方法20-3:なお、このメッセージは手動的に握りつぶされる(まだまだ気長に生きましょう)
「あのさ。とりあえず怒らないで最後まで聞いてほしいんだけど」
ワタシはダンタリオンに悪魔じゃないって見破られたことと、その理由を話した。ヘゲちゃんの顔が真剣なものになる。
「その話、アシェト様には」
「しようとしたけど、他の話と勘違いされて聞いてもらえなかった。ベルトラさんには話したけど、アシェトさんかヘゲちゃんに言ったほうがいいって」
「ホンっとあなたって人はトラブルばっかり──って言いたいとこだけど」
「だよね」
髪と爪を一定に保つ魔導具はヘゲちゃんが調達したもの。
人間固有の臭いをもろもろ消す薬はラズロフのとこの商品。
ヘゲちゃんがワタシを責めるのは難しいのです。
「爪や髪の魔導具はケチらずもっといいのを買うとして、臭いの方は……。ラズロフたちに相談するしかなさそうね。それにしてもあの薬で消しきれないなんて、あなたの臭いってそうとうキツいのね」
殴りかかったワタシはヘゲちゃんのチョップ一発で撃沈させられた。割りとマジで本当に痛かった。
けど、こうやってヘゲちゃんとふざけてられるんなら、体を張って辛い思いしたかいもあったなあ、なんて思ったりもするのです。
(完)
ノリと勢いで(完)とか言っちゃったけど、まだ終わってなかったわ。ゴメンゴメン。
数日後、ワタシはアシェト、ヘゲちゃんと第1仮設応接室にいた。
目の前では常時しゃがみっぱくらい腰の低いエルフ似の悪魔にして、仙女園副支配人のエゴールが土下座してた。
「このたびの件、まことに申し訳ありませんでした!」
「ああ、そうだな」
「そうですね」
「そうそう」
「この償いは長期的に必ず何らかの形で行わせていただきますので!」
「じゃ、その首落とさせろよ。ってか、よく私らの前に顔出せるな」
「そうですね」
「そうそう」
「ええと、これには深い理由がありまして」
「じゃ、とりあえず“魂の気配”の製法を教えろ。話はそれからだ」
「それは警察にもお話しましたが、あれはタニアが独自にどこからか調達したものでして、私含め他の悪魔はデモンストレーションの段取り以外は何も……。コンテナに残ってたものが全てです」
「ああ、あれな。ウチもいくつかガメて調べさせてるけど、再現どころか分析も無理そうなんだわ。あのコンテナだって、どういう仕組みで魂の気配を遮断できてるのかさっぱりだ。
知りませんってのはそっちの勝手だが、それでこっちが納得すると思ってんのか? そっちの事情とか聞いてねえよ。早く製法よこせよ。ないってんなら見つけてこいよ。この世のどっかにゃあるんだろうが」
うわ、さすがアシェト。正論なのにタチ悪い。
「現在、こちらも再建を進めながら人を雇ってタニアの居場所探しに全力で取り組んでますので、その過程で何かつかめれば必ず……。それで、今日うかがったのはこちらを観ていただきたくて」
土下座したまま、器用にポケットから何かを取り出す。半透明の赤い石だ。
「記録石?」
ヘゲちゃんが呟く。
「そうです。仙女園から少し離れたところで見つかったものです」
「貸せ」
アシェトはエゴールから石を受け取ると、表面をなでてテーブルに置いた。
石の輝きが増し、宙に小さな映像が映しだされる。
タニアだ。どこかの森を背景にしてる。
「チャオ。この動画は必ずアシェト君にも観せるように。……いやぁ、まさかこんなことになるとは思わなかったよ。我ながら詰めが甘かったかな」
バキッと音を立てて、アシェトの座ってたソファの肘掛けが折れる。
「ともあれ、残される従業員のために言っておくと“魂の気配”は僕が独自のルートで開発、調達したものだから、彼らは何も知らない」
そこでタニアの視線がカメラから外れた。
「来た来た。やっぱり近くで見るとすごい迫力だね」
遠くで重たいものの音。たぶん誘導されたソウルコレクターが来た音だ。
「とにかくこれを機に、僕はしばらく新規事業開拓の旅へ出ることにするよ。グループの全権はエゴールに預ける。僕の持ってる権利や待遇はすべて保全し、変更を認めないという条件がつくけど。ここにほら」
タニアは書類を取り出す。
「正式な書面もある。大急ぎで作ったんだけど、抜けや漏れがないことを願うよ。そして、いいかな? ここからはアシェト君に」
画面の中でタニアはわざとらしく咳払いした。
「そういうわけで、エゴールを総支配人代理にするよ。ただ、彼は仙女園の切り盛りはできるだろうけどグループ全体を見るのは初だ。ああ見えて能力はあるよ。けど、まだまだ経験不足なのは否定できない。そこで、旧友のよしみでキミには僕がいないあいだ顧問をお願いしたい」
ドン! 振り下ろしたアシェトの拳に分厚いテーブルが割れる。
記録石は床に転がりながら、映像を続ける。
「僕には言いたいこと、思うところがいろいろあるかもしれない。けど、罪もないウチの従業員を放り出したりはしないだろ? キミは面倒見がいいからね。それに何より、この街は百頭宮と仙女園どちらが欠けても成り立たないんだから。これはお互いの利益にもなる。さて、もう行かないと」
石が暗くなり、映像が消えた。
「どちらが欠けても成り立たないって……。ウチをガチで潰しにきたのってタニアの方ですよね? ていうか、今の本気で言ってたんですかね?」
ワタシはおそるおそる隣を見た。きっと激怒したアシェトが……。
あれ? 怒ってない? なんか胃の痛そうな顔してる。
「あいつは昔っからそうなんだ。矛盾してようがその瞬間瞬間で自分に都合のいいことしか言わねぇ。イカれてんだよ」
暗い声だ。
「顧問の件は、引き受けてやる。おまえが総支配人代理だって認められりゃあな。で、やって欲しいことまとめてこい。もちろんタダじゃねぇからな」
「ありがとうございます!」
まだ土下座のままのエゴール。アシェトはそんなエゴールをじっと眺める。
「なんで私がおまえらのクソみてぇな店の顧問なんてやってやるか、解るか?」
「……なぜでしょうか?」
「毛色の違う店が二つあったほうが、歓楽都市としちゃ幅が出るんだよ。おまえがしくじって仙女園が傾いたら都合が悪い。それに、おまえと私で再建すりゃ、あの店もちっとはマシになんだろ。そうすりゃ魔界第二の歓楽都市に近づく目が出る。それになにより、だ」
アシェトは言葉を切ると身を乗り出し、床の記録石を拾った。手のひらで転がす。
「あの胸糞悪いクソメスを地の果まででも追い詰めて今度こそブチ殺すにゃお互い協力した方がいい、だろ。──旧友のよしみ? 面倒見がいい? 舐めやがって……!」
グッと手を握ると、記録石が粉々に砕けた。
「顧問のことは心配すんな。おまえを立派な総支配人にしてやる。あのゴミカスを始末したら、おまえが正式な総支配人になるんだからな」
「アイエェェェェ!」
地面に這いつくばるくらい頭を押しつけるエゴール。
なんか忍者スレイヤーに出てくるキャラみたいだ。
翌日、ひさびさに夕礼が行われた。このところ休んでた悪魔もみんなスタッフホールに集合してる。
夕礼ではヘゲちゃんから、アシェトの仙女園グループ顧問就任が発表された。ざわつく悪魔たち。
「これは実質的に裏から仙女園を乗っ取ることに成功した、と考えてちょうだい。総支配人代理になるエゴールは、アシェト様に逆らえないんだから」
ヘゲちゃんの補足に、今度はみんなが納得する。
タニアが何を考えてるかはさておき、まあ、そうなりますわな。
タニアの行方、ヘゲちゃんの弱体化、魂の気配、謎の襲撃者、ワタシの正体バレ。考えてみるとまだまだ頭の痛い問題ばかりだ。
オープンワールドRPGで複数のサブクエストを中途半端に進めたような状態。
そう思うと半年ほどの間に、色々あったなあと感慨深い。
これ以上、何もないといいけど。なんて、フラグを立ててみる。
「それともう一つ」
ヘゲちゃんの言葉に嫌な予感がする。フラグ回収早くないか!?
「毎年この時期に行っている社員旅行は予定どおり実施するから。いい機会だし、今年は初の全員同時参加よ」
ヘゲちゃんはなぜか壇上からまっすぐワタシを見ると、ほんのり笑みを浮かべた。
──第1部・完
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