方法29-6︰アソコは家に含まれますか?(探索は計画的に)

 ヘゲちゃんがアシェトを呼んで、その日の朝遅く。ソロンが誰か来たというのでみんなで迎えに出てみると単眼の牛が一頭、城門のところに立ってた。


「頭食べませんから、一つ目でも大丈夫ですよね。明日は焼肉にしましょう」

「冗談にしちゃデキが悪いな、アガネア。私だ」

「アッ、アシェ……。この度は申し訳ありません。しばらくお会いしないうちにこんな姿に」


 涙ぐむソロン。

 牛になったアシェトは喋るたびにパクパク口が動くんだけど、その動きが言葉とまるで合ってない。なんか実写版の動物コメディみたい。


「変身したに決まってんだろ。おおっぴらに来れねぇんだから。にしても、おまえ相変わらずだな」


 やっぱりアシェトには何か事情があるらしい。深く掘り下げるほどの興味はないけど。

 それにしても正体隠すからって牛にならなくても。焼肉がどーたらってアレ、本気だったんだからね!



 居間へ移動すると、アシェトは変身を解いた。喜びに涙の止まらないソロン。ミナでさえエプロンの端で目頭を押さえてる。

 二人は使い物にならないし、ヘゲちゃんは長い説明が致命的にヘタなので、ワタシとベルトラさんが状況を話す。


「なるほどな。まさか地図なくてソロンの記憶だけが頼りとは思わなかった。おまえ、最後にあそこ入ったのいつだ?」

「アガネア様がまだここに住まわれてたときですから……」

「百頭宮できるより前じゃねぇか」

「記憶力には自信がありまして」


 それって何百年前の話なわけ? 記憶力でカバーできるレベルじゃないじゃん。そりゃ道に迷うわけだ。


 そしてさらに翌日、ワタシたちは4度目のダンジョン探索に出発した。今回は助っ人悪魔なし。

 違いはハッキリしてた。昨日まであれほど遭遇してた魔獣を一体も見かけない。アシェトが威圧してるからだ。

 おかげでワタシも理由のない不安で手足の力が抜けそうなんだけど、そこは我慢する。忍耐力には自信あるんすわ。


 道があやふやなのは変わらないけど、魔獣の相手しないだけでもかなりペースアップになるはず。

 ワタシたちは迷宮の奥を目指して足取りも軽くスタートした。


「ん? こいつは」


 少しして、アシェトがつぶやいた。


「どうしました?」

「いや、なんでもねぇ。気にすんな。それより、せっかく作っといたエデニウムがどう変わったか見てぇんだけど、威圧すんのやめていいか?」


 ワタシたちはそろって首を振る。


「んなこと言うなよ。ほら」


 たちまち魔獣が押し寄せてきた。



「いやぁ。あんな栄えてるとは思わなかったな。我ながら上出来だ」


 上機嫌のアシェト。


「やっぱヘムルの群れを入れといたのが効いたんだな」


 あれから1時間くらい、ワタシたちは魔獣を瞬殺するアシェトを眺めながら歩き続けた。

 そのあいだ、魔獣が居ないときとペースはほとんど変わらなかった。なぜならアシェトが強すぎるから。

 “あんまやりすぎて生態系崩れんのもなあ”と言って威圧が戻ってきたときは、正直少しだけ残念だった。ペース変わらないなら精神的な重圧なんてない方がいい。


 そこから休憩を挟みながら、ソロンの先導でさらに歩くこと6時間。ワタシたちはなぜかあっさり、目指すドラゴンのいる部屋の前に着いた。


「おかしいな。昨日までと同じ記憶のルートを進んだのに……」


 ソロンが不思議そうに言う。


「きっと、アシェト様が私たちを導いてくれたのね」

「そうですね」


 ヘゲちゃんの言葉にソロンが同意する。いや、案内してたのアンタでしょうが。アシェトは後をついて来ただけだから。


 部屋の中へ入るとドラゴンがいた。鈍く輝く金銀の鱗が複雑な模様を描く美しい姿で、確かにお洒落で洗練されたダンジョンにはマストな感じだ。

 ドラゴンは部屋の奥の壁に体を押し付けるようにして寝て……ないな。あれきっと寝たふりだ。

 よく見れば部屋の中央から隅まで動いた跡が埃のスジになってるし、ときどきソローっと薄目開けてこっち見てるもん。

 きっとアシェトの威圧に起こされて、ビビってるんだろう。


 そんなわけでドラゴンの横を抜け、ついにワタシたちは最下層、6階へ降りる扉の前に立った。

 扉は大きく頑丈そうで、表面の透明な素材の向こうにたくさんの歯車やクランク、ピストンやシャフトが組み合わさってるのが見える。


「そうかここ、私じゃなきゃ開かないんだった」

「はぁ?」


 ワタシは思わず声を上げた。


「なんだよ。最後に来たの数百年も前だぞ。もの忘れの一つくらいしても仕方ねぇだろ」


 威圧がまともにワタシへ向けられる。


「あ、その、え、あ……へへっ」


 卑屈な笑みが魔界イチ似合う悪魔、アガネアです。みんなよろしくね。

 けどさあ、もしワタシたちだけでここまで来て、ドラゴン倒してアシェトじゃなきゃ扉開かないなんてことが解ったら、たぶん冷たくなった憤死体が床に六つ転がることになってたと思うんだよね。


 アシェトが扉に手を当てると、中央のディスクが回転した。それに連動して他のパーツが次々に作動し、左右へ突き出したシャフトがゆっくりと扉の中へ引き込まれていった。

 ……これ単純にディスクとシャフト直結して、ディスクが回ればシャフトが引っ込むって造りじゃ駄目だったんだろうか。なんか端の方の歯車とか、明らかに意味もなく回ってるだけみたいなんだけど。

 中にシャフトが格納されると、扉は上に引きあげられた。その奥に階段が続いている。


 地下6階はマス目状の廊下と正方形の部屋が並ぶ、整然とした造りだった。それぞれ部屋のドアの上には数字と記号が書かれている。

 目的の部屋はασ-23。中へ入ると天井まである棚がいっぱいに並び、その中に箱やら絵やらが収められていた。


「この中のどこかにあるはずです。手分けして探しましょう」


 ワタシたちはそれぞれ棚に置かれたものを見ていく。って言ってもワタシそれがどんな見た目か知らないんだよね。札ってことはヒモで縛った紙束だろうか。


 そこでふと、ワタシは一枚の絵が気になった。アシェトの肖像画だ。貴婦人っぽいドレスを着て、首に色鮮やかな宝石を散りばめたネックレスをしてる。

 下端になんか書いてある。癖のある読みにくい字だ。えーと。


「親愛、なるアシ、ス、スェ、シュ……シェメソ……え?」


 気づいた瞬間、鳥肌が立つ。なんかヤバいもの見つけちゃったんじゃないか、これ。

 そこにはこう書かれていた。


“親愛なるアシュタロト様。御身が終わることない驚異と栄光に包まれますように。”


「あったか?」


 急にアシェトに話しかけられ、ワタシは声を出して跳び上がった。


「お。懐かしいな」


 アシェトはワタシの見てた絵を覗き込む。


「あの、これは、その、何でもなくてですね。その、ワタシが見たってのは見なかったことに」


 ワタシがキョドるのを見て、アシェトはなんでか納得したようだった。


「おい。ベルトラ、ちょっと来てくれ。アガネア、おまえもだ」


 ワタシたちはアシェトに連れられ、部屋を出た。

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