方法30-2︰マスク完了(細部を詰めましょう)

 連れて来られたのは、細く曲がりくねった路地の奥。隠れ家的な店なんだろうか。

 路地は薄暗くてそんなとこに入ってくのは不安だったけど、ヘゲちゃんいわく“本調子じゃなくてもそこらの悪魔よりは強いし、今日は念のため経営企画室の悪魔も何人か護衛につけてるから”だそうな。


 経営企画室ってどうやら今までの感じからすると、ヘゲちゃん専属の雑用もする特殊部隊みたいな部署らしい。

 影も形も見えないけど、きっと今も隠れてどこからかワタシたちを見守ってるんだろう。


 そしてとうとう路地の突き当たりに来た。


「ここよ」

「か、隠れ家じゃねー」


 その建物は大きめのボロい民家を無理矢理お店にしたような造りだった。そして壁や屋根なんかがいたるところ原色のネオンや電飾みたいなので輝いてる。

 すすけたプラスチックに蛍光灯仕込んだみたいな看板に、デカデカと“マスク・ザ・ネドヤ”って書いてなかったら、違う場所に来ちゃったんじゃないかと思うところだ。


 ガガッ。ぴー。


 耳障りなノイズ。


「え、いらっしゃいあっせ、いらっしゃいあっっせぇ。マスク・ザ・ネドヤ、本日も元気に営業中でっすぅ。あ、ただ今の時間、満席となっておりあっすぅ。え、待ち時間3年。3年となっておりゃっす。なおこのあと8時より整理券配布いたっしゃっすから、ご希望の方は、え、列にお並びくださいあっせぇ」


  ガガッ、ブツ。


 なんだ今の店外放送。


「ここのオーナーシェフ、料理の腕は超一流だけど、それ以外のセンスがアレなの」


 星をもらうような店って普通は建物やサービスも見られるはずだから、それがこれで三ツ星ってのは相当料理がすごいのか。


「いま3年先までいっぱいって。どうやって予約とったの? 予約してた客から脅し取った?」

「そんなことするわけないでしょ。今度ウチでコラボ企画をしたいから、試食させて欲しいって連絡したの。わざわざこの日のこの時間で。そしたら席作ってくれるってことになったのよ。本当にやれば嘘じゃないでしょ」


 しかもライネケたちが来ると言われて、“向こうはプライベート、こっちは仕事だから、席はなるべく離して。このことも内密に。あと、ライネケたちに気を遣わせないよう変身して行くから”なんて答えたらしい。

 こういう詰めのやたら細かくキッチリしたところがあるのに、わりとちょくちょくポンコツなのがなぁ……。


 店内は外よりマシだったけど、古ぼけた定食屋って感じだった。テーブル席が10席ほどでどれも埋まってる。ベルトラさんとライネケの姿も見えた。

 壁には大きな張り紙がある。


“当店、飲み物は水のみです。酒の味と合わさって完璧になるような料理なんて計算して作ってられっかボケ!”


 ああ、うん。なんというか攻め気ですね。


 ワタシたちが案内されたのは厨房へ出入りする入り口の脇。すぐ横をウエイターが行ったり来たりするから落ち着かないけど、しかたない。

 急に用意した席だからか、椅子もテーブルも他と違ってそこまでボロくない。正規の客席の方がボロいって、それはそれでどうかと思うけど。

 

「本日はぁ、ご来店、まことにありがとうございぁす。らぁ、メニューになりゃっすぁ」


 なんか手書きの薄汚れた紙を渡された。使いまわしなのか、ヨレヨレになってソースのシミなんかがついてる。

 それはメニューっていうやり、献立表だった。

 どれもこれも“季節の野菜のアマルードソース掛け、ベンビネスとアラゴマルスを添えたシャインラヴ風”とかそんな感じで、どんな料理かさっぱり判らない。


「メインは、あぁ、こちらっからお選びください、ぃい」


 そこでワタシは野ウサギと何かをローストして何かしたものを、ヘゲちゃんは真鯛を何かで何かしたものを選ぶ。メインの食材名以外は何がどうなってるのかさっぱりだ。


「かしこまりゃした。のちほど、シェフが挨拶にうかがいやすんで」


 ウエイターが下がると、ヘゲちゃんが片方だけのワイアレスイヤホンみたいなものを渡してくれた。耳につけると、声が聴こえてくる。


「カミロイのエラウをルッコラと合わせるってのは珍しいな」


 ベルトラさんの声だ。パルスのファルシのルシがどうしたって?


「これって盗み聴き……。マズいんじゃないの? そもそもなんでここに来たの? ちゃんと説明してもらってないんだけど」

「気になるからに決まってるでしょう。あなた、ベルトラのこと気にならないの?」

「そりゃ、ワタシは気になるけど……」


 ああ、そうか。ワタシはようやく気づく。ヘゲちゃんも、ベルトラさんのことすごく気になるんだ。

 ヘゲちゃんが百頭宮でプライベートな付き合いがあるのは、ワタシとアシェトだけじゃない。ベルトラさんだってそう。

 仕事以外で接した悪魔なんてほとんどいないってことだったから、きっといつの間にかベルトラさんもヘゲちゃんの中では“友達”? みたいなポジションになってるんだ。本人が自覚してるかは解らないけど。


「それにしたって、バレないように後つけて盗聴するなんてやりすぎだよ」


 ワタシの言葉にヘゲちゃんの爛れたウサ耳がピョコンと跳ねる。


「そういう……ものなの?」

「うん。……ひょっとして、アリだと思ってた?」

「か、帰りましょう」


 珍しく失敗を誤魔化すことも忘れて慌てるヘゲちゃん。立ち上がろうとする。図星だったのかぁ。どんだけ対人慣れしてないんだよ。


「まあ、ここまで来ていまさら帰るわけにいかないでしょ。仕事で来てることになってるんだし」


 それに自分からやろうなんて思いもしないけど、ベルトラさんとライネケのデートがどんなものかは超知りたいしな。


「それも、そうね」


 ようやく落ち着くヘゲちゃん。


 そこで前菜が運ばれてくる。なんか、前菜とはなんなのか考えさせられるようなボリュームだ。これだけで小洒落たカフェのランチ一食分くらいはあるんじゃないの?

 料理はどれもこれも美しく、量が多いのに少しも汚く見えない。おまけに複雑で手が込んでて、メニューと見比べてもどれがどの料理なのか判らない。

 ジャンルはフレンチ? イタリアン? とにかく洋食だけど、これが漆の箱に盛られてたら違和感なく創作和食に見えたと思う。


「うっま!」


 淡い橙色の何かを口にして、思わず声が出た。ウニを何かとどうにかしたやつだ、これ。ほんのり柑橘系の香りがする。


 ワタシたちは出される料理を黙々と食べていく。どれもこれも信じられないくらい美味しいけど、いちいち量が多い。


 ベルトラさんたちは料理の話が弾んでるようだった。二人ともなに言ってんのかサッパリ解んねーけど。


“あえて肉羊を放置することで空いたティンパレをガーネットに回すことで平均3分20秒の短縮ができるから、それでリゾットを超削減してヒートアクションできる”


 ……もしかしたら新作ゲームの話かもしらん。

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