方法30-3︰マスク完了(細部を詰めましょう)
次はメインディッシュというそとのき、店内の明かりが暗くなった。どこからか超絶技巧のメロディックデスメタルが聴こえてくる。しかもヴォーカル抜きのインスト。
ザザッ。
“え、お食事をお楽しみのみなさまー。ただ今より、え、オーナーシェフの”マスク・ザ・マリー”が各卓ご挨拶にぃ、え、参りーやす。それでは、入ぅぅぅ〜場ぅぅぅうぅっすぁ!”
拍手とともに、厨房の出入口から一人の悪魔が登場する。
シェフ姿でおおむね人型。右腕が3本、左腕が2本ある。名前と胸の膨らみから女性だとは思うけど、顔はプロレスラーがかぶるようなハデなマスクをしていて判らない。
それにマスクは不自然にあちこち膨らんだりヘコんだりしてるから、もしからした頭部は人型じゃないかもしれない。
マリーが5本の腕を振り上げてガッツポーズを作ると、BGMが大きくなって消えた。同時に明かりがつく。
いつの間に運ばれたのか、どのテーブルにもメインディッシュが置かれていた。
ワタシの目の前には山盛りの肉と、タップリの中華ちまきみたいなやつ。ここまでですでに一回分のフルコースくらいの量があったのに、ここでモチ米とか。
つい先日、無効試合になったけど大食い女王になりかけたワタシとしては受けて立つしかない。
もし転生者特典みたいなものがあるとしたら、ワタシの場合は大食いなんじゃないかと思うんだよね。
そんなわけで猛然と皿の上の料理を口に運んでると、マスク・ザ・マリーがやって来た。
「ようこそお越しくださいました。当店の料理はいかがですか? 師匠のお店からコラボ企画のお話をいただけたときは、本当に嬉しくて」
「どれも素晴らしいわ。このお店の独創的な構えも。一部屋改装して、ここの内装を再現してもいいわね。ただ、料理のボリュームは抑えてアラカルト的に少量であれこれ楽しめる方がウチのお客様には喜ばれるかもしれない。あとはお酒と合わせるのがどうか、というところかしら」
ヘゲちゃんがそれっぽいコメントをする。よし、あとも任せた。
デザートを終えて店を出ると、すっかり夜が明けていた。少し前をベルトラさんたちが歩いてる。
ヘゲちゃんは食べすぎて苦しそうだ。一方、ワタシはなぜかまだ余裕がある。人界にいたころは本当にフードファイターだったのかも。
「ヘゲちゃん」
「う、あ、なに?」
「どうやってあの二人追い越すの? 先に帰ってないとマズいよね」
「どうやってって……」
立ち止まるヘゲちゃん。とりあえず、まったく考えてなかったってのは解った。
「追いついて、抜き去る。そのまま大差をつけて部屋へ戻る?」
まあ、この状況だとそれしかないよね。ベルトラさんたちはゆっくりだし、早足になればいけるか? いや、そうじゃない。もっと単純な方法がある。
「ヘゲちゃん、ワタシ背負って飛べる?」
「ムリ。おなか苦しい。正直、歩くスピード上げるより座って休みたい。もうホテルのバーにでもいたことにしたらいいんじゃないかしら」
それならまあ、誤魔化せるか。そのとき、イヤホンから気になる話が聞こえた。
“なあ、まだ入るか?”
“うーん。いや、どうだろう。あのアホ盛りはもっと少なくって毎年言ってるのに、どうしてああなんだろう。バカなんだろうか。それで、どうしたの?”
“いや、フローズンヨーグルトとかいう屋台が海辺に出てたろ。よければどうかと思ってな”
“ああ、あれか。僕も食べたことないから気になるけど。一つ買って分けるんでどう?”
“そうするか”
二人はホテルへ戻る道を外れ、海の方へ向かう。
こ、これは!? ベルトラさん勝負に出る気だ。
「ちょっとヘゲちゃん、今の聞いた?」
「ええ。これで先に帰れるわね」
「ちがくて! これはきっとベルトラさん、海辺でライネケの気持ちを確かめようとしてるんだよ」
「でも、そんなのコソコソ盗み聞きするのはやりすぎだってさっきあなた」
「じゃ、気にならないの?」
「それは、気になるけど……」
なんかさっきと立場が逆転してんな。
「ちょっと待って」
ヘゲちゃんの顔が緊迫する。そうしてる間にも盗聴器の有効範囲から出ちゃったのか、ベルトラさんたちの声が聞こえなくなる。
「どうしたの?」
「2ブロック隣で経営企画室が複数の不審な悪魔と接触、現在交戦中よ。ホテルへ戻りましょう」
その声は真剣で、嘘ついてるような感じじゃない。それに、疑ってみてもし本当ならタイムロスで危険が増すだけだ。
ふと、ヘゲちゃんが横を見た。
「お二人とも失礼します!」
「どっ!? ぐっ!」
いきなり横から飛んできた何かに抱えられ、ワタシたちは速カゴにも負けないスピードで空を飛びホテルへ連れ帰られた。
そういうわけであの後、ベルトラさんとライネケがどうなったのかワタシは知らない。
尋ねてみてもマスク・ザ・ネドヤの感想だけで、それ以上は語ってくれなかった。ただ、そんなに暗い顔してなかったから、結果はどうあれ納得できるものだったんだと思う。
襲撃者の正体はいつものとおり判らなかった。少し不利になったらすぐに逃げちゃったんだとか。
一人捕まえたけど、判ったことといえば襲撃者がただの雇われだったことと、雇い主は逃げた中にいたリーダーだけってことくらい。
捕まった悪魔の話をどうやって本当だって確信できたのか。そしてその悪魔があとでどうなったのかは考えたくない。
ベルトラさんにも襲撃の話はした。なんか飛んでるところを見られてたみたいで、向こうから質問された。
ベルトラさんたちを覗いてたとは言えないので、そこはヘゲちゃんと気分転換に外へ出てたってことにしたけど、バレなきゃいいなぁ。
襲われたのに、ワタシは不思議なくらい落ち着いてる。さすがにこのところ、外へ出るたび“襲撃あるかもな”って心の準備はしてたし、強力な身代わり札もあるし、なにより狙われることに慣れてきてる。
さすがに目の前まで迫られたら怖いだろうけど、少しも見えないとこで何かあったくらいじゃ、もうあんまり動揺しない。
それどころか、これはチャンスだ。残り日数あとわずかな今、ここへ来るときに考えてたプランを実現するにはこの機会しかない。
そう、予想外のアシェト宅訪問があったせいで来年以降に持ち越しかとほとんど諦めてたアレが……!
それよりも納得いかないのはヘゲちゃんのことだ。あれだけお腹が苦しい、休みたいとか言ってたくせに、迎えに来た悪魔に横から超高速で抱きつかれても吐かないとはどういうことか。逆止弁でもついてんの?
あのとき、これでヘゲちゃんもゲロインの仲間入り。力の1号技の2号、共にヨゴレに堕ちようぞ! なんて思ったワタシが馬鹿みたいじゃない。
あ、いや、それはヘゲちゃんが吐くかどうかに関係なく馬鹿みたいか。
とにかく、もし限界まで食べて苦しいのがワタシだったら、きっと華麗なシャイニング・ウォーター・スプラッシュを披露して、生き恥と引き換えに抱えてくれた悪魔へ忘れられない一生の思い出を作ってあげられたはず。ヘゲちゃんには猛省を促したい。
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