方法27-5︰うっかり死すべし(食事には気を遣って)

 もの凄い胃の痛みと激しい頭痛。


「ゴッ!? ウブ、ゴァッ! オロロロロロロロ」


 口から大量の水。パニックになる。


「ヴェッ! ゲッホゲホゴホ」


 鼻からも水が溢れる。痛い。涙。


「大丈夫か! アガネア! おい!」


 ベルトラさんの声。けど、どこから?

 再び胃が水で満たされる。息が苦しい。目の前が赤黒く染まる。


「がんばれ! 意識を保て!」


 大量の水を吐きだす。それが何回繰り返されたのか。意識が朦朧として1回の区切りも判らなかった。

 体が一本の管になったような痛みと窒息しそうな苦しさ。ワケがわからないことへの恐怖。


 ようやく落ち着いてくると、ワタシは床に座らされベルトラさんに支えられていたことに気づいた。

 周りも体も吐いたものでビショビショだ。酷い臭い。ワタシは激しく咳きこみながら、ベルトラさんのくれたタオルで顔を拭いた。


 そこはさっきの食堂だった。すっかり放心状態のワタシは自分の膝のあたりに目を落とした。残念だけどいま面白いことなんて言えない。


 胃液よりも多い水を吐かされ、内臓は灼けつくような痛み。頭も割れそうだし、気持ち悪いし、まだ手足に少し痺れが残ってる。


「メスラニたちに引き継いできたわ。給仕二人に料理人二人、ケムシャの言うとおり全部で四人を別室に隔離してる」


 メスラニってのは確か、えーと、ヘゲちゃんの部下だったはず。経営企画室とかいうヘゲちゃん専属の部署の室長だっけか。陰気なワニ頭のおっさんってことは憶えてる。


 きっと奴隷みたいにこき使われてるんだろうな。ワタシがどれくらい意識失ってたか知らないけど、バカンス中に急に呼び出されてこれだけすぐに集まれるんだから。


「アガネア。起きたのね。よかった」


 ヘゲちゃんは安心したように笑みを浮かべた。


「いつあなたがくたばって、天の軍勢が違う意味で私たちをお迎えに来るかとヒヤヒヤしたわ」


 まあね。やっぱそういう心配だよね。純粋にワタシのこと心配してくれるヘゲちゃんなんて偽物だよね。それかヘゲちゃんの皮をかぶって擬態した宇宙からの侵略者だよね。


 ベルトラさんの話では、ワタシは急に吐きながら気絶したらしい。

 すぐにアシェトは給仕たちを他の部屋へ集めるように指示、魔法や呪いの反応がないことを確かめると後をベルトラさんに託し、自分はケムシャたちと応接室へ移動した。

 アムドゥスキアスは何も言わないことを条件に、先に帰された。アシェトいわく“こいつは何かするような奴じゃない”だとか。


 ひとり残されたベルトラさんは当然ながらテンパった。


「ヘゲさんがウチの医者、あのカタツムリの爺さんを呼んではくれたんだが、すぐには来られないだろ。けどおまえは目の前でビクンビクンしてるし。アシェトさんは部屋出るとき“水飲ませて何度も吐かせろ”って言ってたけど、口から流し込んでもむせるだけで飲まないんだ」

「けっきょく、どうしたんですか?」

「こうしたとこの厨房にはだいたい水を呼び出す魔石があるからな。それを飲み込ませて、胃の中で水を呼び出した。吐いてるときに出てこなくてよかったぞ」

「てことはその魔石、ワタシのお腹の中にまだあるってことですか!?」

「そうだ。そのうち出てくるだろ」


 それって大丈夫なんだろうか。ワタシのおしり方面が。小さくてツルンとした形だといいなあ。確かめる度胸はない。 


「ここにおったか。すまん。地下水路の見学ツアーに参加しててな。地上へ出るのに時間がかかった」


 カタツムリの爺さんが入ってきた。巨大なカタツムリの口から白目をむいた粘液まみれの爺さんの上半身が突き出してるというなかなかファンキーな外見だ。


 爺さんは手早くワタシを診察する。


「床の吐いたものはアガネア嬢のかね?」

「はい。アシェトさんに言われてあたしが吐かせました」

「それで持ち直したんなら毒のせいだな」


 爺さんは体の粘液を拭うと、ワタシの口に押し込む。ミントの香り。痛みや痺れがほとんど消える。


「心配ない。これくらいならすぐ治る。ときにおまえさん。毒に弱いのかね?」

「ええっと、その」

「恥ずかしがることはない。擬人でも弱点の一つくらいはある。一人を狙って毒を盛る場合、方法は二つ。一つは狙った相手以外が毒耐性を持ってるとき。これはやりやすい。スープでもなんでも、毒を入れておけばターゲットにだけ効果が出る。もう一つはターゲットの食器やグラスに毒を塗ることだが」


 カタツムリの爺さんはワタシの吐いたものを両手ですくうと、躊躇なく口に入れた。

 いやもうね。これくらいのことじゃいちいちリアクションしませんよ。ええ。


「妙だな。三界のあらゆる薬物、毒物に精通したワシの舌をごまかせるはずはないが、しかしこれは……」

「その粘液で浄化されたとか」

「ちゃんと、手に触れてない上のとこだけ口に入れとる」

「他の味と混ざってるとか」

「バカもん。ゲロはゲロマズだが、ワシの舌を舐めるな」


 一瞬、カタツムリの爺さんとディープキスしてるとこを想像しそうになって、慌てて考えをそらす。


「で、何がおかしいの?」


 ヘゲちゃんが尋ねる。


「それがな。細かいとこは省くが、こりゃ人界のキノコなんかから採れる毒の味だ。といっても、普通なら無味無臭と言うだろうな。成分分析的に味わってはじめて判る味だ。大量に摂らんと死にはしないが、知ってのとおり普通、人界の毒は悪魔に効かん。身体の組成が異なるからな」


 ワタシとヘゲちゃん、ベルトラさんは目を見交わした。

 いろいろ思うところはあるけど、とにかく今はこの爺さんをどうやって誤魔化すかだ。

 見ればヘゲちゃんとベルトラさんは拳を握りしめ、“こうなったらもう殺るしか!”みたいになってる。

 なんでこう、悪魔の思考パターンは最初に殺すかどうかが出てくるんだろ。そしてたいていイエスを選択するのか。


「えとっ、実は、あのー、そのー」


 とりあえずノープランで口を開く。って、なんでヘゲちゃんもベルトラさんも不審そうな目を向けてくるわけ!? 架空の信頼と実績のアガネアさんでしょう!? あ、架空だから? それでも“とりま殺す”よりマシじゃない!?


「さっき毒に弱いか聞かれたとき、即答しなかったじゃないですか? 実はですね。魔界の毒はだいたい平気なんですが、人界の毒に弱くて」


 みんな驚いてる。ワタシも驚いた。いくら咄嗟に言っちゃったとはいえ、もう少しマシな言い訳があったんじゃないか。


「そんなこと、あるとは思えないけど」


 あれ? あっれ? ヘゲちゃん味方じゃないの? なんでそんな追い詰めてくるの? ヌルいご都合主義な設定は許さない的なこと?


 けど、とにかくここでガツンと説得力のある話ができないと、下手したらカタツムリの爺さんが始末されかねない。

 ここはひとつ奥の手、というか唯一の手を使うしかない。その名も“出生の秘密”。 


「ワタシはサタン様が独自の製法、というかぶっちゃけ見よう見まね、解らないとこは自由な発想で創った悪魔。だから11種類のハーブとスパイスとか本社に保管された原液レシピとかみたいな関係で、普通とは違うの」


 どうだろう。だめだろか。


「ふむ。簡単には信じられんが、サタン様ならそういうこともあるか。そもそも人為的に悪魔を創ること自体、離れ業すぎてどうやっとるのかワシなんぞにはサッパリだしなぁ」


 よし。どうにか納得してくれたっぽい。いやぁ、サタンってホント便利だな。かなり無茶な話でもサタンを上手く絡めれば通る。


「うーん。53点」


 ヘゲちゃんはまた点数辛いな。それは合格なのか不合格なのか。


 カタツムリの爺さんはテーブルのところへ行くと、散乱したチーズの残りを手に取った。


「最後に食べたのはこのチーズかね」


 そう言いながらその辺にあった残りのチーズを舐めたり、食べたりしはじめた。


「そうだな。このチーズの外側に塗ってある。普通の悪魔からすれば、何もしてないのと同じだ。気付かんだろう。ワシが言えること、できることは以上だ。帰ってええかな?」

「はい。ありがとうございました」


 ワタシたちはカタツムリの爺さんを見送ると、アシェト達のいる応接間へ向かった、

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