方法27-2︰うっかり死すべし(食事には気を遣って)
入ってきたのは黒いユニコーンの頭に人間の上半身、腰から下は二足歩行の馬みたいな悪魔だった。上半身だけ紳士らしい服装をしている。
部屋に入ってきたとき、どこからか吹奏楽部が演奏前に音合わせしてるような音が聞こえてきた。
「じゃ、ワタシはこれで」
立ち上がろうとすると、アシェトに引き止められた。
「おまえも残れ」
「そちらが、アガネア君ですかな? はじめまして。私はアムドゥスキアス。なんの因果か前記派の南東ブロックリーダーをしております。ここの支所は南東ブロックの本部も兼ねておりましてな」
前記派ってのはたしか、古式伝統協会の中で最大の支部だ。
「アシェト嬢もヘゲ君も、相変わらずのようで何より。おや、ヘゲ君は雰囲気が変わったね。そう、少し柔らかくなった。こんな感じで」
アムドゥスキアスが指を鳴らすと、フルートの旋律が聞こえてきた。最初は硬くどこか寂しげな感じ。それが途中からメロディはそのままテンポや調子がわずかに変わって、少しだけ柔らかい印象になる。
音楽レベルゼロのワタシでも判るくらいなんだから、相当な技術なんだと思う。
それにしても、いちいちこうやって音楽聴かされんの? 面倒臭いな。
ヘゲちゃんは黙って頭を下げる。
『それで、誰、この悪魔?』
ワタシはヘゲちゃんに尋ねる。
『昔、ミュルス支所の支所長だったの。たぶんアシェト様が呼んだんだと思う。もともと、古い知り合いだって言ってたから』
そのアシェトは少し居心地が悪そうだった。
「忙しいとこ急に呼び出しちまって悪ぃな。それでその、“嬢”ってのはやめてくれ」
「そんな歳じゃなゴハッ!」
ヘゲちゃんに肘鉄をくらう。
「では、アシェトさん、と。急な呼び出しについては気にしないでください。むしろもっと早く呼ばれるかと思ってましたよ。一連の襲撃事件と交戦のことでしょうな?」
「それに並列支部のこと。あと、あんたら協会全体がアガネアをどう見てるのかも。まぁ、もし何か注目してんならな」
「先日のことは、さっき来ていた張姉妹から説明があったでしょう。私たちもそれ以上のことは聞いていないし、検証もしていない」
アムドゥスキアスが喋りだすと、小さなボリュームで海外RPGのイントロみたいな、重々しい曲が流れはじめた。
「私たちは巻き込まれない限り、今回の件については静観するつもりです。他支部同士が勝手に潰しあったところで、影響はありませんから。もっともネドヤ・リゾート支部はこの街で最大。お互いに所属する会員同士がどうなるかは気になりますな。みな観光業やその周辺に生きてますから、そう深刻なことにはならんでしょうが」
曲が少し不安を煽るようなものに変わる。芸細かいな。
「並列支部については、後発で閉鎖的ということしか知りません。入会はスカウト制で会員数は少ない。他の支部とも必要最低限の交流しかなく、目立った活動も特にありません」
どおりでカタログとかでも情報が少ないわけだ。けど──。
「あれ? それっておかしくないですか? だって」
アムドゥスキアスは手の平を立ててワタシの言葉を遮る。
「私は並列支部の方針や考えについて代弁できる立場にありません。どうかその先は口にしないでください」
あー。なんかすごく政治家っぽい。大きな組織でそれなりの役職者なだけはある。
それにしても、今の情報は気になった。だって並列支部はワタシと契約して会員拡大を狙ってたんじゃないのか。
「協会そのものはアガネア君に注目していますよ。ソウルコレクターの一件以来、あなたを会員にしたいという支部が増えてますからね。何もしないという選択肢や、何らかの方法でどこかに独占的交渉権を与える、という案もありましたが、どちらも難点がある。いまのところ有望なのは、協会を代表して総本部があなたと交渉して、イメージキャラクターにしてしまう案です。といっても、実際に契約する必要はない。あくまでも交渉することであなたを押さえ、支部同士の抗争が起きないようにすることがポイントです」
「じゃあ、そうなればこの前みたいに襲われることはなくなるってわけですか?」
「いいや。そうじゃねぇだろ。な? ヘゲ」
「えっ? ええ。はい。まあ、そうですね。総本部は結果にこだわらないとしても、各支部の手前、本気で交渉してくるでしょう。そうなると厄介です。……フヒッ」
眉間にシワ寄せながら、口をひくつかせてワタシの顔色をうかがうように笑うヘゲちゃん。こんなヘゲちゃん見たことない。
それにメッチャ歯切れも悪かったし、なにより──。
「結局、ワタシは襲撃されなくなるの? されるの?」
「それは、その。可能性として展開によってはなくもないというか」
うつむき気味になりながら、斜め下を見つつ答えるヘゲちゃん。
はい。正直に言って、全部わかってて尋ねました。
本当は襲われなくなるんだけど、ハッキリそう言っちゃうと客の前でアシェトのメンツが丸つぶれになっちゃうから追い詰められてるわけだよね。
日ごろ冷静で上から目線のヘゲちゃんがみっともなくキョドってる姿を見てると、なんだか胸に湧き起こる不思議な感覚。新しい扉が開いちゃいそうだ。
……よし、もっと追い込んでみよう。新しい扉、開いちゃおう! そこから行ける異世界だってあるカモよ?
「たとえばどんな展開だと襲撃されるの?」
「そうだなぁ。なんの工夫もなく拒否ってりゃ襲われるかもな。知らねぇ悪魔に襲われて、総本部の庇護化に入れば手出しされなくなるだろう、とか言われたりな。ま、素人臭すぎて、総本部がそんなことするとは思えねぇけど」
ナチュラルにアシェトが答えた。隣を見ればヘゲちゃんが“ふぅ、死地は脱したわ”みたいな顔してる。
チッ運のいい奴め。命拾いしたな。だが次はこうは行かないぞ。
なんて名もなき三流雑魚キャラの捨てゼリフみたいなこと考えてるあいだに、ヘゲちゃんは態勢を立て直してた。
「そもそも総本部からそういうオファーがあったってだけで注目は集めるだろうし、話し合いが難航したら直接交渉のために首都へ呼び出されるかもしれない。交渉が長引けばその分だけ新聞はあなたのことを追い回し、あることないこと書かれて、ファンは増え、ギアの会は全国に拡がり……」
まった。それ一躍トップアイドル強制ルートじゃん。そうなればそれだけ危険も増えるし、正体バレのリスクも高まるし。マズイよ。
ワタシはせいぜいフレッシュゴーレムをプロデュースして、アガPとか言ってアイマス界に名を馳せるくらいで余生を過ごそうと思ってたのに。……それが、自分探しの果てに見つけたワタシらしい生き方です。
「じゃあ、契約したら?」
「あちこちの支部のイベントに呼ばれるでしょうな。他にも会誌のインタビューや写真撮影。地方の商店前でのミニライブなんかも。あなたの場合、ソウルコレクター討伐の再現映画で主演なんかもありでしょうかなあ。そうなれば新聞はあなたのことを追い回し、あることないこと書かれて、ファンは増え、ギアの会とやらは全国に拡がり……」
まった。それ一躍トップアイドル強制ルートじゃん。そうなればそれだけ危険も増えるし、正体バレのリスクも高まるし。マズイよ。
ワタシはせいぜいフレッシュゴーレムをプロデュースして、アガPとか言ってアイマス界に名を馳せるくらいで余生を過ごそうと思ってたのに。……それが、自分探しの果てに見つけたワタシらしい生き方です。(コピペしたような思考)
「握手会とかサイン会なんかも?」
「握手? サイン? ……ああ、並んだ悪魔の差し出した手を端から握りつぶしていったり、会場に集めた悪魔を瀕死にして刻印を押してまわるといったことはあるかもしれません」
絶対こいつ楽しんでるだろ。けどワタシの魅力も合わせて考えると、どっちにしてもスターにならざるをえないということか。
ワタシにとってトップアイドルになるってのは“致死率200万倍の世界へようこそ”ってのとイコールだ。なんなら2倍のジャンプと3倍の回転を加えて1200万倍と言ってもいい。
大丈夫。落ち着け、ワタシ。まだ詰んだってわけじゃないし、ヘゲちゃんだって何か考えてはくれるはず。
アシェトだってヘゲちゃんに丸投げするくらいのことはしてくれるはずだし、そうなると結局ヘゲちゃんだけじゃね? とは思うけどベルトラさんだって明日からは元気一杯に巻き込まれてくれるはず。
ティルやソウルコレクターのときを思えば、ギリギリまで追いつめられればワタシの頭だって何か名案を出してくるかもしれない。
その場合、いったん限界まで追いつめられないとだけど。
「私からはそんなところですかな。お役に立てたならいいんですが」
「助かった。これで貸し一つだな。っていいたいとこだが、私は借りを作るのが嫌いなんだ」
アシェトは胸元から金色に輝くチケットを取り出す。
げぇっ!? あ、あれは百頭宮のすべてが無料で楽しめちゃうという(やや宣伝ぽい)、百頭宮グレーターVIP優待券!
「有効期限はナシだ。これで貸し借りなしだな」
そのときワタシは、馬がガッカリする顔を初めて見た。
「またそれですか? たまには他のものとか……」
「なんだよ。ウチのGreater VIP Ticketが価値ねぇってのかよ」
「いや、そんなことは」
慌ててチケットを受け取るアムドゥスキアス。うーん。横暴だなあ。そしてなぜ英語。
結局、毎度のチケットで貸し借りなしにさせられたアムドゥスキアスは、すごすごと帰っていった。
「あれはあれでいいんだよ。ウチとコネがあるってのがあいつにとっちゃ重要なんだ」
アシェトさん。それ誰に言い訳してるんすかね?
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