが決めることで私にはなんとも。それに今、デザイナーは求人してませんし」
「だから、ヘゲちゃんにはワタシから話すから、あなたは部長を説得して」
「もちろん話してはみますが、おそらく……」
どうも煮え切らない。あまり気乗りしないみたいだ。なぜかはだいたい想像できる。
「デザイナーとしては悪くないと思う。さっきもいい働きしてたでしょ?」
「それはまあ、助かりましたけど。サロエは従者、なんですよね?」
来た!
「ということは、いつもアガネア様のおそばに?」
「まあね。部屋も一緒だし」
「ぽっと出の従者のくせに」
ボソリと言うフィナヤー。
「けど、もし広報部で採用されたら仕事中は別行動になるけどね」
「それは広報部でなくとも同じでは? なにか厨房では雇えない事情があるのでしょう? それなら魔獣の世話でもさせてみては? 危険手当が出るはずですし、あそこはいつも募集かけてますよ」
それ、ウチの中でも一番危ないやつ。
「そもそも彼女はアガネア様に忠誠を誓っているんですか? 敬意を持っているんですか?」
「リレドさんからそう言われてるからね」
ワタシはあえてフィナヤーの気にさわることを言う。とにかくフィナヤーの本心を引き出したい。
「つまり自発的なものではないんですね。それなのに、アガネア様の私的な従者に……。アガネア様はそれでよろしいんですか」
「いいもなにも、妖精悪魔のリーダーに言われたんだから断れるものじゃないでしょ。本人に落ち度がないと帰すこともできないし」
フィナヤーがニヤリと笑う。
「つまり従者にふさわしくない、と言えるようなことがあればいいんですね? もしくは彼女が自分から逃げ出すか……」
その発想はあったわ。というか、最初にフィナヤーにそう思ってもらうのが重要。サロエが採用された後からだとマズい。いよいよ秘策の出番だ。うぅ。気乗りしねぇなぁ。
ワタシは腕まくりするとペン立てから万年筆を一本取り、詳しく説明する気になれないけどフィナヤーの左手にあることをした。地味に痛いあれね。
そしてその手を握ると、軽く力を込めた。
「あぁっ!? んぅ! こんな棒一本で!?」
そう。これなら力で劣るワタシでも、フィナヤーを痛がらせることができると思ってた。
フィナヤーは一瞬苦痛に顔をゆがめたけど、すぐに頬が紅くなり、目がとろんとしてくる。
「アガネア様が私を……!」
そこで左ひじを差し出すワタシ。
「ひじの先つねっていいよ。ただし力加減には気をつけて。やりすぎると反射で攻撃しちゃうから。そうなったらあなただと消し飛んじゃう」
「よ、よろしいのですか!?」
ワタシのひじへ手を伸ばすフィナヤー。
「待って!」
「はい!」
ワタシはひじを引っ込める。
「その前に」
「はい」
「話を」
「はい」
「聞いて」
「はい」
「ちょっと最後まで黙っててくれるかな?」
「はい」
苦痛となにかプラスの要素が入り混じった顔でうなずくフィナヤー。息が荒い。
「サロエはワタシが妖精女王から褒美として託された。けれど仕事中のワタシには目が行き届かない。それをあなたに預けるのは、ワタシの名誉を預けるようなもの。従者だから丁重にする必要はないけど、ふさわしい対応をしてね」
「わか、わかり、解りましたから、さあ、ひじを、ああっ!? くっ……。誓い、ます、から」
ワタシがひじを突き出すと、すぐにつねってくるフィナヤー。熱い息を吐いて体を震わせてる。
脅しが効いてるのか、けっこうな力だけど皮膚が裂けたり骨が砕かれたりはしてない。なによりひじの先だから痛くない。
あー。それにしてもこっち来て最初のころ、フィナヤーに襲われかけて気絶しそうなくらいビビってたワタシが今やこの有様。
これだけ念を押しとけば大丈夫だろうけど、なんかまともな人としての一線を超えちゃった気がする。
秘策とか言ってたけど、やっぱやめときゃ良かったかな……。いかん。鬱々としてきた。
「ガネ様!」
いきなりドアが開いた。思わず離れるワタシたち。
「サロエ!? 厨房にいたんじゃないの?」
「なんか飽きてきちゃったんで、従者なんだからガネ様のとこにいた方がいいのかなって」
「けど、なんでここが?」
「ガネ様のクラブハウスどこってその辺の悪魔に聞いたら、連れてきてくれました。ひょっとして、来たら駄目でした?」
この娘はなんでベルトラさんに預けられたと思って──。
「飽きてきた、ですって?」
フィナヤーが低い声を出す。うんまあ、普通はそこスルーできないよね。
「解りました。アガネア様、お任せください。このフィナヤー。アガネア様の愛と信頼と名誉にかけてサロエにアガネア様の魅力を叩き込み、必ずや隷従させてみせます! あと、みごと成功した暁には私もガネ様って呼んでいいですか!」
全力でさっきまでとは逆方向に振り切るフィナヤー。だからなんでそう極端なんだ。ほどほどって言葉はないのか……。
見ればフィナヤーがつねってたひじの先は、血こそ出てないけどなんかアザになってた。
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