方法29-3︰アソコは家に含まれますか?(探索は計画的に)

 ヌエボ=オルガンは三方に山がすぐそこまで迫ってる、田舎の村だった。

 見たところ一つを除いて高い建物はなく、自給自足の生活っぽい。

 唯一の高い建物は村の端、山を背にして建ってる。

 壁を蔦に覆われてるくせに、甲子園というより禍々しい雰囲気の堅牢な城塞めいたそれは、まさに──。


「魔王城」


 アシェトはかなり有力な悪魔みたいだし、魔王のご近所さんだったとしても不思議じゃないのかもしれないけど、いきなり真打ち登場は……いや待てよ。

 統計によると近年、魔王の女児率と青年率は上昇してるらしいし、もしかしたらここも……。いや、たぶんないな。

 そもそも考えてみれば、今のワタシはもし徴兵されるなら魔王軍から赤紙が来る側なので、身バレにさえ気をつけてれば魔王であっても問題ない。


「こんな辺境にそんなものあるわけないでしょ。アレがアシェト様の別宅よ」

「へ? えだって百頭宮くらいあるよ?」


 個人の家ってレベルじゃない。


「昔はああいうのが流行ってたのよ」

「そもそもここの村だってあの城で働く悪魔や、その悪魔相手の商売人やら農家やらでできた村だ。今はほとんど残ってないみたいだが、アシェトさんが住んでたころはもっと栄えてたんだぞ」

「ベルトラさん、ここに来たことあったんですか?」

「ああ。もうずいぶんと昔の話になるがな」


 はー。やっぱアシェトってかなり上位の悪魔なんだなあ。人界にいたころ名前見たことなんてなかったと思うけど、そういう悪魔でも有力者はいるってことか。


 途中で何人かの悪魔とすれ違ったけど、みんな無関心そうだった。特に何事もなく城へ到着する。

 城は圧倒的なスケール感で、なんというかもう超大作だった。

 巨大な城門は開いていて、敷地内に建ってるいろんな小屋や建物なんかが見えてる。けど、誰もいない。

 正面には本丸? 本体? とにかくメインのお城があって、そっちの巨大な扉は閉まってる。


「勝手に入っていいんですか?」

「いや、普通これだけの城が無人てことはないからな。取次なり衛兵なりが居るもんだが」

「アシェトさんが連絡し忘れてるとか」

「それはないわ。アシェト様に言われて実際に連絡したの私だから」


 ヘゲちゃんはいい加減、アシェトにノーと言うことを憶えた方がいいと思う。



 ワタシたちがどうしたものかと立ち尽くしてると、一人の悪魔がやってきた。

 見た目は執事服を着た直立歩行の猫、いわゆるケット・シーなんだけど、身長が170はあるし毛皮の代わりに極彩色のボコボコした鱗みたいなもので覆われてる。


「みなさま、ようこそお越しくださいました。当城の管理を任されておりますケト・エクス・サトゥルノです。周りからはソロンと呼ばれておりますので、そのようにお呼びください」


 ソロンは優雅にお辞儀をすると、ワタシたちを中へ案内してくれた。


「どうぞ、こちらです」


 城の横手にあった普通サイズの入り口を抜けて、通されたのは豪奢な応接室。金糸銀糸で刺繍の施されたフカフカのソファに座ると、ソロンは向かい側に立った。

 まるで見てたかのようなタイミングで人型悪魔のメイドが一人、ティーセットを運んでくると紅茶を入れてくれた。

 メイドは明るい栗色の髪に年齢は40歳くらいの見た目。真面目そうな顔立ちだ。


「乙種擬人でメイドのミナと申します。なにかあれば遠慮なくお呼びください。城内でしたらどこにいても参りますので」


 うおお。乙種擬人は初めて会った。乙種だからって何か違うわけじゃないけど、ちょっとテンション上がる。

 乙種は甲種とは逆に、普通の悪魔より弱い擬人だ。


「多いときは百人以上の悪魔がいたここも、今や常駐してるのは私とミナの二人だけです」

「じゃ、これだけの建物をちゃんとしておくのって大変ですね。通いの悪魔が手伝ってるとか?」

「いいえ。清掃やメンテナンスを自動化して、もうずいぶん経ちます」


 そか。あえてしないだけで、悪魔がその気になればそういった雑用は自動化できるんだっけ。

 速カゴなんかも、やろうと思えばもっと快適にできるんだろうなあ。


「村の悪魔は私たちを入れて、もう20人ほどしかいません。他はみんな新しい生活を求めてよそへ移ったり、アシェト様の後を追ってミュルス=オルガンへ行ってしまいました。残ってるのはここでのんびり暮らしたいという者ばかりでして」


 ソロンの言葉にミナがうなずく。


「それにしても、アシェト様は相変わらずお元気そうで何よりです。先日はお一人でソウルコレクターを撃退されたとか」

「ええ。ソウルコレクターは最初、百頭宮を襲っていました。そこへアシェト様がいらっしゃって一声あげられただけで、みんなの士気が目に見えて高まりました」


 ヘゲちゃんが答える。


 ミュルスじゃなんとなくワタシの方が活躍したような評価になってるから、あまりアシェトの活躍を喋れなくて不満だったんだと思う。

 ヘゲちゃんはタニアへのブチ切れからソウルコレクターの撃退までを、まるで自分がそばで見てたかのようにソロンへ語る。誇張と美化200パーセントくらいで。

 ソロンも古くからの使用人だから、断然アシェト派だ。

 ヘゲちゃんの盛ったトークにも、いいリアクションを返してる。


「こうして、荒地に変えられたざまあ仙女園にただ一人、厳しくも満足げなアシェト様がしっかりと力強く立っていたのよ。そしてその煤に汚れた、それでも美しい頬を風が祝福するように撫でていったの」


 ようやく話が終わる。長ぇよ。


「「ああ、アシェト様……」」


 ヘゲちゃんとソロンのうっとりした声。なにこの流れ。ハモってるし。

 あれだ。ギアの会のメンバーが集まったときに似てる。ノンストップでひとつの話を延々してて、手に負えない感じ。自分の話でもたいがいウンザリさせられるけど、他人の話だとマジ地獄だな。


「アシェト様とドラゴンといえば」


 マズい。ハートに火のついたソロンが何か言いだした。


「その話はのちほど。ところで、身代わり札は?」


 ナイス妨害です、ベルトラさん。ソロンが喋りだしたとき“やべっ”って顔してたから、たぶんワタシと同じ気持だったんだろうなあ。

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