番外9︰とにかくお金が欲しいの二人

 某月某日、晴れ。というかワタシが来てからずっと晴れてる。魔界で雨が降るとしたら血の雨くらい。水はどっかから湧いてくるらしい。水が無限リスポーンする世界。


 そんなことはさておき。ワタシはヘゲちゃんの私室を訪ねてる。約束してくれたお金儲けの進捗を確認するためだ。

 あんなに自信たっぷりだったんだから、来月あたりから毎月ソコソコの額が振り込まれるようになるはず。楽しみだなぁ。


「カネ? 1ソウルチップも儲かってないけど?」


 平然と言い放つヘゲちゃん。どういうことだよおい。


「あなたの着てる作業着のメーカーに専属モデルとかコラボ企画とか持ちかけたんだけど、断られたのよ。ドラゴンハント同好会のイメージキャラクターも提案したけど駄目で、ミュルスなら行けるかと思ってチラシのモデルとか商品開発のライセンスとかもあれこれ商工会経由で相談したんだけど、今のところ反応ないし……」


 想像の斜め上を行くしっかりとした取り組みぶりに、からかえなくなる。

 これはさすがにワタシも本気出さないと。


「けどそれって、やるときは契約とかするんでしょ? ワタシ人間だから、そういう契約でも人間バレするかもしれないんじゃなかったっけ?」

「それは考えたんだけど、あなたじゃなくて百頭宮が契約して、業務の一環って形にすれば問題ないと思うの」


 ほほう。なるほど。それならワタシは相手と契約してないことになる。


「けど、さすがに厳しいわね。あなたの商品力を見誤ってたわ」

「それはないでしょ。提案がまずかったんじゃないの?」


 なにせあのヘゲちゃん大先生だ。予想を超えるどころか置き去りにして大空高く飛び去るような内容かもしれない。


 ところが、意外にも見せてもらった資料はマトモだった。なんだ。やればできるじゃん。


「これ、ヘゲちゃんが書いたの?」

「いいえ。ブッちゃん。私が書いたものを見てもらったら“これはまるで、企画書というより一編の詩です。並の商売人では理解できないでしょう。ヘゲさんの発想に時代が追いついてません。ここはプロにお任せください”って言われて」


 あー。無表情なのにドヤ気配漂わせてるヘゲちゃんと、顔が引きつってるブッちゃんの姿が目に浮かぶ。

 たぶんヘゲちゃん大先生の異次元なワールドが炸裂してたんだろうなぁ。詩ですってのも、たぶん比喩じゃないと思う。

 そんなもん副支配人が作ってバラ撒いたら百頭宮の世間的なイメージが変な空気に包まれそう。ブッちゃん、グッジョブ!


「ラズロフのとこは?」


 さっき、下に来てたのを思い出す。急げばまだいるかも。


「あそこはダメ。金のニオイがしないわ」

「けどほら、まずは実績作りも大事でしょ」

「なるほど。珍しくまともなこと言うわね」



 ラズロフはスタッフホールでカタツムリの爺さんと雑談してた。


「ちょっと、いいかしら」

「おお、ヘゲさんにアガネアさん。ああ、どうしました?」


 なんか警戒してる。またロクでもないことに巻き込まれるんじゃないかと思ってるんだろうな。


「じつはアガネアをモデルとして売り込もうと思ってるの。ポスターや広告なんかの写真に使える。あなたのところもどう? 一業種一社限定だから、他が決まっちゃえばもうチャンスはなくなるけど」

「具体的に話があるんですか?」

「それは答えられないわ」

「ですがウチはお客様も限られてますし、新商品なんかもありませんからね。何かを誰かに宣伝するようなものでは……」

「いいじゃないの。今後もウチとあなたのお店が円滑に取引するためと思って、ね?」


 うわぁ、初手から露骨に脅しとる。ラズロフはストレスで白目になりかけてるし。ある意味、特殊な交渉術だよ。

 けれど、さすがにラズロフも長年商人をやってるだけのことはある。ギリギリのところで踏ん張った。


「ではこの件は持ち帰って他の兄弟たちとも前向きに検討させていただくということで」


 動きはゆっくりなのに、猛ダッシュなみのスピードでラズロフは死地を離脱した。


「検討する、ね。即答させられなかったのは残念だけど、とにかくこれで可能性は出てきたわ」


 え? そうなの? 断られたんだと思ったのに。

 ふと見ると、ヘゲちゃんの後ろの方にベルトラさんが立ってた。顔の横で手を立てて左右に振り、口だけ動かして何か言ってる。

 えーと……。“ナイナイ”。ですよねー。



 再びヘゲちゃんの部屋へ戻ったワタシたち。


「なんでモデルとかイメージキャラクターとか、そういうのやらせようとしてるの? 正直、古式伝統協会のことがあったし、あんまり気乗りしないんだけど。ワタシが美しいから?」


 お菓子の袋開けたら異物が混入してたみたいな顔すんのやめてくんねーかな。


「宣伝に使う写真を撮らせてあげるってだけよ。コラボ企画だって許諾するだけだし。これなら拘束時間も短いし、それを見た他のところからオファーがあるかもしれないでしょ? 可能性は広がる方へ動かないと」


 いちおうちゃんと考えてるんだな。


「でも、やりたいってトコないわけだし、難しいんじゃないの」

「ラズロフのところ以外は、ね」


 ああ、うん。たぶんあれ、何千年待っても答えは“検討中”だと思うよ……。


 そのとき、ワタシの頭にある言葉が浮かんだ。


「ヤキニクオグラユウコ」

「どうしたの?」

「お店だよ。ワタシの名前を冠したお店をオープンして流行らせるってどう? ウチはグループ店もあるし、そういうの得意でしょ」


 なぜかヘゲちゃんは立ち上がるとワタシのところへ来て、そっと肩に手をおいた。


「アガネア。あなた開店資金なんて持ってないでしょ? 百頭宮からももう、借りられるお金なんてないのよ? あと、いま問題なのはあなたの名前に商品力がないってこと」

「じゃあ、ワタシが現代日本の知識で魔界にないものやサービスを商品化するとか」

「たとえば?」


 返事に詰まる。


 問︰VRゲームで遊べて、建物自体が温度や湿度の管理を完璧にやってくれて、あえて便利になりすぎないようにさえしてる社会へ現代日本から持ち込めるアイデアを述べよ。


「……ゴメン。なかったことにして」


 考えてみれば悪魔にはあらゆる学問に精通してたり、クリエイターに創造力を与えたりするのもいる。

 そんな奴らの造った社会にワタシなんかが持ち込めるようなアイデアなんてそうそうないのだ。


「この件は引き続き考えるから、とにかく時間をちょうだい」

「解った。あ、でも、インタビューとか、囲む会みたいなのはどうなの?」

「引き合いはあるけど、お金を稼ぐって点から見ると効率悪いわ。そのたびにあなたの時間も取られるし。まあ、一つ受けちゃったけど」

「そうなの? 何も聞いてないけど」

「いろいろあったから言いそびれてたの。それに、あなたがすることは何もないし」

「それって、どういうこと」

「ティルから、アシェススシターの会報にあなたのコラムを載せたいって言われたのよ。とりあえず1年間。テーマは自由で、興味があることとか好きに書いていいって」

「じゃ、書かなきゃじゃん。ワタシそんなの書いたことないよ? なんで勝手に受けちゃうかなぁ」

「私だってあなたが書けるとは思ってないわ。書かせたところで、向こうへ送れるレベルになるまで私が何回チェックして戻せばいいのか、考えただけで気が遠くなる」


 あ、ヘゲちゃんが事前チェックする想定なんだ。けどそれなら──。


「誰が書くの」

「私。文章を書くのは得意なの。それに私が書けば、そのまま向こうへ送れてみんな楽でしょう?」


 なん、だと? あの鈍器サイズのトンチキなアガネア設定資料集をわずか数日で書き上げたヘゲちゃん。

 読んだブッちゃんが思わず差し替えを用意した、企画書という名のポエムの作者ヘゲちゃん。

 そんなヘゲちゃん大先生がワタシの名前でコラムを書く……。

 いかん。これはなにがなんでもワタシが書かないと、社会的に死ぬ。金儲けの話とかもうどうでもいい。


「ダメ元でいいから、一回ワタシにも書かせてよ。せっかくティルが頼んでくれたんだし。ねっ?」

「無理よ。もう一年分書いて送っちゃったから。時事ネタ入れられなくて苦労したわ」


 それ、手遅れやん。


 ──いや、待てよ。マトモな編集者ならヘゲちゃんの書いたコラムを採用するなんて暴挙、まさかしないだろう。

 今ごろどうやって全ボツを伝えるか、それともいっそ企画自体なかったことにするかで悩んでるかも。

 それどころか、もうやんわりボツですって言ってて、さっきのラズロフみたいにヘゲちゃんがそれを理解できてないって可能性さえある。


「編集さん、何か感想とか言ってた?」

「“アガネアさんってイメージしてたのと全然違ってて驚きました。意外な一面が見られて面白かったです”だそうよ。もうすぐ見本誌送ってくれるって」






 あ、ゴメン。ワタシいまちょっと意識飛んでた。


 というわけでヘゲちゃん大先生のもうすぐ始まる新連載にご期待ください! ちなみに第一回のタイトルは“はじめましてアガネアです。ウナギのヌメりを集めたい。そしてイルカに与えたい”だそうです。

 タイトル聞いた時点で内容を聞く気が失せました! お楽しみに!! (ヤケクソ)

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