方法18-1:半分の肉屋(素直になりましょう)

 翌日はちょっとした騒ぎになっていた。ワタシが地下大河に棲む未知の魔獣を手なずけて、期間限定のアトラクションをはじめる、という噂が流れていたのだ。

 宵の口にはミュルス新報の号外が出て、エイモスのインタビューとブッちゃんの新アトラクション告知が掲載されていた。

 派手な宣伝はしないって話はどうなったんだろう。


「凄いじゃないか、アガネア。なかなか帰ってこないと思ったら。おまえのことだから噂どおりのことなんかじゃないんだろうが、どうしたんだ?」


 準備の最中、ベルトラさんにも尋ねられた。


「くわしくはヘゲちゃ、ヘゲさんに訊いてください」

「ヘゲさん?」


 ベルトラさんが眉を上げる。


「色々あったんです。いろいろ」


 説明する気力が起きない。


 その後もエイモスが来てお礼を言ったり、ティルが来て准お姐さまになって欲しいと頼まれたりした(面倒なので丁重に断った)。


 アシェトも来てオーバーに褒められたし、協会のシャガリまで来た。

 あいかわらず難解な喋り方で理解に苦労したけれど、なぜかお祝いを述べに来たらしい。というかシャガリ、どうも顔パスになってるっぽいんだが。

 それでもヘゲちゃんだけは一度も姿を見せなかった。



 新アトラクション「地下サーペントのどきどきプールサイド」はプレオープンから大盛況だった。

 プールの3分の1がアトラクションで、残りが通常営業。あいだは結界の見えない壁で区切られている。

 チャレンジャーだけでなく、通常営業の方も見物客で混み合っていた。


 ワタシはオープニングイベントに参加させられた。といっても挨拶したりエキシビション的にティルと戦うわけじゃない。

 ワタシが適当にそれっぽく腕を振るとティルがグルグル回ったりジャンプしたり、要は“ちゃんと手なづけてますよ”と示すデモをしたのだ。


 ぶっつけ本番でけっこう雑だったけど、巨大なウミヘビ風の魔獣がプールを縦横に泳ぎ回る姿はかなり見ごたえがあり、客席からはどよめきや歓声が上がっていた。


 ティルは言葉どおり、いや、それ以上の実力者だったらしい。

 巧みな接待バトルでときどき上手く負けてみせたり、惜しいところで逃げ切ってみせたり、いきなり戦術を変えてみせたりと、なかなかの演出上手だった。

 おかげて百頭宮の地下大プールは一躍ミュルス=オルガンのトレンドスポットになった。


 ティルは営業が終わると人型に変身し、スタッフホールでワタシやベルトラさんたちと過ごすようになった。


 ふだん水中にいられて暴れられて、アシェトと過ごす時間が減ったこと以外はなかなか楽しく過ごせているおかげで本来の仕事に前向きに取り組む気持ちが出てきたらしく、スタッフホールに来た悪魔を捕まえてはなにやら“ヒアリング”をしていた。


 ワタシの方はちょっとティルが百合百合しくベタついてくる以外は平穏な時間を過ごせていた。

 あれからヘゲちゃんとは一度も会ってないけど、考えてみればヘゲちゃんが来るときはだいたいロクなことにならなかったので、これで良かったのかもしれない。


 ある日、厨房で仕込みをしているとアシェトがやって来た。


「よぉ」

「どうしたんですか?」

「これな」


 アシェトは封筒を差し出した。受け取って中を見るとソウル札が20枚。日本円で約20万円だ。


「これは?」

「ヘゲから聞いたんだが、おまえ、新アトラクションの分け前断ったんだってな。ただけっこう好調だからさすがに少しは払ってやらねぇとこっちもスッキリしねぇ。

 これ、少しだけど取っとけ。期間終わりまで好調ならあと80くらいは出してやれる」


 合計100ソウルズ。今の私には信じられない大金だ。

 このアシェト、本物だろうか。ブラック経営者を煮詰めて抽出した濃厚なエキスからできてるようなアシェトが自分から金一封を差し出すなんて。

 まあでも、本物だろうがニセモノだろうが、もらえるものはもらっておこう。


 そういえば。


「売上はじゃあ、順調ですか?」

「そうだな。普段の売上に新イベントやら、プールの入場者増加分やらがそのまま乗ってる感じだ」


 もしヘゲちゃんが落ち込んでるなら、売上は減るはず。そうじゃないってことはヘゲちゃんは何も思ってないってことで……。

 だからどうってわけじゃないけど。


「貢献には報いる。それが私の方針なんだ。これからも何かありゃ遠慮なく提案してくれ」


 アシェトはいい笑顔で私の肩を叩くと帰っていった。

 ……そうだ。今みたいなとき、これまでならヘゲちゃんが来てた気がする。これもどうでもいいことだけど。



 ヘゲちゃんと次に会ったのはその日の就業後。

 呼び出されたワタシとベルトラさんがアシェトの執務室へ行くと、アシェトの隣に立っていた。


「スタッフに“卑屈ナ”ヨーヴィルの情報を募集してたのは知ってるだろ」


 “卑屈ナ”ヨーヴィル。この街で暮らしてた人間学者だ。専門は魂。

 ラズロフたちのところでその名前を出されて行方を探すって話だったけど、そんな募集してたっけ?


「先日から貼り紙を掲示してたの。スタッフホールにもあったはずだけど? 全体夕礼でも話してたし」


 記憶にない。基本、貼り紙とか集会の話とか、そういうのは無意識にスルーしてるからなぁ。


「念のため確認するけど、アガネア、今度の大娯楽祭で発表されるうちの今年のテーマは?」

「賞品の出ないクイズには答えない主義なんです。申し訳ありません」


 どーよこの丁寧語と距離感。そして、テーマなんてかけらも記憶にない事をごまかす華麗なテクニック。

 けっこう悪魔っぽいんじゃないの!?


 てっきりヘゲちゃんは嬉々としてネチネチ言ってくるかと思ったのに、ため息をついただけだった。


「今年のテーマは“人間”。これからの1年、うちは人間をテーマにしたアトラクションやサービス、演出に取り組むことにしたの。あなたやナウラもその一部という扱いになるわね。

 こうすればスタッフに“卑屈ナ”ヨーヴィルの情報を募集しても不審がられない。他にもあれこれと動きやすくなるはず」

「とにかくそれで、さっそく情報が来たってわけだ」


 情報を持ってきたのは“ピーウィーのジャック”という名前のクローク係の悪魔。

 ちなみに「なんたらのジャック」って名前は男の悪魔に多いそうで、ブッちゃんこと“ブライトンの六つ脚ジャック”もそうだけど、基本的にジャックとは呼ばないそうな。


 この話をベルトラさんから聞いたワタシが試しに混み合った食堂で「もにょもにょのジャックー!」と叫んだら、10人くらいがこっち向いた。ちなみに女版はマリーらしい。


 ともかくピーウィーの話では、“卑屈ナ”ヨーヴィルはもうこの街にいないけど、ザレ町近くで精肉店を営む“半人前ノ”ヨーヴィルという悪魔がくわしいとのこと。

 ピーウィーは“卑屈ナ”ヨーヴィルの隣に住んでいたことがあって、それで知ってるって話だった。どちらもヨーヴィルだけど、ラズロフみたいに兄弟か何かなんだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る