方法31-1:秋の全国仁義なき戦い(傍観してましょう)
エメラルドグリーンに輝く海。熱い太陽の日差し。波打ち際では連れてきた水着の女の子たちがキャッキャとはしゃぎ、すぐそばではバーベキューの準備が進んでいる。
海の中ではティルが、地上では見えないところで経営企画室のメンバーが警護をしている。
ワタシはビーチチェアに寝そべり、のんびりと寛いでる……。
はいどうもー。にわかにセレブっぺぇ感じのアガネアです。えー、というわけでとうとう始まりました。始まっちゃいましたねー。“緊急開催! アガネア様を囲む会スペシャル版 in ネドヤビーチ”。いやー。
今日はワタシの他にギアの会のメンバー全員とフレッシュゴーレムの女の子たち、ヘゲちゃん、ベルトラさん、そしてなんと特別ゲストとして呼んでもないのにアシェトが来ています。
さかのぼること数時間前。ホワンワンワンワーン(回想シーンに入る効果音)。
マスク・ザ・ネドヤでの出来事から、暮れて翌日。朝からワタシは様子がおかしかった。
何を言われてもうわの空。昨日の朝のことをベルトラさんに尋ねられても説明する声の調子は不自然で、食事にも手を付けず、部屋へ戻るとベッドへうつ伏せに横たわったまま動かない。
「アガネア。どしたー?」
生徒の異変に気づいた担任みたいにベルトラさんが声かけても、なんでもないとしか答えない。
そう。これこそがワタシの大いなる目標達成に向けた完璧な計略。
ちょっと待ってろと言い残して部屋を出たベルトラさんはヘゲちゃんを連れて帰ってきた。
「様子がおかしいって聞いて来たんだけど、どうしたの? 拾い食いでもした? 道端に落ちてるのはゴミか野良猫の糞よ?」
どういうつもりだ。ワタシは言い返したいのをガマンする。そして、さんざん溜めてから力なくつぶやいた。
「ヘゲちゃん……。ワタシ、もう、ダメかも……」
寝る前からさんざん憂鬱なことばかり思い出しておいたから、コンディションはバッチリだ。ワタシの声はいかにも病んでる。
「どういうこと?」
「……これまで何度も襲われて、怖い思いして。なんとか耐えようと思ってガンバってきたけど、もう、無理。ねぇ。ワタシあとどれくらいこんななのかな? 殺されるまでずっと、いつ襲われるのかビクビクしてないといけないのかな?」
いかん。言っててガチ涙声になってきた。ひょっとしてワタシ、演技派の名脇役になれる……?
これはぜひとも、この顔面を二人に晒さねば。ワタシは顔を上げてる。
ヘゲちゃんはなんとなく心配そうに見えなくもない。隣のベルトラさんの顔を一言で表すなら“こりゃアカン”。よし、出足は成功だ。
「大丈夫。大丈夫だぞアガネア。おまえのことは魔界でも指折りの実力者がチームで護ってるんだ。心配することはない」
「そう、ですよね。ありがとうございます。元気出ました」
少しも元気出てねー声で言う。
「あ、ほら、襲われかけてはいるわけだから怖いだろうが、よく考えろ。実際に怪我したりさらわれたりしたことはないだろ?」
もはやベルトラさんは完全に我が術中に落ちた。残るはヘゲちゃんのみ。
残るはヘゲちゃんのみ。ワタシ渾身の虚ろな目を喰らえ!
「そんな目をしてもダメよ。辛いでしょうけど、私たちもできるだけのことはしてるんだから、もう少しがんばって」
うおっ!? こいつオカンの使い手か!? こうなりゃ多少強引でも、話を進めるしかない。
「海。……海が見たい。太陽サンっサンの浜辺。水着の女の子。バーベキュー。みんながワタシをチヤホヤしてくれて、安全に護られてて、なにひとつ心配のない夏の午後。そうすればワタシ、きっと……」
これが入浴会に並ぶワタシのもうひとつの目標。そしてそれを実現するための作戦。
ぶっちゃけ周りの気を引くために病気や怪我を装うのと同じだけど、こういうときは奇策よりも王道を以て望むのが成功のカギって孔明先生も言ってた気がする。
なんで普通に頼まないのかって? そりゃたぶんきっと断られるから。何にもないのにみんな寄ってたかってチヤホヤしてくれなんて言っても、ねえ?
ヘゲちゃんは無反応だ。ちょっと急いでコトを進めすぎたろうか。疾きこと風の如しのつもりで風速が80メートル超えちゃってヘゲちゃん吹き飛ばした的な。
やがて、ヘゲちゃんは諦めたようにため息をついた。
「しかたないわね。朝になったら囲む会でも開こうかしら。急にみんな集まれるか解らないけど」
ヘゲちゃん、それはギアの会のみんなを甘く見てるよ。
「……あと、フレッシュゴーレムの女子たちも」
「はいはい。他にもヒマな女悪魔がいたら声かけておくから」
「バーベキュー……」
「解ってる! あと周辺警備も盛れるだけ盛っておけばいいんでしょ!」
こうしてワタシは自らの手でドリームハズカム、トゥルーサクセスサクセス。エバーアフター。
こうして今に至る。アシェトも来たのは本当に想定外だったけど。
そのアシェトは今、波打ち際でヘゲちゃんや他の悪魔たちとビーチボールで戯れてる。
瞳の色と同じ赤紫の、なんの変哲もないセパレートビキニを着てるだけなのに、息を呑むほど美しくセクシーで、それでいてどこか無邪気な印象だ。まるで古代ギリシャの彫刻家が造った“ぼくのかんがえたさいきょうのびじょ”って感じ。
「ほら。買ってきたぞ。これがフローズンヨーグルトだ。こっちがマンゴーで、こっちがシトラスベリー」
「ありがとうございます」
ベルトラさんからマンゴーのカップを受け取り、一口食べる。ヒンヤリしててフルーティー。甘すぎないヨーグルトの酸味とシャリ感が絶妙だ。これで屋台の腕がいまいちとか、ライネケハードル高すぎでしょ。
「すみません。こんな買ってきてもらっちゃって。すごく美味しいです」
ワタシの隣に座ったベルトラさんに頭を下げる。
「気にするな。それより他にもして欲しいことがあれば言ってくれ」
ワタシにまだ少し疑問を持ってるヘゲちゃんとは違い、ベルトラさんは完全にワタシの言葉を信じていて、こうして付きっきりで気にかけてくれてる。
なんだか悪い気がするけど、こうして世話を焼かれるのってクセになりそうだ。年一くらいで風邪でもひこうかな……。
これこそ弱者の知恵。シビアな魔界で生き抜くには、これくらいの図太さと狡猾さがないと。
アガネアしょっぱいとか言ってはいけない。せめて塩辛いと言って。
それからしばらくして。
「準備できましたよ!」
炭を熾すのに苦戦してたロビンが叫び、バーベキューが始まった。ワタシがお皿を持っていくとロビンが程よく焼けた肉や野菜、海鮮を載せてくれる。メガンは飲み物持ってきてくれるし、人型のみんながワタシを囲んであれこれ話しかけてくれるし、もう最高である。
アシェトでさえ“おまえ、人気あんのな”とか言ってくれた。
調子に乗ったワタシが“みんな、今日は来てくれてありがとー☆”的な挨拶をしていると、離れたところから声がした。
「おーい」
ワタシたちは一斉に声のした先を見る。
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