方法18-2:半分の肉屋(素直になりましょう)

 そんなこんなで“半人前ノ”ヨーヴィルへ会いに行くことになった。

 今回、ヘゲちゃんは店で自分の仕事をしながらワタシをモニタリング。ザレ町に住んでたベルトラさんが同行してくれることになった。

 ランパート・ハートフル・ファーム以来、久しぶりに二人だけでの外出だ。


「ザレ町ってどんなところですか?」


 馬車で向かう途中、ベルトラさんに尋ねてみる。なんとなく下町か、そうでなければ貧民街みたいなイメージがある。


「ミュルス=オルガンの端にある地域だ。周囲を壁が囲んでてな。出入り口は東西南北の四つしかない」

「隔離されてるんですか?」

「あたしらが、な。よそ者が入りづらいよう壁を建てたのはザレ町の悪魔たちだ。

 あそこに住んでるのは基本的に社会になじめず、働かないで生きてきたいって悪魔ばっかりだ」


 なるほど。つまりはニートの町、ニートヴィル。悪魔なら本当に働かないで飲まず食わず、着の身着のまま所持品ゼロで生きてけるもんなあ。楽しいのか知らないけど。


 道幅が狭くなってくる。ワタシたちは目的地近くで馬車を降りた。


 あたりは入り組んだ路地が立体的に絡み合っていた。

 古ぼけた廃墟みたいな建物が並んでる。ザレ町近くってことで、それこそ貧民街みたいだ。

 こんな所に精肉店なんかあるんだろうか。

ときどき他の悪魔とすれ違う。みんなワタシたちには無関心だ。


「ザレ町の周りは少しくらい働いて娯楽を味わいたいだとか、ワケありで街中には住めないようなのが多い。ほら、あれが壁だ」


 ベルトラさんの指差す方を見ると、建物同士のあいだに背の高い壁が見えた。


「89番3通りってことは、この辺のはずだ……」


 やがて、目指す建物が見えた。

 ボロ小屋の入り口に木の板が立てかけてあった。消えそうな字で“ハーフ・ヨーヴィル精肉店”と書いてある。とてもじゃないけど肉売ってるって感じには見えない。


 ところが、店内は明るく清潔で、外見よりも広々としていた。魔法的な何かなんだろう。


 肉を並べた冷蔵ケースの向こうに山羊頭の男がいた。

 糊の効いたシャツに真っ白いエプロン姿。そして、体の右半分がない。

 ないというか、透明だ。解剖学的に正確な断面がバッチリ見えてて、なかなか気持ち悪い。

 それで“半人前ノ”なんて通り名だったのか。

 ……山羊の頭の断面がこうなってるなんて知りたくなかった。


「いらっしゃいませ。おや。当店は初めてですね。どなたかの紹介状をお持ちで?」


 ここはあれか。精肉店なのに一見さんお断りの店なのか。


「いや、紹介状は持ってない。そもそも精肉店の客じゃないんだ」

「じゃあ、どういった用で?」


 ベルトラさんとヨーヴィルの会話を聞きながら何気なく店の奥を見たワタシは思わず声を上げそうになった。

 くわしい描写は避けるけれど、奥のテーブルの上では今まさに解体中の人間の死体が……。


「当店はフレッシュゴーレム肉専門店なんですが、それもご存知ない?」


 ワタシの視線に気づいたヨーヴィル。


「連れはな。あたしは知ってる。百頭宮で調理師をやってるんだ」

「では当店が店への納入はやってないことも知ってますよね」

「もちろんだ。ミュルスのどこかに、選ばれた会員にだけフレッシュゴーレムの肉を売る精肉店がある。話には聞いてたが、ここがそこだったとは」

「あまり目立つのが好きではありませんのでね。それでこんな場所に店を構えてるというわけで」

「あ、悪魔って人間食べるんですか?」


 思わず素で聞いてしまう。


「かなり特殊な嗜好だ。おまえほど永く存在していても、知らないのも無理はない。実際、美味いもんじゃないしな」


 ヨーヴィルもうなずいた。


「あなたはゲテモノだの、イカもの喰いだの言わないところに好感が持てますね。

 たしかに普通のフレッシュゴーレムや人間は不味い。けどそれは食用品種じゃないからです。

 もし当店の商品を口にする機会があれば納得してもらえるでしょう。当店のフレッシュゴーレムミートはウチのラボで食用に開発された、他にはない逸品です。──ところで、なんの用なんです?」

「じつは、“卑屈ナ”ヨーヴィルって悪魔について知りたくてな。おまえがくわしいって聞いて来たんだが」


 ベルトラさんはここへ来た表向きの説明をする。百頭宮が人間をテーマにするにあたって、地元の高名な人間学者をアドバイザーに迎えたい、と。


「彼はもういませんよ」

「街を出たらしいな」

「もうどこにもいない、という意味です」

「死んだのか?」

「生まれ変わったんですよ。僕、ハーフ・ヨーヴィル左と、片割れの右にね。

 “卑屈ナ”ヨーヴィルは魂研究をすすめる上で、首都に研究の場を移す必要性を感じてました。

 ただ、住み慣れたここを離れたくもなかった。両方に家を持って行き来するのは効率が悪い。

 そこで自分を二等分し、片方を首都へ、もう片方をここへ残すことにしたんです」


 そこから長々と自慢混じりの解説をする“半人前ノ”ヨーヴィル。

 結局、出ていった右のことは知らないらしい。

 おまけにフレッシュゴーレム造りに関すること以外、人間学の知識はヨーヴィル右がほとんど持っていってしまったという。


「たまたま同じ悪魔から生まれたとはいえ、僕らはそれぞれ独立した悪魔。肉体と一部の記憶以外はたいした共通点もないし、連絡を取り合うような仲じゃないんですよ。

 彼はまだ首都で魂研究をしているかもしれないし、別の場所にいるのかもしれない。そもそも違うことをしているかもしれないし、死んでいるのかも。とにかく彼の今について僕は何も知らない」


 それが本当か嘘か、見分ける方法はなかった。けど、とにかく今ワタシたちが聞きだせることはなさそうだった。

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