方法30-1︰マスク完了(細部を詰めましょう)
身代わり札を手に入れた翌日、ワタシたちはネドヤ=オルガンへ帰ってきた。そして今日。
ベルトラさんは夜から、いや、前日の朝寝る前から落ち着かない様子だった。
ライネケとのディナーデートの日だからだ。予約は朝の5時。だから本当はブレックファストデートなんだろうけど。
魔界に来て未だに慣れないのが、社会全体が昼夜逆転してること。夕方、と言えば人界だと早朝のイメージだし、そのくせ0時ごろの食事を昼飯って言ったりすることもある。悪魔って意外と合理的なのに、なんだってこんな一貫してないんだろ。……まあいいや。
ベルトラさんはライネケとのデートが決まったときから常に料理関連の専門書を持ち歩き、暇さえあれば読んでいた。
もともと出発のときに、こんなときでもないとなかなかまとめて読めないからと大量に持ち込んでたけど、それをすべてを読破するような勢いだ。
もともと研究熱心ではあるし、確かに普段はなかなか時間もないだろうけど、あんまりバカンスを楽しむって感じでもない。
一度不思議に思って尋ねてみたことがある。
“ライネケの奴、料理バカだろ? だから料理の話しかしないんだが、やたらマニアックだし知識量がハンパないんだ。だから最低でもこうやって最近の流行を見て、それぞれの知識を深めて、そっからさらに派生する話を追っておかないと2時間も3時間も対等に話せないんだ”
もうね。泣いたよね。ベルトラさんのいじらしさに。
「さて、そろそろ行くか」
ベルトラさんが本を置いて立ち上がる。
「その格好で? 三ツ星レストランとかってちゃんとした格好しないとダメじゃないんですか」
ベルトラさんの格好は、こっちに来てからいつも着てるTシャツとハーフパンツみたいな服のままだ。全身の筋肉で服がパンパンになってる。
「ああ、あそこはそんな店じゃないんだ」
ワタシたちは廊下へ出ると、隣の部屋のドアをノックした。ヘゲちゃんが顔を出す。
「もうそんな時間。いってらっしゃい」
「アガネアのこと、よろしくお願いいたします。面倒かけてすみません」
「いいのよ。たまにはあなたも楽しんできて」
「ありがとうございます」
こうしてベルトラさんを見送ったワタシとヘゲちゃんは、部屋に入った。
「アシェトさんは?」
「寝てる」
「あの人、本当にずっと寝てるんだね」
「ええ。寝顔を見てると時間が経つのも忘れるわ」
ほんの少しだけ、ヘゲちゃんの無表情が柔らかくなる。
穏やかに眠る美女と、それを横で見守る美少女。静かで穏やかな空気。そんな光景が浮かぶ。
「ね。アシェトさんが寝てるとこ、ワタシも見ていい?」
ふとした好奇心から聞いてみる。
「べつに、いいと思うけど」
あっさりオーケーしてくれた。なんとなく独占欲とかで渋ると思ってたのに。
ワタシは奥の寝室に案内された。広々としたベッドの上で、アシェトが寝てる。
…………ああ……うん。なるほど。
まずね。よく見るとまぶたが少し開いてて、白目が見える。口は大きく開いててヨダレ垂れてるし、髪はボサボサだし、あ、口閉じて歯ぎしり始めた。
ずっと寝てるからか顔はむくんでて、寝相悪いせいで布団が下に落ちてる。
おまけに首周りがダルダルになったババシャツみたいなの着てるし、下はこれもヨレヨレのステテコみたいなの着てる。どちらもベージュ色。
それでも──。
「ね? いいでしょ?」
そう言うヘゲちゃんの顔と声はどこまでも優しくて、本当にアシェトのことが大好きなんだな、と思った。
「じゃ、私たちもそろそろ行くわよ」
「どこに?」
「マスク・ザ・ネドヤ」
ヘゲちゃんが口にしたのは、ベルトラさんたちの行ったレストランの名前だった。
「そうそう」
ヘゲちゃんが言ったかと思うと、ワタシの目の前で姿を変えた。
体こそ服装がスーツになってる以外さっきまでと変わらないけど頭が別物、生皮剥がされてゾンビ化したウサギみたいになってる。
「獣頭型の悪魔に変身すると、標準でこの姿になるの。きっと客観的な自己認識が反映されてるのね」
「どんな?」
「荒々しい世界に傷ついてる愛らしい心」
ときどき思うんだけど、ヘゲちゃんのこの自己評価の高さってどこから来るんだろ。
きっと百頭宮に引きこもってずっとナンバーツーやって、ケタ外れの力もあるから挫折とか無力感とか無縁なんだろうなぁ。
何気なくそう思ったとたん、胸が痛くなるような後味の悪い気分になる。なんだこれ。
人界のときの地雷でも踏んじゃったんだろうか。悪意の波動に目覚めかけてるってわけじゃないとは思うけど。
ワタシは頭を振って、重たい気分を追い払う。
「あなたは幻術ね」
ヘゲちゃんがワタシへ向かって手を振ると──。
「おおっ!?」
なんかワタシの手がシワッシワになった。服も地味なドレスに変わってる。鏡を見せられると、そこに映ってたのは老婆の顔。
「ベルトラは魔法が苦手だしライネケは弱いから、見通されることはないと思う」
ヘゲちゃんが鼻をヒクヒクさせながら言った。
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