方法21-3:水着はどこで買えますか?(備えよ常に)
万物市場は大勢の悪魔であいかわらず賑わってた。人界よりもずいぶん明るい月明かりの下、街灯のあかりに照らされた露天商や店舗の店先。
ベルトラさんに連れて来られらたのは“ヘラジカ特装”というそこそこ大きなお店だった。
「特装……。特殊装備?」
「普段着以外を専門にしてる店だ」
「それはそれで幅広いですね」
「水着もここが一番揃ってる」
中は棚やハンガーラックがところ狭しと並べられ、様々な服が売られていた。見たところ普段着はないらしい。
“人型以外をご購入の方は商品を持ってカウンターへ。あなたの体型にあったものをご希望の商品ベースにオーダーでお作りします”の貼り紙もある。
水着売り場は3階の半分を占める“海”のコーナーにあった。ちなみに残り半分は“空”のコーナー。1階と2階が“陸”らしい。
海コーナーには水着の他に、潜水服やウエットスーツ、“寒冷地仕様”の防水服なんかが売られていた。
どうも魔界と人界が断絶されたのは19世紀末くらいのことらしいので水着といってもどんなものか不安だったけど、そこにはデザインもサイズも様々な種類が並んでいた。
別々の場所で進化したものが似たような感じになるって、動物学でなんか用語があった気がする。
「ベルトラさんのはどんななんですか?」
「あたしは、ああいうのだな」
指差す先にあるのは水着版ジャージことスイムスーツ。機能性とスポーティーな感じがベルトラさんらしい。
「ライネケさんも来るんですよね? せっかくだし、新しくカワイイのを買ってもいいんじゃないですか?」
「ああ。……ああ!?」
ベルトラさんが何か言うより先に、向こうの棚の裏からヘゲちゃんがやって来た。
「時間があまりないんだけど、アシェト様が感心しそうな水着はどれ?」
「これなんかどうです?」
ワタシは上がビスチェっぽいデザインのビキニを渡した。なかなかセクシーだ。
てっきり怒られるかと思ったのに、ヘゲちゃんは普通に見ている。
「なんか、ウチのダンサーが着てる衣装に似てるわね。あんまり新鮮味がない」
「じゃあ、あれは?」
ワタシはマネキンが着ていた水着を指す。絶滅寸前まで布面積を減らしたやつだ。
「あれもウチのダンサーっぽい。どうせならもっと水着っぽいのがいいわね」
チクショウ。それじゃセクシー系は全滅じゃないか。
「じゃ、これはどうですか?」
なんかワタシが見繕う流れになってるけど、望むところだ。
渡したのはフレアトップにショーツのサイドがヒモになってるスカイブルーのビキニ。トップの部分は後ろから見ると大きく空いてて、フレア部分はクリームホワイトのスケ感のある素材だ。
ヘゲちゃんは受け取った水着をしげしげと眺める。
「なかなかよさそうね。胸元のヒダ飾りが可愛いわ」
ヒダ飾り……。ああ、うん。まあね。
「じゃ、今度はヘゲちゃんがワタシの選んでよ」
「えぇ? そうね……。じゃあ、これ」
胸元と腰に青い蝶のプリントが入ってる以外はなんの特徴もない黒のセパレートビキニを渡される。
「これ絶対、テキトーにその辺にあったの取っただけでしょ」
「そんなことないわ。あなたに似合うものを私の冴えたセンスで選んだの」
「じゃ、ワタシこれ着てヘゲちゃんが選んでくれたって自慢してまわるけどいい? これ見て周りが“あぁ、ヘゲさんってそういうセンスなんだ。へぇ、あ、そう。へー……”とかなっても知らないからね」
「……。よく見たらそれ、あなたの肌の色には似合わないわね。ちょっと待ちなさい」
さっきとは違って、真剣な顔で売り場を見渡すヘゲちゃん。
これだよ、これ。たぶん他の人からしたら面白くもなんともないんだろうけど、当人だけがヌルく楽しいっていうね。
ワタシが求めてたのはこういう日常であって、間違っても拉致監禁や死と暴力のバリューパックな日常ではない。そういうのはネオサイタマとかロアナプラでやってほしい。まあ、魔界もたいがいだけど。
二人できゃいきゃいしていると、いつの間にかベルトラさんの姿が見えなくなっていた。
探してみると離れたところの物陰で一人、かわいい花柄プリントのタンキニをじっと見つめていた。
「ベルトラさん」
「うぉおっ!?」
音速の壁超えそうな勢いで水着を棚へ戻すベルトラさん。
「ど、そ、これはアレだ。予備の水着を買おうと思って見てたらな、こういうのもあるのかと、な? 解るだろ?」
スマホでエロ動画みてるのをクラスの女子に目撃された男子中学生じゃないんだからそんな慌てなくても。クラスの女子に遭遇しうる環境でそんなもん観てる男子はかなりのメンタル猛者だけど。
「ちょっとアガネア。時間がないからそろそろ決めてちょうだい」
ヘゲちゃんが手にした二着を突きつけてくる。
ピンク地に白い水玉、クマちゃんのイラストがプリントされたワンピースと、スパンコールでできた昇りドラゴンがあしらわれた紫ラメのビキニ。
「なんでロリと極道の二択なの」
「私のセンスを疑うわけ?」
疑いしかねーよっ。真剣に選んでるとこ見てなかったらふざけてんのかと思うわ。
どうにもヘゲちゃん、ファッションセンスが壊滅的だった。途中で不安になって聞いてみたら、普段の服はアシェトがセレクトしてるらしい。
詰んだな、って思いました。
「やっぱりワタシ、最初の黒いやつにしようかな。見てたらだんだん気に入ってきたし。ほらこういうのってやっぱ最初の直感? とかがなんだかだで一番いいんだよねー」
黒い水着を持ち上げるワタシの手首をヘゲちゃんがつかんだ。一瞬、いきなり指折られたときの記憶が蘇って体がすくむ。
「それはダメ。それ着てたら私のセンスが疑われちゃう」
いやそっちの二着のほうがダメでしょ。いや、待てよ。もしかしたら悪魔のセンス的にはそっちの方がハイセンスとか?
……くっ! 無理だ。たとえそうでも、その二着はどっちも無理だ。
「まだ選んでるのか?」
紙袋を抱えたベルトラさんがやって来た。あっ。この人会計まで済ませてやがる! いつの間に試着したんだ。
中身はたぶんアレだな。さっき見てた水着。
そんなことより。これは一発逆転のチャンス。
「ベルトラさん、この三つの水着の中でどれがいいと思いますか?」
ベルトラさんならきっと常識的な判断をしてくれるはず。
ベルトラさんはワタシとヘゲちゃんを見比べる。ワタシは必死に目で訴えた。
そんなワタシの想いが通じたのか、ベルトラさんはニヤリと笑ってうなずいた。
ん? ニヤリって……。
「そのドラゴンのがいいんじゃないか? おまえ、最近一部でドラゴンスレイヤーって呼ばれてるらしいしな」
「どらごんすれいやぁ?」
金色のファミコンカセットが脳裏に浮かび、記憶が蘇った。
あれは、そう。古本屋の店先へ干し柿みたいに吊るされたファミコンカセット。夕陽を浴びて輝いてたあれがたしか……あ、ドラゴンバスターか。
ってか、なんでそんなどうでもいいこと鮮明に思い出したワタシ。大丈夫か!?
「オオソラトビヘビだろ、あと地下サーペントにソウルコレクター。考えてみたらおまえ、ドラゴンしか倒してないな。普通こんなのありえないぞ。どうなってんだ」
ジャストサイズの在庫があって最後の希望も打ち砕かれ、ヘゲちゃんから
「わざわざ私が選んで買ってあげたんだから、着ないとかないわよね」
と言われて退路も絶たれ、ワタシは極道ビキニを着ることになりました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます