方法33-2︰誰を最初にどうにかすればいいのか(報告は早めに)
ヨーミギの提案で殺処分がチラついた日からしばらく経った。
争奪大会はいよいよゆっくり進行になり、最近は並列支部が傭兵を掻き集めてることが話題になってる。中でも注目されてるのが資金源。
もともと並列支部は情報をあまり公開してないから、どこにそんな金があったのか噂話が飛び交ってる。
「もし本当にケムシャがダンタリオンなら、全員の稼いだカネ突っ込んでんじゃねえか? あいつら決勝までは安全だからな。金さえありゃ兵隊集める余裕はあんだろ」
これはアシェトの意見。たしかに体が無数にあってそれぞれが稼いでるなら、かなりの額を集められそうな気もする。
ワタシはときたまヨーミギに呼び出されて実験やら研究やらに付き合わされた。
といっても、“天井からぶら下がったバナナを棒で取る”とか“コップ一杯の水を飲んでから鼻をつまんでグルグル回る”なんてので何が解るのかさっぱりだけど。
付き合ってみると、ヨーミギはマッドサイエンティストでも、学問のためなら何しても許されると思ってるタイプでもなかった。
研究バカって言うんだろうか。研究に没頭すると周りが見えなくなるタイプ。
それにやたら理屈っぽいので、理屈さえ通ってれば意外と扱いやすい。
冷酷なとこや残酷なとこ、人間を見下してるところはあるけど、それはまあ、悪魔基準なら標準くらいだと思う。
たとえば。
「ワタシを人間じゃなくて、甲種擬人として接して欲しいんだけど?」
「なぜだ」
「普段から人間扱いしてて、いざってときにボロが出ると困るでしょ」
「一理あるな。では今後は態度を改めよう」
なんかただのバカなんじゃないかと思うけど、いちおう研究者としては超一流なんだよな……。
ちなみにヨーミギのところへ行くときは、念のためベルトラさんが付き添ってくれてる。いい機会だから、いろいろ魂について学びたいんだとか。
見た目オーガだけど知的で教養があり、学習意欲の旺盛なベルトラさんはすぐヨーミギに気に入られた。
ただ、二人の会話はワタシにはさっぱり理解できなかった。
「つまり魂の特徴とは、突き詰めれば観測によって事象が収束せず不確定のまま存在するという一点にある」
「けどそれじゃ、魂はなんでもありってことになるんじゃないか? もしかして、魂がそれ以外を観測して確定させてるのか?」
「鋭いな。そういう学説はある。しかしそれだと神の目の問題が出てくる。むしろ魂こそ神の目のひとつの顕現だという意見もあるが、それは根拠のある話ではない。むしろ弁証のための後付けだな」
……ね? たぶんこれ、ワタシの理解力の問題じゃなくて、対象年齢千歳以上の会話なんだと思う。
一方のヘゲちゃんはサッパリ姿を見なくなった。もともと忙しいから何もないときは一日に1、2回ちょっと立ち寄るくらいだったけど、それもない。
こんなに見てないのはティルの件でキレられたときくらいだ。
代わりに、今までヘゲちゃんに遠慮してたっぽいギアの会のメンバーが暇さえあれば食堂やスタッフホールへ入り浸るようになった。
相変わらずナウラも仕事ないときはフラフラしてるし、賑やかなんだけど なんか物足りない。
やっぱり、それまで毎日来てたのがぱったり来なくなると気になるんだよね。
今回は特に怒らせてもいないし、いくら忙しいからって5分も顔出せないなんてことないと思うんだけど……。
ポークピカタを作るために豚肉を浸すための大量の卵をパカパカ割ってると、食堂でアリヤがくつろいでるのが見えた。ギアの会のメンバーで、見た目は七色に輝く女性型の炎だ。
アリヤは何か読んでる。遠目に見えるあれはひょっとして。
「月刊アシェト様最新号……」
呆然と呟くワタシ。それはヘゲちゃんがワタシ名義で書いたコラム第二回の載ってるやつだ。
パカシャッ。
「うわっつ!?」
驚きのあまり卵握りつぶしちゃったよ。あーあー殻がボールに……。慌てて取り出すワタシ。
アリヤがワタシに向かって雑誌の表紙を掲げてみせ、笑顔で手を振ってくれる。
あの雑誌はアシェトのファンクラブ「アシェト様のスイートですごいシスターズ」、略称アシェススシターの会誌だ。一般には流通してないはずなのに。
お店の営業が終わってから、ワタシは久しぶりでギアの会の部室へ行ってみた。
「アガネア様!」
急にワタシが来たから、みんなびっくりしてる。
クラブハウスは前よりもアレげな感じになってた。
壁を埋め尽くす写真や私の記事の切り抜き、天井画やワタシの彫像なんかはそのまま。
そこへさらにダンタリオンから贈られた馬の生首がガラスケースに入れて飾ってあるし、ワタシがモデルをした作業着メーカーのポスターも額に入れて飾ってある。
「どうぞこちらへ。ささ、お座りください」
フィナヤーがわざわざイスを引いてくれる。もてなしというより、立ち話程度ですぐには帰さないって気持ちの現れみたいに見える。
「これは嬉しい驚きですな」
月刊アシェト様の先月号を手にしたヴァシリオスが言う。
「いったいどうされたんですか? もちろん、用がなくともお越しいただきたいのですが」
「アリヤがそれ読んでたの見て。ポスターもそうだけど、どこから手に入れたの? どっちも普通に売ってるものじゃないと思うんだけど」
「ヘゲさんが売ってくださったんです。雑誌はみんなで回覧してました」
つまりあれか。見本か。
それならワタシのとこにも届いてたけど、ポスターは修正の結果やたら美化されててこっ恥ずかしいし、雑誌の方は何が書いてあるか怖くて読んでない。
どっちもベッドの下にしまいこんでなるべく忘れるようにしてたから、売るなんて発想、出てこなかった。
じゃあワタシも売りたかったかっていうと、それはない。早くも自分の中で黒歴史になりつつあるブツを他人に、それも知ってる悪魔に売るなんて無理だ。
「それにしても、私たちに黙ってこんな連載をされるなんて、さすがですね」
ヴァシリオスはにこやかに言う。
皮肉、か? いやそんなこと言うとは思えない。
「入手困難な会誌に連載して、内緒にしておく。いつか気が付く私たち。しかしそのときにはとっくに連載が終わっていて、それこそすべてを揃えるのは困難。焦燥感と飢餓感に苦しめられる私たち」
その展開に思いを馳せてるのか、うっとりと視線をさまよわせるヴァシリオス。
「なんという手のこんだ、ヒネリの効いた、芸術的でさえある精神攻撃。おまけにこれは、ギアの会のメンバーにだけ有効な仕込み。残念ながらこうして不発に終わりましたが、その深いお気持ち、たしかに受けと──」
「待った。そうじゃない。そうじゃないからね」
慌ててヴァシリオスの言葉を遮る。あっぶねー。なんか変な勘違いされてるよ。
悪魔にとって、互いを傷つけ合うのは最上級の愛情表現でもある。そして複雑だったり大掛かりだったり、相手にしか効果のない攻撃ほど愛が深い。
このまま誤解を解かないと、間違いなくお返しとして何か複雑で陰惨で、じわじわ来るようなキツい精神攻撃をされかねない。
「あれはその。ああいうの書くの初めてだったから自信なくて」
「そう、でしたか」
落ち込んだようなヴァシリオス。他のみんなもなんとなくガッカリしてる。
「自信がないなんて信じられません」
フィナヤー断言する。
「簡潔で読む者の気をひく文章。明快な構成。その裏にある深い思想。お世辞抜きに傑作の予感しかしません。読むたびに気づきがあります」
「僕はすべて暗記しましたよ!」
ロビンも自慢げだ。
「連載が終わったあかつきには、飾り文字に箔押し本革装の豪華本にする予定です。さらに、携帯に便利な縮刷版をたくさん刷って無償配布、いよいよ外部の布教へ乗りだし、アガネア様の威光と闇の思想をあまねく魔界へ拡める予定です。アガネア様の魅力がなかなか理解できない悪魔も、これを読めばきっと納得するでしょう」
闇の思想って……。そこに何か闇があるとしても、せいぜいヘゲちゃんの心の闇くらいだと思うよ?
それにしても大げさな話になってきた。そこまで言われると、ひょっとしてヘゲちゃんの書いたコラムはすごいんじゃないかって気になってくる。
けど布教とかなんとか、そろそろ本当にコイツらどうにかしないと。トラブルの臭いしかしないし、さすがに可哀想になってきた。きみらはいったい何を見てどこへ向かおうとしてるのか。
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