方法27-4︰うっかり死すべし(食事には気を遣って)

 ワタシたちはてっきり、マイナーな並列支部がワタシの加入で話題づくりをして、加入者拡大を狙ってるんだと思ってた。けどそれは違うらしい。


「僕たちの意図に対して認識の齟齬が存在していることを理解しました。並列支部がアガネア嬢に入会いただきたいのは、他に類例が少ないという意味で非常にユニークだからです」


 ユニーク?


「たしかに僕たちは量より質、という方針のもとに内部の基準やその時々の状況判断からスカウトを行っており、他支部のように申し込みまでは誰でもできる、という方式とは違います。ですが、有力者だけで固めた友愛会を作ろうというような意図ではありません。並列支部は、定義によってはコレクターなんです」

「コレクター?」


 ワタシは思わず聞き返した。


「ええ。ユニークな悪魔を会員にすることをコレクションと呼ぶのであれば。古式伝統を大切にする意志のある悪魔の互助組織。それが特に説明がない場合の大多数の支部です。ですが並列支部はその中でもユニークな悪魔を会員として集めることを目的としています」


 ケムシャは言葉を切るとワインを一口飲んだ。


「一般的な価値基準が共有されていないものを収集の対象としたコレクター、中でも量より質を重視するコレクターにとって、あるものをコレクションに加えるかどうかは独自の審美眼や価値基準によって判断されることが多い。そして並列支部というコレクターの基準から見てアガネア嬢、あなたはぜひともコレクションに加えたい悪魔なのです」


 なるほど。“擬人アガネア”としてのワタシは不自然さをごまかしたり、ヘゲちゃん先生の独自の世界観が炸裂したおかげで、やたらと変な設定が多い。“父親はシスの暗黒卿”レベルの設定なら売るほど持ってる。

 並列支部がユニークな悪魔を集めてるんなら入れたくなるのも解る。


「ケムシャさんはなんだってそんな支部を始めたんです?」


 ベルトラさんが質問する。この人、解説好きなだけあって知識欲もあるんだよなあ。


「情熱です。想像もしなかったような能力や経験を持つ悪魔に会うと、僕は存在しないはずの僕の魂が震えるかのような驚きと喜びに満たされます。

 世界はなんと多様で豊かであることか。その証拠が僕たちの認識において風変わりと評価しうる悪魔たちなのです。

 張姉妹も僕たちの基準からするとユニークです。この娘は身体こそ二つですが、意識は完全に一つ。まるで右手と左手のようなものです。ちなみにシャガリ君が見出しました。

 シャガリ君自身は普通の悪魔ですが、なかなか観察眼がありまして。普通に生活している変わった悪魔を見付けるのが相対的に上手いんですよ。なので会員ではなく職員として雇っています。張姉妹のような悪魔と出逢いたい、手元に置きたい。それが設立のきっかけです」

「それなら、古式伝統協会でなくても良かったんじゃないですか」

「そうではありません。協会の支部となることで僕たちは実利を得られます。それに同じ価値観を尊ぶという共通性、つまりは同じ会に所属する必然性が生まれます。それがなければ会として互いを認識し、連絡を取り合うという形は維持できないでしょう」


 自分の言葉にうなずくケムシャ。


「それで。そろそろ僕らの共通の友人、アムドゥスキアス氏を連れてこられた理由をお尋ねしても?」

「ああ、そのこと」


 アシェトは微笑んだ。コース料理は終わり、今はみんなワインを飲みながらチーズをつまんでる。

 ……考えてみればワタシ、ここ来てから飯食ってるだけだな。楽でいいけど。

 もうあれだ。食いしん坊なモブキャラになろう。そうしよう、うん。等身大、つまり1分の1スケールのワタシってそんなもんだと思う。


「あなたたちのお話を聞いてて思ったの。もういっそ、ウチ主催でアガネアの独占交渉権を賭けた企画をやったらどうかって」

「ブフォっ! ゲハッ、ガハッ!」


 ヘゲちゃんがむせた。ベルトラさんは口にチーズを入れようとした姿勢のまま固まってる。

 ワタシだけが、まくまくチーズを食べてる。無名のモブキャラには関係ない話だ。アガネアとかいう悪魔、大変そうだなあ。


「失礼。続けてください」


 ナプキンで口を拭いながら、ヘゲちゃんが促す。


「私たちがここを発つ前日。つまり来月3日にホテルグランド百頭ネドヤの8階大ホールで説明会と参加申し込み会をヤるから、ぜひ来てちょうだいね」

「質問を許可いただきたい」

「どうぞ」

「どのような意図があるのでしょうか」

「それも説明会までヒミツ、ね? 知りたければそのとき」

「他の支部への通達はどうされますか?」

「戻ったらすぐ。協会には個人的なツテもあるし、あちこちの支部とも百頭宮からなら連絡できるの。なるべく多くの新聞にも告知を出すつもりよ」

「私は、証人として呼ばれた。そういうことですな?」


 茫然とアムドゥスキアスがつぶやく。アシェトはどこからか金色に輝くカードの束を取り出すと、アムドゥスキアスの手に握らせた。たぶんあれ、また“グレーターVIP招待券”だ。

 アムドゥスキアスはぼんやりしたままそれを受け取ってから、ハッとして自分の手を見た。


「これは!?」

「受け取ってから返すのはナシよ」

「なっ、何の対価ですかな!?」

「証人に決まってるじゃないの。今日から説明会まで、あなたたちはお互いを監視するでしょう? 昨日までの私の動向は調べればある程度は洗えるはず。となると、この企画で一番痛くもない腹を探られそうなのが今日このとき。それもあなたがいてくれれば、私たちと並列支部に密約なんてないって証明になる。完全には無理でも」

「僕たちに対しては、特に何もないのでしょうか? あ、いや、その金色のカードはしまってください。僕たちはアガネア嬢を最初から勧誘し、シャガリ君を専任で派遣し、その結果が他の支部と同列での企画参加ではとうてい納得できない」


 ケムシャが言う。


「そう焦らないで。もちろん、あなたたちには特別な便宜をはかるつもりよ。ほぼ確実に、最終局面へ参加できるようにしてあげる。トーナメントで言えば、シードで準決勝とか決勝に参加できるイメージね」

「ほぼ確実、というのは具体的にはどういう意図でしょうか」

「さっきの例で言えば、決勝戦が始まる前にあなたたちが勝手に事故で参加できなくなっても、私たちの責任じゃないでしょ? そういうこと」

「その言葉、書面にしてもよろしいか?」

「どうぞ」


 ケムシャが一枚の上に何かを書く。ヘゲちゃんがそれを確認し、アシェトがサインしてケムシャへ返した。



 あーっ! もう無理。やっぱ自分を無名のモブキャラだって思い込むのは無理だ。

 だいたいこれ、ワタシがそう思っても周りの見方が変わるわけじゃないから意味ないよね。


 どうにかアシェトのバカみたいなアイデアを阻止しないと。とにかくワタシがハッキリ反対すれば、あとはそれを足場にしてケムシャかアムドゥスキアスがどうにかしてくれる、気がする。

 プレッシャーのせいか手足が冷たく感じられ、胃のあたりが重たい。頭も痛いし胸焼けがする。


「もまっふ、ぷ、もう、ふも」


 アレ? うまく喋れない。なんか口からチーズがボロボロ出てくる。考えてみればさっきからチーズ口に入れるばっかりで、ほとんど飲み込めてなかったような。

 もしワタシがリスでないなら、こりゃいったいどういうこと? そしてワタシはリスではないので、うん。どういうことか。


 思考がおかしい。そして今やすっかりおなじみの、胃の中身が迫り上がる痛み。この感──。

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