方法27-6︰うっかり死すべし(食事には気を遣って)

 応接間の前の廊下まで、アシェトの放つ威圧感が漂っていた。面談や大娯楽祭のときに味わったものより、さらに強い。思わず足がすくんで動けなくなる。

 これもう、精神攻撃だよ。見ればヘゲちゃんやベルトラさんでさえ立ち止まっていた。


「これ、やめさせてくれないかな。ワタシ動けない」


 ワタシは震える声でどうにか囁いた。


「そうね。さすがにこれは……。中の三人、いえ、二人というべきかしら。とにかく正気を保ってられてるかどうか」


 ヘゲちゃんは念話でアシェトへ何かを伝えたらしい。ドアをノックすると、圧が消えた。


 中へ入ると、ケムシャも張姉妹も正気みたいだったけど、見るからに消耗しきっていた。ソファに座っているのがやっとの状態だ。


「アガネア、どうだ?」

「はい。どうにか大丈夫です」

「だ、そうだ。おまえらよかったな。もしこれで無事じゃなきゃ、それなりの落とし前をつけてもらうとこだった」


 アシェトの笑みに、ケムシャが安堵の表情を浮かべる。張姉妹でさえ、すこし緊張が緩んだようだった。

 アシェト、すっかり素に戻ってんなあ。


「それでもう一度聞くが、本当に心当たりはないんだな?」

「もちろんです。ここで何かあれば一番に疑われるのは僕たちです。そんな馬鹿なマネしませんよ。それに、動機もありません」


 不機嫌なアシェトに禁止されたのか、ケムシャは契約話法を使ってなかった。


「そう言えるからこそあえて、ってこともあんだろが」

「そ、そう言われますともう何も言えませんが……」

「まあ、そうだな。とにかく、だ。このことはそっちの評判にも関わるし、私らも犯人になるべく情報を知られたかねぇから、お互い内密にする。それでいいな?」

「はい」

「それと、しばらくウチの奴らをここに滞在させて調査させたい。協力してくれ」

「もちろんです。僕たちとしても犯人を見つけたら、ぜひとも責任を取らせたい。──確認ですが、これは誰かの仕業ということでいいのでしょうか。何が起きたのかさっぱり解らないのですが」

「ああ。詳しくは言えねぇが、そいつは確かだ。それとな。お前らと給仕や料理人はここに軟禁させてもらう。少なくとも疑いが晴れるまで」


 ケムシャは溜息をついた。


「仕方ありません。同意した、です。ところで、それが長引いたとして、さきほどの説明会には参加させていただけるのでしょうか?」

「この状況でまだ参加する気があんのか?」

「もちろんです。なにが起こったのか、誰かの手によってアガネア嬢は魔法や呪いでもなく急に倒れた。じつに変わっていて興味深い。ますます会員にしたくなりました」


 ケムシャはゲッソリしてるのに、そこだけ熱っぽく輝く目でワタシを見てきた。鳥肌が立つ。


「申し訳ありません。私たちの支部長は変わった悪魔のことになると」

「少し頭がおかしくなるのです」


 張姉妹がフォローして頭を下げる。


「説明会までに、クロってことになってなけりゃ参加させてやる。考えてみりゃ並列支部が不参加ってのは他の支部が不審がるだろうし。優遇するって話もそんときゃ有効だ。正式じゃないにしろ、契約は契約だからな」

「ありがとうございます」


 こうしてワタシたちは後のことをメスラニ率いる経営企画室に任せて、ホテルへ帰った。



 部屋へ戻るとさすがに疲れが出て、ワタシはベッドへ倒れ込んだ。体が重い。


 そんなワタシの隣では24時間365日無休で働き、人であることを捨てた企業戦士ですら付き合いきれずに有給を取ることでおなじみの三人がさっそく情報を整理していた。

 もちろんヘゲちゃん、ベルトラさん、アシェトの三人のことだ。社畜を超えた、仕事の狂戦士。

 たぶん死んだら企業ワルキューレが現れて、三人を無限に仕事が終わらない労働のヴァルハラへと連れてくに違いない。

 そこの一週間は月月火水木金金、納品がそのまま次の仕事のオリエンで、終電が始発となる業務のウロボロス的な世界。


 そんなおぞましい三人のまとめた結果によると、まず確実なこと、簡単に裏が取れそうなことは──。


・チーズは先週、いつもの業者から仕入れたもの

・給仕と料理人は会員ではなく、雇われの従業員

・犯人はアガネアが人間だと知っているか、そうではないかと疑っている

・使われた毒からして、アガネアを殺すつもりはなかった

・使われた毒はそこらで簡単に手に入らないので、計画的に前から準備されていた


 今のところ不明なこと、確証がないことは──。


・並列支部やケムシャたちが無関係

・支部の建物は普段から警備があまり厳重ではなく、部外者がチーズに細工できる

・海辺での襲撃事件との関係の有無

・犯人の動機、狙い


 これが王道の伝統的なミステリなら与えられた情報やヒントから答えが導けたり次にやることが解るんだけど、現実はそんなに都合よくない。

 現場に残された経営企画室のメンバーにこちらの整理した話を伝えると、さっそく行き詰まった。


「ちなみに、アムドゥスキアス氏は本当に信用できるんでしょうか?」


 ヘゲちゃんの質問に、アシェトは自信たっぷりでうなずいた。


「ああ。あいつはミュルス支部よりも前、最初の堕天のころから知ってんだ。一緒に戦ったこともある。とにかく波風立てるのが嫌いで、情報のブラックホールって呼ばれてた。あいつに吸い込まれた情報は二度と出てこねぇ。そういや、そのせいで天使の軍勢にやられかけたこともあったな」


 嫌なことを思い出したのか、アシェトの表情が不愉快そうになる。


「いっそのこと並列支部から始めて、関係ありそうなヤツを一つずつ潰してくか」


 だからなぜまず殺そうとするのか。

 ミステリでいえば面倒だから登場人物全員とりあえず逮捕して、そこからさらに関係者を手当たりしだいに捕まえていくっていう発想でしょ。大粛清時代の共産主義国家じゃないんだから(極限まで知的なつもり)。


 結局、経営企画室の進展を待ちつつ、次に何か仕掛けられたら犯人を引きずり出せるよう気をつける、ということで話はまとまった。


 しばらく暮らして判ったんだけど、寿命がないせいか悪魔ってその場ですぐ解決できないことは中途半端な状態でも平気で無期限先送りすんのな。タニアと“魂の気配”の話とかどうなったんだ。 

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