第2部:南国ってリゾートじゃないの?

方法21-1:水着はどこで買えますか?(備えよ常に)

 社員旅行。言い伝えによると人界から失われて久しいそのイベントは経営層だけゴルフへ行き、温泉と宴会があり、新人が一発芸を披露し、わりと露骨なセクハラが行われるという……。よう知らんけど。


 というわけで再建中で営業できないので、百頭宮では全員そろって社員旅行へ行くことになった。

 行き先はネドヤ=オルガン。魔界の南方にある人気のリゾートビーチだ。

 毎年、大娯楽祭が終わると百頭宮、仙女園では営業を休止して社員旅行をすることになってるそうな。しかも交通費、宿代、朝晩の食事代はお店負担。普段を考えると信じられないくらいの太っ腹だ。


 ただし通常だとまず接客や日常の店舗運営があるA班が行き、その間に新企画の導入がある企画や広報、施工なんかのB班が準備。

 戻ったら入れ替わりでB班が出発して、A班がお店を回していくというシフト制らしい。もちろんどちらにも参加できないスタッフはいるし、ヘゲちゃんなんかも外へ出られなかったので留守番。

 というわけで、全員が一斉に行くというのは初めてなんだそうな。

 ちなみに例年だとアシェトはA班と出発し、B班と戻る。いいご身分だな、おい。


 それにしてもリゾートビーチ。青い海と白い砂浜。ベルトラさんの買ってきたガイドブックを見る限り、かなり期待できそうだ。まあ、悪魔の場合はどうしても夜間行動が多くなっちゃうけど、それにしても楽しみだ。


 だってほら、いわゆる水着回ですよ。ヘゲちゃんやアシェト、他にも人型悪魔のあの娘やこの娘の水着姿も楽しめるわけで、テンションが上がるのは避けられないわけです。


 そもそも、本当に水着なんだろうか。基本的に人型じゃない悪魔は裸だ。外を歩けば人型の悪魔だってそれに近い格好をしてるのが少なくない。

 ということは、全編フルヌードでお送りしております的な展開もありうるのでは!?

 けど、そうなるとワタシも裸か。いくら魔界の常識に染まってきたといっても、さすがに男の悪魔の前で裸になるのは抵抗がある。

 ワタシはベッドの上で寝転がってガイドブックを眺めていたベルトラさんに話しかけた。


「ベルトラさん」

「ん?」

「女性限定のヌーディストビーチってことにしましょう」

「ちょっと落ち着け」


 ベルトラさんは本を脇に置くと起き上がる。


「ヌーディストビーチがどうしたって?」

「それだと男の悪魔に裸を見られるので、ちょっとなあ、と思って」

「どういう経過でそんなこと言い出したのか解らないが、悪魔だって海やプールじゃ水着着るぞ。おまえも地下のプールに行ったことあるだろ」


 そういえばティルのアトラクションを見学に行ったとき、だいたいみんな着てた。

 可能性の輝きがあんまりまぶしくて、目がくらんでたらしい。


「そっか。そうでしたね……。じゃあ、もう、この話はいいです……」


 テンションが下がる。水着だっていいっちゃいいんだけど、裸の前ではくすんで見える。

 よくマンガとかで“裸じゃダメだ。微妙に隠れてるからいいんだよ!”なんて言う奴がいるけど、あれは信用できない。

 じゃあおまえ、クラスの女子と実際に海へ行くとき、ノーリスクで普通のビーチとヌーディストビーチと選べるとしたら絶対に普通のビーチ選ぶのかよって話で。

 まあいいや。寝よ。


「待て。そもそもなんで悪魔が服を着たりするのかとか、疑問に思うだろ?」


 説明したがりベルトラさんが、許してはくれなかった。


「そう言われればちょっとは思いますけど」

「だろ? そもそも悪魔が服を着るのは暑さ寒さから身を守るためでも、裸が恥ずかしいからでもない」

「たしかに悪魔が風邪引いたり熱中症になったりなんてなさそうですよね」

「そうだ。じゃあなぜか? だいたいは着飾りたいから、それと余裕を示したいからだ。着飾るってのは人間と同じ。オシャレしたいってやつだな。余裕ってのは、必要ないものに払う金があるって意味での余裕だ。服なんかは目に見えるし、毎日ともなれば洗濯やら買い替えやらにも金が掛かるだろう? ま、よっぽど高価な服じゃなきゃ、そこまで自慢にはならないけどな」

「大娯楽祭の晩餐会のとき、そういえばみんな高そうな服着てました」

「そうだろう。そういう場所に裸で行くってのは、服を着るほどの価値もないって侮辱になるからな。特に人型以外の悪魔はフルオーダーメイドだ。おまけに炎や水みたいな透過型の悪魔なら普通の生地は着られないし、いずれにしても貧乏じゃ無理なわけだ」


 そこで、ワタシはベルトラさんの着てる服をあらためて見た。

 いつもワタシと似たような作業服を着てるけど、これはオシャレや余裕アピールじゃない気がする。


「あたしやライネケなんかは汚れる仕事してるから着てるってタイプだな。服なら着替えりゃいいけど、裸じゃいちいち体洗ったりしなきゃならないだろ。ライネケなんか、たまに厨房にいないときは裸だぞ」


 ワタシの視線に気づいて説明するベルトラさん。


「他にもまだある。そもそもアダムとイヴが知恵の実を食べて堕落し、最初にしたのは裸を恥じて葉っぱで体を隠したことだ。つまり服ってのは悪魔にとって初めて人間を堕落させたことを象徴する──」

「その話はまた今度ゆっくり。もう朝も遅いですし」

「そうか? ここからが面白くなるんだが」


 マズい。スイッチ入っちゃったベルトラさんに付き合ってたら寝るのがどんどん遅くなる。

 気が済むまで説明させてあげたいけど、なにか話を変えないと……。そうだ。

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