方法29-5︰アソコは家に含まれますか?(探索は計画的に)

 生死も不明のお父さん、お母さん。お元気ですか? ワタシは元気でしょうか。よく解りません。

 ワタシは今、地下のダンジョンのたぶん4階で前後を悪魔に挟まれ、魔獣の襲撃を受けています──。



 というわけで到着した翌日、ワタシたちはダンジョン探索に出発した。

 入り口は鍵の掛かった物置部屋の奥から、さらに手のひら認証の頑丈そうな鉄扉や鉄格子をいくつか抜けた先にあった。

 隊列は戦闘がベルトラさんと助っ人悪魔その1、ダイオン。次がワタシとソロン。最後がヘゲちゃんと助っ人悪魔その2、ゲオバなんとか。


 ダンジョンは天然の地下洞窟をベースに、そこへ手を加えたり拡張したりしてできていた。

 なのでかなり無秩序な造りで、ワタシたちにはどこまでが一階層なのかさえハッキリしなかった。

 竪穴を降りてまた登ったり、無数の分かれ道をあちこち曲がったりしながら進む。


 魔獣の襲撃も受けた。というか受けすぎた。クソゲーばりのエンカウント率だ。コントローラーを壁にぶん投げて後悔するレベル。


「なかなか豊かな環境ですね。まさかここまで増えてるとは。さすがアシェト様のデザインしたエデニウムだけのことはあります」


 疲れ果てて脳天気なソロンの言葉に怒る気力も湧かない。


 気力が萎えてる理由はもう一つある。ワタシたちの訪問は当然ながら村中に知れ渡り、アシェトの近況に飢えたみんなが城へやって来て、宴会が始まったのだ。


 それだけなら良かったんだけど、当然ながら話題はアシェトのことばかり。思い出話からヘゲちゃんの伝える最新情報までノンストップ、アシェト尽くしの12時間。

 そこまでアシェトじゃないワタシとベルトラさんはかなりゲンナリさせられた。

 だってあいつら、話題変えようとどんなに関係なさそうなトークテーマ振っても、そこからアシェトの話につなげるんだもん。

 本当に最初期のアシェトが内気で照れ屋なお嬢様だったって話は面白かったけど。……あの人、どこで道を間違えたんだろう。


「オパーっ!?」


 ぼんやりしてたせいか、天井に貼り付いた狼みたいな魔獣の吐いた、黄緑の毒液をまともに浴びる。


 はいゲロイン死んだー! 次回からはついにヘゲちゃんメインだヤッフー! 今日はお赤飯だ! とか思ったそこのワタシ。残念だったな。

 今日のワタシはリュックの中に、やっすい防護結界の札200枚セットをなんと5個も持ってるのだ。アシェト・ハイから一瞬だけ正気に戻ったヘゲちゃんがくれました。


 ずいぶん昔に何かのおまけでもらったというそれは、ちょっと強い悪魔の攻撃だともう防ぎきれないけど、ここにいる魔獣の攻撃くらいなら無効化できるという話だった。

 この結界セット、200枚ごとに箱に入ってるんだけど、箱の外にカウンターがついてて、何枚消費したか判るようになってる。

 ちなみに今は残数104。消費したうちの10枚くらいはここへ入る前、ヘゲちゃんが動作テストとかいっていきなり魔法撃ってきたときに使ったものだ。


 もちろん最初のうちは怖かった。初めの一撃を受けたときなんて、ノーダメだったのにショックでポックリ死ぬとこだった。

 ただ何回も攻撃を受けてると慣れてきて、今はもう恐怖心はない。まるで自分が無敵になったような気さえする。

 どんな攻撃受けても効かないって、かなり気分がいい。それでも毒液なんか浴びちゃうと不快だけどね。


 狼っぽい魔獣の群れをヘゲちゃんが魔法であっさり始末する。ここはホントに数こそ多いけど雑魚ばかりみたいで、どいつもこいつもベルトラさんたちに瞬殺されていた。



 それから少し歩くと、ワタシたちはアシェトの石像がある噴水広場に出た。そこで一休みすることに。


「申し上げにくいのですが、じつはみなさまにお伝えすることがあります」

「道に迷ったのね?」

「道に迷ったんだろ?」

「道に迷ってますよね? これ」


 だって、どんなに掛かってもせいぜい8時間あれば着くって言われてたのに、もう10時間は経ってるもん。


 「そうではありません。確かに迷ってはいたのですが、ここまで来ればもう大丈夫です。それをお伝えしようと」


 迷ってたんじゃん。全員が無言でソロンを見る。


「で、本当ならここへはどれくらいで着くはずだったんだ?」


 ベルトラさんが尋ねる。


「ええ、と。1時間半、いや、2時間くらいです」

「ってことは8時間くらい迷ってたんじゃねーか!」

「はい! 大変申し訳ありません」


 はち、じかん……。てことは、行きだけであと6時間くらいは掛かるってことで……。

 ワタシは噴水のフチに背中を預けたまま、ゆっくりと横倒しになる。

 もう、無理。歩けない。


「とりあえず今日は戻って、また明日来ましょう。ちょっとウンザリしてきたわ」

「はい。帰り道はもうバッチリです。保証いたします」


 こうしてワタシたちは本来の道を引き返した。そしたら入口まで1時間掛からなかったというね。



 翌日も、その翌日も途中で道に迷い、ワタシの心が折れて引き返した。少しずつ奥に進んでるとはいえ、普通にダンジョン探索してるのと変わらない。最短ルートなんてなかったんや……。

 全身筋肉痛だし、もらった札の残数は減ってくし。もう最悪だ。


 城へ戻って助っ人悪魔の二人が帰ると、ベルトラさんがソロンに詰め寄った。


「なあ、本当に地図はないのか?」

「ございません。最初に洞窟を調査したときの地図ならありますが、その後にかなり増改築したので役には立ちません」

「そもそもおまえ、本当に道おぼえてるのか?」

「はい。みなさまを案内することになったとき、頭の中で入口から目的地までの道をひととおり思い出せたので、ああ、いけるな、と」

「いけてねーじゃねーか!」


 ベルトラさんがツッコむ。


「なあおい、頼むよ。あたしゃ四日後には帰りたいんだ。今のペースじゃ間に合わないだろ」


 珍しく泣きが入ってる。普段がカッコいいだけに、情けない声出すとギャップにグッとくる。


「四日後って、なにかありましたっけ?」

「マスク・ザ・ネドヤに行くんだよ」


 ネドヤ=オルガンの三ツ星レストランでライネケとディナーデートっていうあれか。そりゃ焦るわ。


 ベルトラさんは何やら考え込むと、決心したようにヘゲちゃんを見た。


「ヘゲさん。アシェトさんを呼びましょう」

「お待ちください。それでは私がアシェト様のご期待に背くことになってしまいます。それに取り決めにも……」

「取り決め?」

「お前が大秘境帯にいるあいだに、いろいろあってな」


 ワタシの質問にベルトラさんが答えた。

 いろいろだなんて、解説好きのベルトラさんとも思えない。どうしちゃったんだろ。

 不思議に思ってると、今度はヘゲちゃんが口を開いた。


「ソロン。あなたは三度失敗した。これはもう、期待に応えられていないということじゃないかしら?」


 いつものヘゲちゃんならアシェトの手を煩わせたくないとか言って反対しそうだ。

 けど、ワタシはヘゲちゃんがこっそりダンジョンの床ぶち抜こうとしてたのを知ってる。

 見かけによらす超短気だから、イライラしてたんだと思う。


 ゲオバなんとかの後ろで、がに股になって床へ全力パンチを繰り出したところでワタシと目が合い、慌ててなにもしてないフリするヘゲちゃん、可愛かったなあ。

 あのときは特に思わなかったけど、よく考えたらあれ、成功してたら床が崩落してたんじゃあ……。


「ですが!」

「だいたいあなた、自分の評価とアシェト様に会えるチャンス、どっちが大事なの?」

「呼びましょう」


 ソロンはあっさり意見を変えた。ブレねーな。



 こうしてヘゲちゃんが連絡を取り、城へ一頭の牛が来た。そう、牛が。

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