方法21-4:水着はどこで買えますか?(備えよ常に)

 水着を買ったあと、時間が足りなくなって残りの物を急いで買った翌日。

 仕事を終えて食事を終えたワタシとベルトラさんが一休みしようとスタッフホールへ行くと、ヘゲちゃんがなにやらリストと図面みたいなのを見比べていた。


「どうしたの?」

「ああ、アガネア。いま、飛行船の部屋割りが上がってきたから確認してたんだけど……」

「飛行船?」

「そう。ほら、乗るでしょう」

「あー、社員旅行でな。ここからネドヤ=オルガンまでは陸路だと直進して山岳地帯を抜けるか、大きく迂回するかだ。海路っつっても海まで遠いだろ。だから飛行船を借り切って空路で行くんだ。自力で飛んでもいいが、飛ぶの苦手なやつもいるし、なによりそれだと味気ないからな。行きは追い風が多くて二泊三日。帰りは向かい風が多くて三泊四日。旅行は五週間くらいだが、うち一週間くらいは飛行船の中だ」


 すかさずフォローするベルトラさん。


「それで今年は全員参加だから2隻借りてるんだけど、私とアシェト様が片方のロイヤルスイート。あなたたちが別の方の8人部屋に割り振られてて……」


 それはマズい。百頭宮の外では、ワタシとヘゲちゃんは20メートル以上離れられないのだ。


「どうするの?」

「今それを考えてたんだけど、旅のあいだは私がミニチュア百頭宮を持ち歩くのはどうかしら? どうせ今の私にはあなたを守る力なんてないし、それなら別行動も取れるし」

「あたし独り、慣れないところでアガネアの護衛をするってのはちょっと……」


 ワタシは全然かまわなかったのに、ベルトラさんが困ったような顔をする。


「そもそもヘゲさん、いまどれくらい弱ってるんですか?」


 とたんに気まずそうな空気を漂わせるヘゲちゃん。


「…………さ、三分の一か四分の一くらい、かしら」

「それでも元の強さからしたら、そこらの悪魔なんてどうとでもできるくらい強いじゃないですか」

「ベルトラ。まさかあなたがそんな余計なことを言う悪魔だとは思わなかったわ」

「あっ! すみません! そういうつもりじゃなかったんですが」


 慌てるベルトラさん。やっぱり悪魔って上下関係厳しいんだな。


「いいの。私がミニチュア持ち歩いてたらアシェト様もきっと同じような疑問を持つだろうから。じつは私もそれにどう答えるかで悩んでたの」

「ヘゲちゃんがこっちに来たら?」


 ……あの、“何言ってんだコイツ?”みたいな目で見るのはやめてもらえませんか。


「副支配人が平のスタッフと同じ部屋に泊まれるわけないじゃない」

「そもそもなんでヘゲちゃんがアシェトさんと同室なの?」


 普通こういうときって事故に遭う可能性とかみんなの取りまとめとか考えて、なるべく偉い人って分散させるもんなんじゃないの?


「そんなの、私が希望したからに決まってるでしょ」


 やっぱりそれか。


「じゃあワタシたちが別の飛行船になったのは?」

「それは予想外だったの。割当てがA班とB班でフィナヤーが言ったから」


 ここへきて、まさかの説明下手を発揮するヘゲちゃん。


 またもやワタシとベルトラさんが知恵を絞って、話を聞きだす。

 まとめるとこういうことだ。


 飛行船の割り振りは、部屋割りしやすいように去年までのA班B班を基本とした。

 そしてヘゲちゃんはワタシとベルトラさんが同室になるよう指示。

 厨房スタッフは第一も第二もA班なので、ヘゲちゃんはてっきりワタシたちが自分と同じ飛行船になると思っていた。


 ところがフィナヤーがどうしてもワタシと同じ部屋がいいって頼み込んだらしい。

 フィナヤーの働く広報はB班。それでワタシたちは別々になっちゃったとか。


 「まったく。収拾つかなくなるから個人的な希望はダメだってあれほど毎年言ってるのに」


 ヘゲちゃんがそれ言うか?


 ワタシとベルトラさんはヘゲちゃんがテーブルに広げてた飛行船の間取り図を見る。

 かなり大きいみたいだ。6階建てで1階と6階が乗組員のエリア。2階が食堂や談話室なんかの公共スペース。3階から5階が宿泊部屋になっている。


「この、二人が泊まってる部屋の左右は誰ですか?」


 ベルトラさんが図面を指差す。


「そこもロイヤルスイートだから空いてる」

「じゃあ、アガネアをヘゲさんたちの隣にすればいいんじゃないですか? これ見た感じだと、一番離れてても20メートルなさそうなんで」

「ただの調理師見習いが、他の悪魔を差し置いてロイヤルスイートに泊まれるわけないじゃない」

「アガネアはウチを救ったんですから、褒美としてロイヤルスイートに泊まっても誰も文句は言わないと思いますよ」


 ヘゲちゃんが身を乗り出した。


「それよ! アガネアはポンコツど底辺のイメージが強かったから思いつかなかった」


 パチンと指を鳴らすヘゲちゃん。リアクションずいぶん古いな。いつ時代の人だよ。


「じゃあ、さっそく部屋割りを調整させてくる。ホテルの部屋割もその線でいけそうね」


 そう言ってヘゲちゃんは姿を消した。


「ベルトラさん。前から疑問だったんですけど、どうしてワタシは功労者って感じでアシェト様はそうじゃないんです? 実際にソウルコレクターと闘ったのって、アシェトさんなのに」

「何も考えずに戦えば、アシェトさんの強さならソウルコレクターを半殺しにできたのは当然の結果だ。誰も驚かないし、できて当たり前のことなんて誰も感心しないだろ。むしろあのとき、難しいのは百頭宮や無関係なところの被害を最小限にしつつ、アシェトさんが何も気にせず戦える状態まで持っていくことだった。で、それをやったのはお前だ。

 それに、悪魔は知恵を尊ぶ。弱い悪魔が強い悪魔に勝てるとしたらそれしかないし、人間が悪魔に勝つ場合も知恵がなきゃ無理だ。まあ、人間の場合はドン引きするほどの信仰心で勝つこともあるが、それは例外として」

「じゃあ、みんな本当にワタシのこと」

「褒めてるんだ。ただ、これからが大変だぞ。程度の差はあっても、みんなおまえに期待するようになる」


 ああ、そうか。さっそくプレッシャーで胃が重くなる。


「ま、あんまり気にするな。期待に応える必要なんてそもそもないんだからな」


 それでも周囲の期待、という言葉はなぜかワタシの中に小さいけれど冷たく固くなって居座った。

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