方法31-2︰秋の全国仁義なき戦い(傍観してましょう)
一人の青年紳士が手を振りながらこちらに歩いてくるところだった。真っ白な肌に真っ白な髪。整った顔立ちに、こちらの警戒心を溶かすような柔らかな笑み。スーツ姿だけど、さすがに暑いのかシャツの袖をまくり、ジャケットは腕にかけている。
誰だろう。見覚えがない。誰かの知り合いだろうか。
ふと気づくと、アシェト以外の全員がその場で片膝をつき、頭をたれていた。
隣にいたワタシが棒立ちになってるのを見たヘゲちゃんが、無理やりワタシの後頭部を掴んでひざまずかせる。
「ちょっ、首痛い」
「静かに」
「あれ誰?」
「ベルゼブブ様」
超有名なあの? 魔界のトップにいるっていう。なんかイメージと違うなあ。
「来ちゃったっ!?」
ズガン!
驚いて顔を上げると、アシェトのぶん投げた何かがベルゼブブの頭を直撃した音だった。アシェトは腕を組み、不機嫌そうな顔だ。
「なにするんだ。相変わらず暴力的だなあ」
「何しに来やがった」
「呼んだのはそっちだろ。明日の説明会」
アシェトプロデュースの独占的交渉権争奪大会の事前説明会のことか。
「あー、おまえ、協会の総本部長だっけか。にしても自分で来ることねぇだろ。部下寄越せよ。嫌われてんのか?」
「違うよ。キミが自分で企画したって聞いたから、嫌な予感がしてね。直々に話を聞きに来たほうがいいだろうと思ったんだ。総本部は参加しない予定だけどね」
「そっか。そりゃご苦労なこったな。じゃ、明日」
「いや、話したいことがあるんだけど」
「断る」
「断る? アシュタロトならともかく、キミは立場的に断れないだろ」
魔界は超階級社会。アシェトは忌々しそうに頭を掻いた。
「しゃあねぇ。解ったよ。聞くだけだからな」
「それはどうかな……。ああそれと明日の主役、アガネアも一緒に来てくれ。オラノーレ、キミも。ダメだよ、誘われたからってこんなとこに上役が顔出しちゃ。現場が気を遣うだろ」
こうしてワタシたちはベルゼブブと一緒に、アシェトのスイートルームにある応接間へ移動した。
ああ、お楽しみもこれまでか。なーんかねー。何事もなく終われない気がしてたんだよねー。ワタシが楽しむって、なんかの発動条件なんだろうか。
「で? 話ってのは?」
「明日の説明会、というか争奪大会自体を中止にして欲しい」
「イヤだ、と言いたいとこだが理由くらいは聞いてやる」
「どうも言い方にトゲがあるね。理由は簡単。協会にとってロクなことにならないだろうから、だよ」
ベルゼブブの話によると、アシェトとアシュタロトは考え方がよく似てる。
なので、もしこれがアシュタロトだったら、と思うと、何をやろうとしてるにしてもヒドいことにしかならないだろうと予想する悪魔がいるらしい。そのほとんどはアシュタロトとの付き合いが千年以上にもなる悪魔たち。もちろんベルゼブブもその一人だ。
誰も認めてくれないけど、アシュタロトとアシェトが同じ悪魔だって思ってるワタシとしては“アシュタロトならどうだろう”で考えるのは理解できる。
にしてもアシェト、今まで何やらかしてきたんだ……。そしてそのことについてアシェトとヘゲちゃんも特に何も言わないってのがまた……。
「昨日のアガネア襲撃は、そんな開催反対派の一部がやったことだ。アガネアが滅びれば大会ができなくなるからね。もっとも、僕からすれば甲種擬人を相手にするにしては力不足な構成だったと思うけど。警告のつもりだったのかもしれないね。わりとすぐ逃げたんだろ?」
アシェトが頬を引きつらせ、体を震わせた。癇癪起こさないように我慢してるっぽい。
「ずいぶんと他人事じゃねぇか。おまえんとこは上が下のやってること知らねえってのか? そうじゃなくても下の不始末は上の責任だろうが」
「もちろんそうだよ。ただ総本部長ってのはただの調整役でね。そもそも総本部自体が各支部を傘下に従えてるわけじゃなくて、調整機関でしかない」
なるほど、と思って見るとアシェトもヘゲちゃんも不思議そうな顔をしてる。
ひょっとして今の話、聡明なワタシくらいしか理解できない難解な内容だったとか?
「僕ら開催反対派としては、キミの企画に参加する支部がないという結果を願ってるんだけど、困ったことに参加に前向きな支部もあってね」
ベルゼブブは苦笑した。
「なんだか知らねぇが、おまえが私に大会やめろとか、支部に参加すんなとか命令すりゃいいだろ。私にそんなマネしようもんなら、“アシュタロト様”引っ張り出してでも抵抗すっけどな」
「いやいや。協会全体で不参加の方針に決めるなら、まず支部全体の二分の一以上の賛同で臨時総会を開いて、さらにそこで委任状含めて三分の二以上の賛成がないといけない」
ますますポカーンとするアシェトとヘゲちゃんを見て、ようやく理解する。これ、あれだ。有名な“異世界との知識の差”ってヤツだ。
この場合、ひそかな優越感くらいしか役に立たないし、表に出したら不機嫌なアシェトにぶっ殺される。
「なんでそうなるんだ? おまえに反対できるやつなんていねぇだろ」
「もちろん。けど、それじゃダメなんだ。民主主義なんだよ。多数決をベースにした合議制。人界では今や、メジャーな政治形態になってる。そもそも僕が総本部長を引き受けたのは、民主主義での組織運営がどんなものか研究するため。だからトップダウンで強制することはできない。そんなことをしたら、今までの苦労が水の泡だからね」
アシェトはネズミの死骸を踏んだみたいな、心底嫌そうな顔をした。
「おまえの頭がおかしいのは昔っからだが、しばらく会わねぇうちに一段とヒドくなったみてぇだな。結局アレだろ。私は中止しなくていいし、おまえは支部が参加しても黙認するって話なんだな?」
ベルゼブブはため息をついた。
「キミが僕の話をほとんど理解してないことは解った。もう、それでいいよ。結果としては変わらない」
「なら最初っからそう言やいいだろ。で、襲撃の件はどう落とし前つけてくれるんだ?」
「だからそれは僕の責任じゃ──」
「あぁ!?」
ベルゼブブにめっちゃメンチ切るアシェト。きれいな顔してるだけに迫力がある。
今度はベルゼブブが嫌そうな顔する番だった。
「わかったよ。もう二度とあんなことが起きないようにする。毎回呼び出されて文句言われるのも面倒だし。それに一つ、いいことを教えよう。それでどうだい?」
アシェトは返事もせず、荒い息を吐いてる。どうも怒りが限度を超えちゃいそうになってるみたいだ。
「ほら、アシェト。いい話だよ。役に立つよ。相手をぶっ殺したいなら、そいつのことをよく知るべきだってのはキミの、じゃなかったアシュタロトの信条だったろ」
ベルゼブブもちょっとマズいと思ってるのか、子供をあやすような声で言う。
アシェトはギュッと目をつぶると、大きくゆっくり息を吐いた。
こういうリアクションがアシェトって欧米っぽい。
「本当に、役に立つんだろうな?」
「最悪の場面でなら、きっと役に立つ。だから本当のことを言うと、役に立たずに終わった方がいい。そんな話だ」
アシェトはしばらく考えてからうなずいた。
「話せ」
「並列支部長のケムシャ。あれ、ダンタリオンだよ」
今度はワタシだけがポカンとさせられた。
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