方法27-3︰うっかり死すべし(食事には気を遣って)

 並列支部本部は街はずれにあるオシャレな木造邸宅だった。大きくはないけれど凝った造りだ。

 あれ? 支部本部ってなんか変じゃね? ま、いいか。そんなことよりも──。


「アシェトさん。これ、マズいんじゃないですか」


 そういうベルトラさんの顔色は悪い。


「許可は得てるんですか?」


 一方のヘゲちゃんは勝手なことされて不機嫌そうだ。


「当たり前だろ。ちゃんと一人増えるって言っておいた」

「誰が増えるか言いましたか? 正直に」

「驚かせようと思ってな。メガンの名前を出しといた」


 メガンは副支配人代理。つまりヘゲちゃんの代理だ。ギアの会のメンバーでもある。けどそれってつまり、ちゃんと許可取ってないってことだよね。なんでそんなドヤってるのか。


「あの、私やっぱり帰ってもいいですかな? 付き合えとは言われましたが、こんなところへ連れてこられるとは……」


 一番不安そうな声を出したのは、問題の追加メンバー本人。アムドゥスキアスだ。


「これじゃまるで騙されたようなものです」

「おいおい。悪魔が騙されたなんてだらしねぇこと言うなよ。それともなにか。出禁でも食らってるのか?」


 騙した本人が言うなよ。たぶん全員そう思ったはずだけど、誰も言い出せない。なるほど。こういうことの積み重ねがトップをダメにするのか。


「いえ、何かあればいつでも歓迎するとは言われましたが……」

「ならいいじゃねえか。“何か”はあるんだから」

「これ絶対メチャ怒られるパターンですよね」

「冗談だろ。私に面と向かって怒れる悪魔なんてそうそういるわけねぇよ」


 それってつまり、影でなんて言われてるか解らないってことじゃあ……。


 玄関先では張姉妹が待っていた。アムドゥスキアスを見て、当然ながら不審そうな顔をする。


「ようこそお越しくださいました。これは並列支部の公式見解です」

「どうぞお入りください。と、言いたいのですが、こちらの方は……」

「ごめんなさいね。メガンが来られなくなったから、代わりに連れて来たの。驚いたでしょ?」


 だからなんでこの人はこんなドヤれるのか。


「「ですがこの方は」」

「あなたたちのボスが、彼にいつでも歓迎するって言ったらしいじゃない。並列支部はあれかしら。公式な発言を勝手に撤回するのかしら。それにそもそも、まさか私のツレを追い返したりしないわよね。こちらは迷惑を掛けないよう、増えるって伝えたはずだけれど」


 解ってたけど、やっぱこの人タチ悪い。ちょっとしたスキを見つけてゴリゴリ来るとこなんて特に。


「少々お待ちください」


 いったん中へ入った張姉妹がしばらくして戻ってきた。


「「大変失礼いたしました。どうぞみなさん中へ」」


 そのあとなぜか応接間でしばらく絵を眺めつつお茶をさせられた。なんかそういうのが正式なマナーらしいぜ!

 それから食堂に案内され、とうとう並列支部の支部長と対面した。


 支部長はヒゲを生やした小太りの黒人中年男性だった。ただしその目はトカゲで、腕が四本ある。名前はケムシャ。

 ケムシャは内心どう思ってるかはさておき、アムドゥスキアスのことも歓迎してるように振る舞った。

 残念ながら今回は契約話法抜きを拒否られたので、ケムシャの前置きとあいさつはクソ長かった。


「というわけで、僕の個人的な見解としては、みなさんが招待を受けられたと知ってから現時点までみなさんの来訪を光栄に感じています。なおこの感想は以後も継続する可能性が高いと個人的には推測していますが、その推測の妥当性を保証するものではありません」


 ようやく終わるとケムシャの隣に座っていた張姉妹が給仕にうなずき、料理や飲み物が運ばれてきた。

 それにしても、張姉妹はなんで並んで座ってるのか。ここはケムシャを挟んで左右に座るべきなんじゃないの? ちょっと双子としての自覚が足りないように思う。


 乾杯して料理を楽しんでいると、ケムシャが言った。


「昨日、張姉妹の訪問後に今日も同行されている古式伝統協会前記派南東地区エリアリーダー、“不可視ノ楽団”アムドゥスキアス氏、以下アムドゥスキアス氏と呼称、と会われましたね。これはみなさんとの会見後にホテルへ入って行くアムドゥスキアス氏を目撃した張姉妹からの報告に基づく予想であり、百頭宮およびその従業員に対して非友好的とみなしうる手段によって入手した情報ではありません」


 張姉妹に見られてたのか。まあ、ほとんど入れ替わりだったしね。


「時間短縮のために言いますが、先日の襲撃事件や抗争について聞きました。それと協会の方でアガネアをイメージキャラクターにする話が動いていることも」


 ヘゲちゃんが話を進める。


「であれば、必要な情報はお持ちという前提でお話ししましょう」

「同意しました」

「古式伝統協会全体のイメージキャラクターにしようという案は、ほぼ決定です。遠からず正式なオファーがあるでしょう。そうなる前に並列支部へ入会いただくか、せめて独占的交渉権を締結いただけないでしょうか」

「そうすることのメリットは何でしょう?」

「これまでのシャガリからの報告や現状からするに、おそらく現時点でアガネア嬢個人の意見、あるいは百頭宮側の方針として入会の意思がないことは並列支部として理解しています。

 ですので独占的交渉権でもあれば少なくともお互いに現状維持ができますし、そうなれば僕たちとしても先々への可能性を維持できます。

 それは結果的にあなた方にとっても、他の支部や協会本体が交渉に参入してくるより望ましい状況のはず。それがメリットです。

 それに、みなさんの反応によって調整を重ねたことで、現在提示している入会後の諸条件は他の支部の一般的なものに比べて、みなさんにとって望ましい内容になっていると僕たちは推測しています。

 従って現時点においてはどこかの支部へ入会するのであれば、その入会先として並列支部を選ぶのがもっとも利点の大きいものだと評価しています」


 ケムシャの話し方はシャガリに比べると、まだ解りやすかった。契約話法の上手さの違いなのかな。

 それとも、最初に言い方や呼び方の定義を長々としてたけど、その辺の仕込みの上手さなんだろうか。


 “入会の意志がないことは知ってるけど、今さら他の奴らとゼロから交渉したくないでしょ? 現状維持のために独占的交渉権くらいは結んでよ”。そういうことだ。


「並列支部はなぜそれほどアガネアに執着するんですか? あなた方の支部はスカウトで会員を集めていると聞きました。それなら、アガネアの話題性や宣伝効果は無用のものでは?」


 ヘゲちゃん、いいとこ突いた。昨日のアムドゥスキアスの話で疑問だったのがそこなんだよね。

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