方法19-6:娯楽の終焉(ときには怒り狂いましょう)

 怒鳴るアシェトに向かって、タニアは悠然と微笑んだ。


「何をするのか? それはこれで判るだろう?」


 また画面が切り替わる。百頭宮の上空。大勢の悪魔が組になって、大きなコンテナを担いで飛んでいる。


 一斉にコンテナの底が開いた。

 中から飛沫をあげながら、桃色の液体が百頭宮へ降り注ぐ。


 その強い作用に惹かれたのか、ソウルコレクターは一気に速度を上げると追い抜きざまに先導する悪魔を噛み殺し、そのままの勢いで百頭宮へ激突した。


 尖塔の屋根が崩壊する。


 ソウルコレクターはその壁面にしがみつくと、壁や屋根を破壊しはじめた。


「抗争が終わったからといって、早期警戒態勢をやめるべきではなかったね」


 壇上のタニアが言う。そのとき──。


「アガネア!」


 後ろから聞き慣れた声。

 ワタシたちが振り向くと、そこにヘゲちゃんが居た。建物がダメージを受けているせいか、ヘゲちゃんもかなり傷だらけだ。

 それでもヘゲちゃんは周囲の注目を気にせずワタシへ駆け寄ろうとして……消えた。


 スクリーンへ視線を戻すと塔が完全に倒壊するところだった。

 ソウルコレクターは屋上に着地し、なおも破壊を続ける。

 まるで百頭宮の奥底に、求めるものが隠されているかのように。


「タニア!」


 アシェトがまた叫んだ。


 ワタシは初めて、アシェトが悪魔なんだと実感した。


 睨みつける形相、発散する気配。


 それはあまりにも強烈だった。

 まるで大型の捕食生物を前にした貧弱なサルのように、ワタシは原始的な恐怖で支配され動けなくなった。


 ところがタニアは平然としていた。


「ここを戦場にするかい? 今ここで僕とキミがやりあえば、客人たちも巻き添えで無事じゃ済まないだろうね。そんなことをすれば評判は地に落ちる。僕を滅ぼせばキミの気は晴れるだろうけど、もう二度と魔界で商いはできなくなる。それどころか、どこにも居場所はなくなるだろう。

 それとも、百頭宮へ戻って応戦に加わるかい? キミとあれならいい勝負だろう。いい勝負すぎて、百頭宮は完全に破壊されるだろうけどね」


 視線だけで殺せそうなほどの圧と共に、アシェトはタニアを睨む。食いしばった歯がキリキリと音を立てる。


 スクリーンの中では、百頭宮側の反撃が始まっていた。

 けれど、どれもソウルコレクターには通じてないみたいだった。


 よく見ると、屋根の上にヘゲちゃんが立っている。

 前にワタシを助けてくれた、あの光の魔法がソウルコレクターを直撃する。

 けれどそれさえ巨体を包むには小さすぎ、大きなダメージにはならない。


「それでは皆さん。最上階の展望室へご案内しよう。そこから百頭宮の最後を見守ろうじゃないですか」


 どこまでも気取ったタニアの声を合図にホールの扉が開く。



 なんだ、それ? “見守ろうじゃないですか”だ? ふざけんな! 勝ったつもりで余裕面して、冗談みたいに。あったまくんなぁあの女!


 あまりに強い怒りを感じると、本当に視界が暗くなることを知った。

 アシェトの放つ憎悪に束縛されていた意識と体が自由になる。


 魂の気配

 ソウルコレクター

 魂感受性の高さ

 戦場になることで荒廃

 ワタシの規格外な魂

 魅了を遮断して運んでいたコンテナ


 ──────。


 これまでに見聞きしてきた情報が絡み合う。


 そして、さっき見たヘゲちゃんの姿。


 傷つき、苦痛に顔を歪め、それでも必死でワタシのところへ駆けてくる。

 今まさにピンチなのはワタシじゃなくて自分だって、解ってるはずなのに。


 もつれあった情報がグルンと回転して一つにまとまる。


 それはかなり危険な賭け。失敗すればたぶん死ぬ。

 これまで死なないことを優先し、何度もそれを忘れては後悔してきたワタシからすると、絶対に避けた方がいいようなアイデア。


 けど、それがなんだってんだ。

 ヘゲちゃんやベルトラさん、アシェトにギアの会、百頭宮のみんなを失わず、目の前にいる気取った女を破滅させる。


 そんなことしなくても、アシェトさえいれば少なくともワタシは今後もわりと安全だろう。

 だから合理的でも賢くもないけれど、ワタシはもともとそういう女だ。きっと人界にいた時から。


 ──だからワタシはやる。


 アシェトに頼みたいことをパンフの余白に書いて、その部分をちぎり取った。そしてアシェトの腕をひっぱる。


「なん、だ?」


 血走り、瞳孔の収縮した目で睨まれると、また恐怖で凍りつきそうになる。


「こ、こ、こ、これ」


 震えながら、どうにかその手にメモを押し付けた。


 書かれているのはたった一言。


“ワタシを百頭宮へ連れて行って”


 アシェトの判断は素早かった。

 チラリとメモに目を走らせるとワタシを抱えあげ、壁をぶち破って外へ出たのだ。


 ワタシはアシェトに抱きかかえられ、猛スピードで空を飛ぶ。

 いわゆる「姫抱っこ」状態だ。

 後ろから誰かが追ってくる様子はない。殺気立った甲種擬人ふたりを追いかけても、止められないと思ったのかも。


 遠く月明かりの中、百頭宮の屋根上にソウルコレクターの姿が見える。

 肉眼で目にするとカメラの映像よりずっと距離があるはずなのに、はるかに大きく感じられる。ヤバい怖い。


「説明しろ。もしあのクソメスを滅ぼせるんなら何でもしてやる。なんなら日曜学校に行って、ガキに交じってアホみたいに讃美歌歌ってやったっていい」


 そこでワタシは計画を説明した。

 計画というより、思い付きみたいなレベル。喋りながら整理していく。


 話を聞き終えると、アシェトは凶暴な笑みを浮かべた。

 さっきまでの憎悪とは違う、覇気のある表情だ。


「アガネア。もしそれが成功したら、おまえが社長賞だ」


 ワタシは社畜ではないので、それは嬉しくはないと思いますよ。

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