方法23︰のっけからハードだな(贈り物は大事にしましょう)

 ブルータルモードの発動したヘゲちゃんにパシパシはたかれたおかげで、まだ頭やら体が痛い。

 手加減してくれてはいるんだろうけど、それでも一発一発が重いのよな。


 深昼にそんなことがあったおかげで、朝食が済んでもまだ眠い。特に予定もないし、また寝るか。あでもヘゲちゃんはどっか行きたがるかな。

 なんて考えながら部屋に戻ると、ドアの隙間から一枚の黒い封筒が差し入れられていた。金文字で何か書かれてる。


 「インビテーション?」


 招待状。ワタシはなにげなく拾おうとして、手を止める。なにかのワナかもしれない。


『へいへいよー。ヘゲちゃん、見慣れない封筒があるんだけど』

『ああ、それなら開けて問題ないわ』


 開けてみると、薄紫の紙が一枚。ギアの会から茶話会のお誘いだった。本日3時からなので、ぜひお越しくださいとのこと。


『なんかギアの会から今日お茶会やるって招待されたんだけど』

『知ってる。相談されたし私も招待されたもの』


 そういやヘゲちゃん、ギアの会の顧問なんだっけ。それで封筒開けてもいいとか言ってたのか。


『そうだ。ヘゲちゃんこのあと予定は?』

『ないけど』

『あれ。アシェトさんのとこ行かなくていいの?』

『アシェト様はいま、私の隣で寝てる』


 ……隣、だと? まあいいや。深く考えないようにしよう。ご想像におまかせします。


『じゃあ、ワタシもちょっと寝るから』


 ベッドへ横になると、すぐに意識が途切れた。



 目が覚めると、ベルトラさんが戻ってきてた。また料理の本読んでる。


「よく寝てたな」


 さりげない感じでメガネ外す。別にからかったこともないのに、なんで恥ずかしがるんだろう。


 時計を見ると23時半。起きてすぐ昼飯か。こんな生活続けてたら太るな……ワタシだけ。

 こう見えて、体型維持には気を使ってるのだ。身バレ防止的な意味で。

 悪魔は太らない。アイドル神話的なことでなく、本当に。なのでワタシだけ肥えたり痩せたりするわけにはいかないのだ。

 ま、言うて二泊三日だし大丈夫だとは思うけど。



 茶話会の場所は飛行船の先頭、展望ラウンジ。2階から5階まで吹き抜けになってる。

 ワタシとヘゲちゃんは少し早めに到着したけど、他のメンバーはもう全員そろってた。


 案内されて席に座ると、フィナヤーが挨拶した。


「アガネア様。今日は来てくださってありがとうございます。久しぶりのお茶会に参加してもらえて光栄です。思えばあの大娯楽祭の夜を最小限の被害で乗り越え、全員こうして無事に集まれたのも、みんなで社員旅行へ来られたのも、すべてはアガネア様のおかげ。私たちギアの会のメンバーはみんな、この身が滅びるまでアガネア様を支持する気持ちです」


 実際にソウルコレクターを追い払ったのはアシェトなんだけど、ギアの会的にはそれはなかったことになってるらしい。

 それにしても着席して10秒でこのチヤホヤされっぷり。世界中でここだけだよ。


 あれ? そういやフィナヤーとかメガンとかはもう片方の飛行船のはず。どうやって来たんだろう。

 悪魔ともなると、その気になれば飛んでる飛行船を飛び移るくらいできそうだけど。


「最初に私から、お渡しするものがあります」


 そう言ったのはおヒゲの素敵な老紳士にしか見えないアヌビオム。

 本当は首から上が悪魔っぽい手になってて、小指と人差し指を立てて残りの指で三角をつくる、いわゆる「狐の形」をしているんだけど、ギアの会のみんなはこうした集まりのときは人型になるのが習慣になってる。


 ドン!


 アヌビオムはテーブルクロスの下から、綺麗にラッピングされた大きくて重たそうな箱を取り出し、上に置いた。


「ダンタリオン様から届きました。アガネア様に敬意を表して、だそうです」


 ダンタリオンという名前にワタシの体が反応する。あいつはワタシが少なくとも悪魔じゃないってことを見破った。それどころか、たぶん人間って気づかれてる。

 チラリとヘゲちゃんを見る。ヘゲちゃんは小さくうなずいた。どうやら心配するようなことはないらしい。


 他のメンバーはみんな、“わーステキ。何が入ってるんだろう、楽しみだなぁ”みたいな、超絶牧歌的な雰囲気を漂わせている。どう見ても素敵なサムシングが入ってるとしか思えない空気感。


 だが、待ってほしい。包み紙の中から漏れたように見える赤黒いあれ。乾燥した血じゃないか? そういえばこの大きさ、小柄な大人の上半身なんかを入れるにはピッタリ……。


 考えすぎ、だよね? たぶん包みのシミもそう見えるようなデザインで、悪魔的にはその方がイケてるとかそういうことだよね?


 覚悟を決めてワタシは包み紙を破り、箱を開ける。


「わ、わぁ。素敵な」


 ──馬の生首でした。


 どっ、どどどどどういうこと!? ワタシもこんな風にするとかそういうこと?

 あのー、あのー、切断面から流れた血が箱の中で固まってまして、半目の濁った馬の瞳がワタシを見ていますよ?


 ワタシはむりやり作った笑顔のまま、顔が固まってる。


「これはまたみごとな」

「どう見ても新鮮そのもの。よっぽどいい保存石を埋め込んでるんでしょうな」


 そんな言葉が聞こえるけど、生首の存在感に圧倒されて頭へ入ってこない。


「最上級の敬意を表すために馬の生首を贈る。聞いたことはあるけど、本物を見るのは初めてだわ」


 ヘゲちゃんの言葉に、ようやく意識が返ってくる。


「今どき、こんなことするのは古式伝統協会くらいでしょう」

「ダンタリオン様がどこかの協会員だって話は聞かないけど、有名な悪魔は古めかしいところがあったりもしますからねぇ」


 どうやら警告とかそういうことじゃないらしい。

 首の横に乾いた血のこびりついたビニール袋。中からメッセージカードが出てきた。


“親愛なるアガネア嬢


 先日はろくに挨拶もできず、失礼した。あの日あの晩のきみの機転は、アシェトの冗談みたいな強さに勝るとも劣らない価値があった。


 そこでこれを、僕からの最大級の賛辞として贈ろう。いささか古めかしく、気取ってるけどね。


 きみの友人、“ミンナ知ッテル”ダンタリオンより


 追伸。おかげできみを人別帳に登録できた。これで晴れて正式な魔界市民だ。

 こっちへ来ることがあったら、ぜひ人別局へ顔を出してくれ”


 いつの間にかワタシたちの席の周りには見物の悪魔が集まって、馬の首を見ては感心している。ひょっとして、ダンタリオンに認められるのは凄いことなんじゃないか。


 たまにラノベとかで主人公の発揮した力なんかに周囲が感心するってシーンあるけど、馬の生首きっかけとか厭すぎでしょ。もっとこう、爽やかなのがよかったっ!


「さあ、見世物じゃないですよ」


フィナヤーが言うと、見物人たちが解散する。


「で、これはどうしますか? 普通は部屋の壁に飾りますが、あの部屋だと狭すぎますかな」


 アヌビオムに尋ねられる。

 壁に。飾る。これを。半目の。これを。


 ムリ。


 飾るのはもちろん、自分の部屋になんか置いておきたくない。けど、あんま粗末にするのも不自然なのか?


「あー。アヌビオム。これはあなたが責任をもって持ち帰って、クラブハウスの壁に飾ってちょうだい。ワタシの功績を保管するのもあなたたちの役目だと思うの」

「かしこまりました。そうですな。いつかアガネア様の記念館を建てるときが来たら、こうした品も展示するコーナーが必要ですからな」


 ふぅ。これでよし。今後もなるべくあの部屋へは行かないようにしよう。

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