方法33-3:誰を最初にどうにかすればいいのか(報告は早めに)
しばらくチヤホヤされてから部屋へ戻ると、ワタシは月刊アシェト様の最新号を開いてみた。
“アガネア、今月の滅殺封殺 第2回「可愛いネコのテーブルマナーと生態」
利害関係なしに信頼できる仲間を作るのはワタシでさえ難しい。
飛び抜けた愛らしさと明晰な頭脳で知られるヘゲちゃんから仲間と認めていただけるようになるまで、ワタシも多くの苦難を乗り越える必要があった。
今回はそのときのことを通して、信頼できる仲間づくりについて考察したい。
ときにみなさんは可愛いネコを飼ったことがあるだろうか? 今回は余ってダメにした食材を気兼ねなく捨てる方法について考えたい。
さっきとテーマが違うと思った読者もいるだろう。けれど、本当に大切なことは他人の言葉や経験ではなく、自分の言葉や経験から答えを見つけてほしい。
”
ワタシはそっと雑誌を閉じた。いやいやいや、これは無理。これ、ワタシが書いたことになってんの? ホントに?
こんなの書いたヘゲちゃん。一発で通した編集。絶賛するフィナヤーたち。この世界は狂ってる。パッと見、そこまで変じゃないんだけどなぁ……。
特にギアの会のみんなはこれ読んで何に気付かされたんだろう。
ひょっとして、最後まで読むとなにか深い意味が見えてくるとか? いやぁ、うーん。どうだろ。これって読み進めるとますますヒドくなるパターンだよね。けど、怖いもの見たさな気持ちもある。フィナヤーたちに何か内容について質問されたとき、読んでないと困るし。
ワタシが雑誌を前に悩んでると、ベルトラさんが言った。
「どうしたアガネア」
「それがですね」
ワタシはコラムのことや、ギアの会の反応を説明した。
「どれ。見せてみろ」
「100パーヘゲちゃんが書いたんですからね」
ワタシから雑誌を受け取ると、コラムを読むベルトラさん。
「うーん。これは……ヘゲさんだな」
なんか、その一言がいろいろと表してる。
「そんなに気になるなら、ヘゲさんに相談したらどうだ? 最近見てないけど、喧嘩したわけじゃないんだろ。どうしてるんだ?」
「さあ」
「そうか。てっきり気になって誰かに聞くなりしてるんだろうと思ってたんだけどな」
「気にはなりますけど、ちょっと来ないからって誰かに聞いたり会いに行くのは違う気がして。お互い自立した関係でいたいというか……」
「自立もなにも、頼りっぱなしだろ」
「そうですけども。あんまり精神的には依存したくない、的な」
そうなんだよなー。マジメな話、ヘゲちゃんのことは好きだし、仲いいと思ってる。能力や権力を頼るのもしかたないと思ってる。命かかってるんだから。
けど、ヘゲちゃんに会えないと不安だとか心細いとか、そうはなりたくないんだよなー。
なんでってわけじゃないんだけど、このところヘゲちゃんが来てないって思ったとき、ちょっと不安な気持ちになりかけた自分にすごく警戒心が湧いちゃったんだよねー。
モヤモヤした考えに気を取られてると、ベルトラさんが溜息をついた。
「おまえがヘゲさんとどう付き合いたいかは好きにしろ。ただ、あの人ギアの会の顧問だろ。心配事があるんなら、手遅れになる前に相談するか、最低限報告くらいはすべきだ」
こうしてワタシはベルトラさんによって、半ば強引に部屋から出された。
ヘゲちゃんの執務室はアシェトの執務室の隣にある。ドアをノックしようとしたら、向こうから開いた。
「どうしたのこんな時間に。コラムを読んでたみたいだけど、感動してどうしてもそれを伝えたいんなら後にしてちょうだい」
「さっきの話、聞いてなかったの?」
百頭宮の中なら、どんな会話も当然のように盗聴できるはずなのに。
「集中したかったから、音声切ってたのよ」
中へ入ると、そこは広々とした汚部屋だった。それはもう立派な、どこへ出しても恥ずかしいような。
生ゴミこそないけど、大量の物が散らばってる。こんなとこで仕事してんのか。
アシェトの部屋との間の壁にはドアがあって、今は閉まってる。
「ドア閉めてね」
床に積もった雑多な物でできた層を平気で踏みながら、ヘゲちゃんは机に戻る。仕方ないからワタシも同じようにした。積み重なったゴミは見た目と違ってかなり安定感がある。
机よりも周りの物のほうが高いので、イスに座ったヘゲちゃんは穴の中にいるみたいだった。ワタシはその穴を覗きこむ形になる。
「なんだか見下ろされてると気分悪いわね」
穴から出て、フチへ座るヘゲちゃん。
「それで?」
「その前にいい? スルーしようかと思ったんだけどさ。この部屋、何でこんな散らかってんの?」
「なんでアシェト様の部屋が妙にガランとしてて整理されてるか判る?」
あ、そういうこと? そう思ってるあいだにも、隣の部屋につながるドアが開いてアシェトが顔を出した。
「ヘゲ、これな」
なんか書類の束をそこらに放り投げる。
「なんだ。アガネア来てんのか。珍しいな。あ、そうだ。こないだのアレ、出してくれ」
ヘゲちゃんが手を振るとアシェトの目の前に小さな赤い魔法陣が現れ、その中に小さな箱が現れる。
「サンキュー」
アシェトは箱を取ると手をヒラヒラっと振ってドアを閉めた。魔法陣が消える。
ヘゲちゃんがまた手をひと振りすると、書類の束は比較的ものが少ない場所へ。
「最初は整理してたんだけど。状態保存の魔法を掛けて召喚対応させておいた方が楽なことに気づいたの」
なんか不憫になってきた。ここでの暮らししか知らないからって、アシェトにいいように使われすぎ。
「さすがにこれ、怒ってもいいんじゃないの?」
「慣れればなかなか居心地いいのよ。それに、こうやってだらしなく私を頼ってくれるアシェト様って可愛いし……」
だらしなく頼ってくるのはいつものことなんじゃあ……。普段のアシェトと今のアシェトって、なんのギャップもなく真っ平らにつながってるよ。
ってヘゲちゃん、なんでちょっとうつむいて顔赤くして照れてるの? あー。なんかもう、いろいろ手遅れなんだなあ。
カリスマブラック経営者に洗脳されて、いつかワタシもこうなっちゃうんだろうか……。
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