方法19-5:娯楽の終焉(ときには怒り狂いましょう)

 翌日は22時からスタート。昨日以上の人出だ。

 というのも今日は24時からタニアとアシェトによる今後1年をテーマにした基調講演があり、その後で新アトラクションや新サービス、新メニューなんかの先行お披露目が解禁されるから。毎年そうなんだそうな。

 ちょうど会期真ん中のダレるあたりでテコ入れしようってことなんだと思う。


 昨日のうちにほとんどあいさつ回りは終わったので、今日は百頭宮のブースを巡回して報告を受けたり、お客さんをもてなすアシェトについて回る。

 基調講演の時は客席で聴いてればいいってことだった。


 売上的には二年前の仙女園開催の時より少しいいということで、報告を受けるアシェトも、報告するブッちゃんも明るい顔をしている。



 やがて講演会の時間が来た。会場は昨夜ダンスを踊ったホール。

 中に入ると、どの席ももう埋まっていた。座っているのは招待客ばかりだ。

 前方には演壇があって、その後ろには壁一面のスクリーン。

 ワタシたちは前方右端に案内された。逆端にはタニアたちがいる。


 椅子の上に置かれたパンフレットを眺めているうち、照明が薄暗くなった。どこからか司会の声がして、アシェトが登壇する。


「みなさま。百頭宮総支配人のアシェトです。本日はお忙しいところ、ようこそお越しくださいました。楽しんでらっしゃいます? ……でも、本当のお楽しみはまだこれから。ね?」


 ワタシでさえ息をのむ。声の調子やしぐさ、表情。普通に話してるだけなのに、どれをとっても色気爆発のアシェト。

 ああ、お色気満載ってこういうことなんだなぁ。


 アシェトは後ろのスクリーンを巧みに使いながら、悠々と進める。ここ一年の総括、これから一年間のテーマ“人間”の発表。


 ここ数日、ヘゲちゃん監視のもとスタッフホールで特訓させられ、不機嫌なクマみたいにウロウロしながら、


「こんな長いの憶えられっか!」


 とか


「真のオリジネーターとしてエモーショナルドリヴンな悦びをって誰だこれ書いたやつ。意味わかんねーし伝わらねーよ! 書き直せ!」


 とか吠えてたのが信じられない。


 質疑応答まで問題なく終えて、アシェトが席に戻ってくる。


「驚いたろ?」


 アシェトは得意げに笑うと、ワタシにペンを差し出した。


「タニアの発表、要点だけメモっといてくれ」

「紙は」

「パンフの端でも使え」


 それくらい自分でやれ、という言葉を飲み込む。そんな余白ないんだけどな、これ。

 どうでもいいことまで丸投げしてくることについては、もはや何も言う気になれない。

 これはアレだ。アシェトの場合は習性とか本能とかそういうものだ。



 次はタニアが発表する番だ。名前を呼ばれて壇上に立ったタニアは、自信たっぷりに周囲を見渡した。

 サッと手を上げると、後ろのスクリーンに「人間」の文字が映し出される。


「人間。奇しくも今年の当店のテーマは、百頭宮と同じだ」


 いきなり喋りはじめる。


「しかし、当店はたんに一年の娯楽として、ファッションとして“人間”を消費するものではない。娯楽産業、いや、社会の有り様を変えることさえ考えている。そして今度こそ、百頭宮に勝利する」


 ジャケットの内ポケットから、タニアは小瓶を取り出した。

 中には透きとおったピンクの液体が満たされている。


「これは──これは当店がとある研究者と共同で開発した新商品。ところで諸君は魂について何を知っているかな?」


 そして魂の魅力をクドクドと詩的に語りだすタニア。

 何が言いたいのか今ひとつ見えない。


「──とまあ、悪魔にとっては身近で、この上なく蠱惑的で、そして今は失われてしまい、懐かしくさえある魂。

 そしてその魂が最新の研究によって、強烈に悪魔を魅了する効果のある“何か”を発散していることが明らかになった」


 メモを取っていた手が止まる。


「僕らはそれを“魂の気配”と呼んでいる。そしてこの小瓶」


 タニアは演壇の上の小瓶を手に取った。


「この中身こそ、“魂の気配”を人工的に合成したものだよ」


 タニアの手の動きに合わせて、小瓶が光を反射する。


「ひとたびこれを料理や飲み物に混ぜれば、それは極上の逸品になる。その身に振りかければ、どんな香水も及ばない。もっとも、そんなことをすればまず使用者本人が狂ってしまうだろうけどね」


 これ、本当にヤバいやつだ。

 ワタシの魂から漏れてるっていう何かと、同じものなんじゃないの? それがもっと強烈なら、どんなことになるか……。


 鳥肌が立った。


「想像してほしい。これが一体どれだけの可能性を持っているか。どれだけの影響を及ぼすか。信じられない話だろうけれど、いずれ諸君も体験すれば解る」


 タニアは小瓶を目の前にかざした。


「もっとも、残念ながら大娯楽祭で試してもらうことはできない。生産分はすべて、デモンストレーション用に回してしまったからね。実を言うとこの小瓶の中も、見た目だけ再現したイミテーションだ。デモンストレーション、デモンストレーション。そろそろ準備ができたようだね。間に合ってよかった」


 背後のスクリーンが切り替わる。


 そこに映し出されたのは、一頭の龍だった。

 オオソラトビヘビや地下サーペントとは違う。

 巨大質量の身体と長大な翼。甲殻をまとった恐竜にも似た姿。

 力強い四肢からして、たぶん空陸対応のチートスペック。

 どうやら空を飛んでるらしい。


「ソウルコレクター」

「ソウルコレクターじゃないか」


 あちこちからささやき声があがる。


「いかにも。高い魂感受性を持ち、悪魔のように魂を集め、そこからさらなる力を引き出す最強クラスの魔獣だ。魔界から魂が一掃されて以来、どこかへ姿を消していたはずなのに、なぜ?」


 タニアの言葉に合わせてわずかに画面が引く。

 ソウルコレクターの前を一人の悪魔が飛んでいた。

 全身を防護服に包み、両手には大きな金属の桶を下げている。


「あの桶の中身こそ本物の“魂の気配”だ」


 さらに画面が大きく引く。

 ソウルコレクターの行く先には、ミュルス=オルガンの街並みが広がっていた。そして、街と龍の間にあるのは──。


「百頭宮じゃねえか! てめぇ何しやがんだ!?」


 営業用のキャラも忘れて、素のアシェトが叫んで立ち上がる。ソウルコレクターは一直線に百頭宮へ誘導されていた。

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