方法29-7︰アソコは家に含まれますか?(探索は計画的に)

 廊下は静かだった。ここへ来たときも同じくらい静かだったはずなのに、今は酷く息苦しい。

 厚い扉に阻まれて、中の音は聞こえない。こちらの声も、きっと中へは届かない。


「ベルトラ。アガネアが肖像画を見つけたんだ。アシュタロト様の、な」


 やっぱこの流れだよ。秘密を知られたからには生かしておけない的な……。


「あー、アガネア。落ち着け。大丈夫だ」


 よっぽど見た目に出てたのか、ベルトラさんがなだめる。


「ベルトラ、アガネアに説明してやってくれ。変にごまかして痛くもない腹探られんのも面倒だ」

「あたしがですか?」

「いいだろ。おまえが一番こういうの得意なんだから」


 ベルトラさんは少しだけためらってから、ワタシを見た。


「これは秘密ってわけじゃない。誰もが知ってて、知った上で口にしない話だ。その意味じゃ、ヘタに隠しておまえが余計なことしないよう話しておいた方がいいかもな。理解しにくい部分もあるだろうが、それはもうそういうものとして聞いてくれ。それとこれは魔界にとっちゃ微妙な問題だ。ヘタなこと言うんじゃないぞ」


 なんだか物々しい雰囲気でベルトラさんは説明をはじめた。



 アシュタロトは“天界にふさわしくない性格”という理由で堕天させられた上位の天使であり、広く人間に信仰されていた、似たような異教の女神たちをまとめて堕とした悪魔でもある。

 サタンが氷漬けにされた後、アシュタロトはルシファー、ベルゼブブと共に“大三角”と呼ばれ、魔界のトップに君臨していた。

 けど悪魔が大規模な侵攻をくわだてて失敗し、魔界が天界に制圧されたとき、その“ケジメ”として大三角の一人を叛逆の首謀者として滅ぼすよう天界から要求された。


 どういう経緯かは解らないけど、選ばれたのがアシュタロトだった。

 ルシファーとベルゼブブがアシュタロトを滅ぼす命令書に署名をし、ヌエボ=オルガンにある城へ向かってみると、そこにアシュタロトはいなかった。

 代わりにいたのはアシュタロトそっくりな悪魔、アシェト。

 つい最近アシュタロトの資産を相続したばかりというこの悪魔はたしかにダンタリオンの悪魔大鑑に掲載されていて、相続手続きも終戦直後に行われていた。

 悪魔大鑑によれば、アシェトはアシュタロトの起源になった女神の一人、アシュテルテのマイナーな派生形が起源だった。他の女神と統合されてアシュタロトにならず、別個の悪魔になったらしい。それでアシュタロトの資産相続人に指名されたんじゃないかということになった。

 アシュタロトは今も行方不明。公式には自殺したことになってる。


 アシュタロトがアシェトにすべてを託して姿を消せた理由については、いろんな噂がある。

 政権中枢にアシュタロトの支持者がいて協力してた。

 敗戦が見えた段階でアシュタロトが責任逃れと自己保身のために準備してた。

 ルシファーやベルゼブブもグルで、天界へのせめてもの反抗としてひと芝居打った。

 などなど。いずれにしても、真相は闇の中だ。


「中央政府の奴ら、あとになって“叛逆の首謀者アシュタロトとそっくりな悪魔がアシュタロトの城で暮らしてるというのは天界への印象が悪すぎる”なんて言いだしやがってな。それで私はここを出たってわけだ」


 最後にアシェトがそう言って、話を締めくくる。ベルトラさんも解説衝動が発散されて、満足そうに息を吐いた。


 なるほど。それでアシェトがこんなにやさぐれてることも、やたら偉そうなことも、最初ここに自分でこなかったことの理由も説明がつく。だって──。


「ホントはアシェトがアシュタロトなんでしょ?」

「なっ!? おまえそれ聞くか? 微妙な問題だって言ったろ」


 ああ、そういうこと。ならハッキリ言ってくれないと。ベルトラさんてばうっかりさん。


「まあ、天使たちもおまえと同じようなこと言って怒り狂ったらしいな。ただ、最後には引き下がった」

「なんでです?」


 ワタシが天使なら──まあ“アガネアちゃんマジ天使”的な意味ではもう天使だけど──とにかく悪魔が泣いて白状するまで問い詰めると思う。


「さあな。天使は悪魔と同じくらい契約や公的記録を重んじるから、それ以上追求できなくなったのかもしれない。あるいは、あんまり追い詰めて自ら叛逆の種を撒くこともないって考えたか。ひょっとしたら、あの胸糞悪い“神のおぼしめし”ってやつかもな」



 中へ戻ると、ソロンたちが待ってた。


「お話は済みましたでしょうか? こちらも見つけましたよ」


 ソロンが持ってたのは横5センチ縦20センチ、厚さも5センチくらいある黒革の箱だった。蓋のところにリングがついててベルトへ通せるようになってる。

 受け取るとズッシリ重い。ひっくり返すと底に“ご使用の際はこちらの面を強く叩いてください”と書いてある。


 蓋を開けると中に入ってたのは9枚の札と言うより──。


「石板?」


 漆黒の石みたいな素材だ。1枚抜いてみると、表面に金文字で模様が彫られてる。だいたい5ミリくらいの厚さだ。


「こりゃまた、ずいぶん旧式ですね」


 ベルトラさんの言葉にアシェトがうなずく。


「今はもっと薄くて軽いよな。こんな石でできてねぇし。年代もんだが、効果は保証する。護られてる奴に害のない程度なら、あえて発動しないようになってるくらいだ」


 ワタシは札の箱を腰の右側に下げてみた。ミニチュア百頭宮のケースとは反対側だ。

 重い。体のバランスが悪くなるし、ズボンが落ちてきそうだ。これを常に下げて暮らせって……。


「これ、最新のだと幾らくらいするんですか?」

「200ソウルズくらいかしらね。1枚」


 とてもじゃないけど、消耗品として買える値段じゃない。ってことはやっぱり、これを下げとくしかないのか。

 気が乗らないけど、安全のためと思えばしょうがない。昨日まででこういうアイテムがある安心感はよく解ったし。



 帰り道も特に迷うことはなく、ワタシたちは城内へ戻った。

 ミナが食事を用意してくれてたので、食堂へ。

 遅い朝食を食べながら、ワタシはアシェトに質問した。


「さっきダンジョンに入ったとき、アシェトさん何か気にしてましたよね? あれ何だったんですか?」

「あぁ、あれか……。済んだ話だから言うけどな。あそこ、入った悪魔の認知を歪めて、道知ってても迷うような術が掛かってた。あんときそれに気づいたんだ。あっさり解けたから私がやったんだろうけどよ。そんなのやった記憶がねぇんだよな」


 じゃあ、三回も道に迷ったのってアシェトのせい? さあみなさん。手を取り合って今度こそアシェトに超説教のお時間がやってまいりました! どうぞ!!


「それで記憶のとおり進んだはずなのに迷ったんですね。まったく気づきませんでした。お見事です」

「私も魔力感知は自信ありますけど、まったく……。さすがアシェト様」


 え、ソロンもヘゲちゃんもそういう反応!? なぜこうも世界はアシェトに優しいのか。納得いかねー!

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