方法24-1︰私の仮の姿を見よ!(賭け事はほどほどに)
お茶会をしていると、夕飯の時間になった。ホント食べて寝てしかしてないな。最高です。
夕飯の後はヘゲちゃんの希望で談話室へ。
ベルトラさんは第1厨房のコックたちとなにやら話し込んでいる。
ワタシは隅の本棚にあった本を読んでいた。タイトルは“さっちゃんはサタン様ではなかった! ──来たるべきアセンションと謎の超古代サルバッキ文明が告げる闇次元3.5のはじまり”。
なかなかムーっぽくて楽しいんだけど、著者はどうやらこの飛行船のオーナーらしい。
“サルバッキ文明を公開されては困る”人々から命を狙われているため、“安全で限られた場所”でのみ閲覧用に提供してるんだとか。マジか、スゲぇ。
ヘゲちゃんはアシェトの隣で他のスタッフたちと話してる。話してるはず。話してるといいなあ。
さっきからチラチラ見てるけど、一度も口を動かしてない。腹話術に覚醒したんでなければ、たぶん空気になってるなあれ。
しばらくすると、さすがに居づらくなったのかヘゲちゃんはこっちへやって来た。
「なに読んでるの?」
「これ」
ワタシは表紙を見せる。
「ああ、サルバッキ」
「知ってるの?」
「有名なヨタ話よ。ここへ悪魔が来るはるかに以前、サルバッキ文明が繁栄して滅びたっていう」
なんだ。有名なのか。
「それでヘゲちゃんの方はどうだった? 少しは他のスタッフと親しくなれた?」
「え? ええ、まあ。たまにはああいうのもいいものね」
珍しく動揺してる。さすがにあんまりからかう気にはなれない。
「せっかくヘゲちゃん来たんだし、なにかしよっかな」
「なにかって?」
「なんかない? 親睦が深まるようなやつ」
「あなたとは深めるような親睦なんてそもそもないけど、そうね……」
自分のコミュ障ぶりにちょっと気弱になってるのか、まじめに考えてくれるヘゲちゃん。
「こういうのはベルトラが得意なんだけど……。ギアの会のメンバーがよく人間に変身するけど、毎回違う姿にはなったりしないでしょ? 悪魔って何かに変身するとき、普通は人なら人、猫なら猫でいつもそれぞれ決まった姿になるの。その姿っていうのは、悪魔本人の自分に対するイメージとか無意識のあこがれによって決まるんじゃないかって言われてる。……それを踏まえた上で。アガネア、ベルトラの人間姿見たくない?」
「見たい。たとえ魂を悪魔に売るハメになっても見たい」
「なら、最初にあそこにいるライネケを誘って。オーケーなら次にベルトラ。それで──」
なるほど。ライネケをエサにベルトラさんを釣るのか。
作戦を聞かされたワタシはさっそくライネケの所へ。ライネケは飛行船の料理スタッフに囲まれていた。
「ライネケさん。ちょっといいですか?」
「ん? なんだい?」
「あっちでトランプしませんか?」
「トランプ? 僕がトランプ遊びに誘われて断るはずないだろ。ではみなさん、申し訳ないけど続きはまた」
よし楽勝。次はベルトラさんだ。
「ベルトラさん。あっちでトランプしませんか?」
「すまん。いまこいつらと話しててな」
「メンバー、ヘゲちゃんとライネケさんなんですけど」
「ライネケが?」
即効で食いつくベルトラさん。チョロすぎる。
「あいつ、もうやらないって誓ったのに」
「ベル姐さん。俺らはいいっすから早く行ってください」
「ベル姐さんがいれば大変なことにはならないはずです」
なんか物騒な話をしてる。
「ライネケさん、トランプ絡みでなんかあったんですか?」
「第二娯楽都市のヘリオス=オルガンはギャンブルがメインなんだが、あいつそこでカジノを2軒、破産寸前まで追い込んだんだ。イカサマがバレて、全額没収と騙したカジノの料理長としてしばらく働くことでどうにか釈放されたんだが、永久出禁になっててな」
それって決して勝負しちゃダメな人じゃん。
「いいか。何言われても、あいつと賭けだけはするんじゃないぞ」
ベルトラさんはいつになく深刻な調子で言った。
席へ戻ると、ライネケが嬉しそうにカードをシャッフルしてた。ただ混ぜてるだけなのに、まるで手品みたいな手さばきだ。
「この音、この手触り。やっぱりトランプは最高だよ」
「おまえ、トランプはもうしないって」
「いいじゃないか旅行のときくらい。それに僕はもう、イカサマは卒業したよ。イカサマに熱中すると、相手を騙したり見破ったりがメインになるからね。純粋なゲームの楽しさからはズレてきちゃうんだよ。だから今なら記憶力勝負のイデアカップリングとか、心理戦と駆け引きが絶妙なダウトなんかがいいな。知ってるかい? トランプの深奥を極めた悪魔が最後にたどり着くのは六並べなんだよ。それで、今日は何を?」
「ジョーカー・イン・ア・ボトルなんてどうかしら?」
「いいですね」
「それ、どんなやつ?」
ライネケがルールを説明してくれる。名前が違うだけで、まんまババ抜きだった。
「基本の13回戦。そのままだとつまらないから、負けの一番多かった悪魔は罰ゲームでどう? 気軽なお楽しみだから、なにか軽くて楽しめるものがいいわ。そうね……せっかくだから役職下の悪魔が上の悪魔の罰ゲームを考えることにしましょうか。それならやり過ぎもないでしょう。アガネアがベルトラ、ベルトラがライネケ、ライネケが私。私がアガネアの罰ゲームを考えることになるけど、これはしょうがないわね」
ワタシたちはヘゲちゃんの案に賛成する。
罰ゲームって言葉が出てきたときベルトラさんは不安そうだった。ヘゲちゃんの事前情報だと、こういうカードゲームとか弱いらしい。
でも、罰ゲームを考えるのがワタシってことになったから、少し安心したみたいだ。
フッフッフッ。それこそがむしろ罠だというのに。
なんか、ヘゲちゃんこの短時間で考えたとは思えないくらい丁寧にベルトラさんをハメに掛かってるな。
「イカサマは禁止。発覚したらその時点で罰ゲーム確定ね」
「なら13回戦のあいだで誰かをハメて、イカサマしてると思わせられれば勝ちってことか。……冗談だよ、ベル」
「その名前であたしを呼ぶな」
本当にこの人、イカサマ卒業したんだろうか。まあでも、卒業してても先輩風吹かせに戻ってくるOBとかいるもんなあ。
「せっかくだから、僕以外で一番勝ち点の多かった悪魔には賞品を進呈しよう。おっとベルトラ、これは賭けじゃない。賞品だ。そんな怖い顔しないでくれよ」
「それで、どんな賞品?」
「いま最も予約の取れない三ツ星レストラン、マスク・ザ・ネドヤに招待しよう。じつはあそこのオーナーシェフは僕の弟子でね。毎年社員旅行のときに招待してくれるんだ。いつもは僕だけだけど、もう一人くらいなら大丈夫だろう」
ベルトラさんの雰囲気が真剣なものになる。
片想いの相手と最高のレストランでディナーデートのチャンスなんだからムリもない。本人は絶対に認めないだろうけど。
「どうだいベルトラ。僕が参加してよかっただろ? マスク・ザ・ネドヤのコースは噂以上だ。あれはもう、師匠である僕の背中が見えつつあるね」
ベルトラさんの反応を純粋に料理人としてのものだと思ってるライネケが煽る。
こうして、悪魔のババ抜きがスタートした。
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