番外3-2︰ヘゲちゃんの憂鬱
※ヘゲちゃんメインの三人称視点です。おおよそ“方法12:牧場クエスト(クエストは禁止)”の裏話的な内容になってます。
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熱く語るフィナヤーとは逆に、ヘゲの気持ちは冷めていった。
アガネアに惹かれる点として語れることがあるというのは意外だったが、外面にしろ内面にしろ、どれもアガネアが擬人だという前提に立ったものばかり。
もしアガネアがただの人間だと知ったら、どんな反応をするだろうか。
得意げに話すフィナヤーに対して、ヘゲは苛立ちを感じた。
しかし、そもそもどうしてそんな感情を抱いてしまうのかが解らない。
擬人だと信じたギアの会のメンバーたちがアガネアに対していろいろな幻想を抱いたとして、なぜ自分が苛立つのか。
こんな間接的な形でさえ、アガネアは自分の調子を狂わせる。
そのアガネアの様子が、さっきからおかしかった。頭を抱えて体を丸め、動かない。
「アガネアにはまだまだ奥がありそうね」
適当な言葉で会話を打ち切る。
ヘゲはフィナヤーから見えないように廊下の角を曲がると、アガネアのいる部屋へと転移した。
ヘゲはアガネアの向かいに現れた。ソファへ座る。アガネアはヘゲが来たことに気づかない。
さて、どうしよう。
アガネアの上下する肩を眺めながら考える。
けっきょく、フィナヤーの話は参考になりそうもない。どうすれば。
人間は好戦的な存在だと聞く。
たしかにアガネアもことあるごとにヘゲを挑発してくるし、言い合うときは活き活きとしていた。ならば、言い合いをすれば元気になるかもしれない。
ふと、ヘゲは相手のステータスをでっち上げる眼鏡のことを思い出した。
あれを掛けて適当なことを言えばアガネアはきっと乗ってくるに違いない。
ヘゲが収納空間から眼鏡を取り出して掛けるわずかな間もアガネアはますます身を硬くし、縮こまり、世界から消えようとしているようにも、世界の重圧に潰されかけているようにも、弱い己を世界から閉ざして守ろうとしているようにも見えた。
深刻な状況に見えるがどれくらい深刻なのか、そもそもアガネアの中で何が起きているのかが解らず、ヘゲは不安を覚える。
そしてそれとは別に何とも判らない、そのくせ強い感情が沸き起こり当惑した。
しかし今はその正体を見極めている場合じゃない。眼鏡にアガネアのステータスを生成させる。
「へぇ、なるほどね」
その声にアガネアが顔を上げた。驚き。そしてそれはすぐ安堵に変わる。
てっきり怒りや怯えの表情を向けられると思っていたヘゲは不意を衝かれてすぐに言葉が出てこなかった。
「さ……さっきので、あなたずいぶんレベルアップしてるじゃない。ああでも、知力は2のまま。つまりそれが上限だったってことね。かわいそうに」
そしてすぐに付け加える。
「ま、私くらいのレベルになると、あんな雑魚一体倒したくらいじゃ経験値のゲージは目視できないくらい少ししか伸びないけど」
演技しようとしなくても、馬鹿にしたような言葉や態度がすらすらと出てくる。
てっきり乗ってくるだろうと考えていたのに、アガネアの反応は今一つだった。
「なんの用?」
予想外の反応に、思わず正直に答える。
「いくら安全だったとはいえ、さすがにさっきのはやり過ぎた、謝罪した方がいいと思って」
これではまるで、自分がそう思って心配し、自発的に様子を見に来たみたいだ。急いで付け加える。
「アシェト様が」
もっと、仕方なく来たということを強調しておこう。あまり調子に乗られても困る。
「さっきのこと、報告したらものすごく怒られたの。それで」
これで完璧。ヘゲは自分の言葉に満足した。
「とにかくまあ、ごめんなさいね」
「まったくだよ」
言葉とは裏腹に、アガネアはまんざらでもなさそうな顔。もしかしたらアガネアはヒドい目に遭わされるのが好きなタイプなんだろうか。
こんど検証してみよう。ヘゲは頭の片隅にメモする。
それにしても、さっきまで明らかに大丈夫じゃなさそうだったのに、この立ち直りはなんなんだ。
有能な自分のこと、知らずにアガネアが元気になる最善手を指していたという可能性もあるが、釈然としない。
ヘゲは再発防止に向けて釘を刺しておくことにした。
「私はあなた以外の人間になんて会ったこともない。知ってることはぜんぶ書物や他人から聞いた話ばかり。
だから人間について間違った接し方や感覚になってるときはあるかもしれない。だからそんなときは、遠慮なく言ってね」
まずは優しく。
「こんなこと言ったらあなたのことだから、それを口実にして何かにつけてサボろう、ダラけようとするでしょう? だからあなたの指摘は参考意見として聞いて、最終的にアリかナシかの判断は私がするけども」
締めることも忘れない。絶妙なバランス。ヘゲは自画自賛する。
「くっ! あんたってヘゲは……!」
そこでヘゲは重大なミスに気づいた。
ここまでの会話の流れだと、まるで自分が無知から失敗し、アシェトに叱責されたように見える。
アホだが、こういうことだけ鋭いアガネアのことだ。後でネチネチと絡んでくるかもしれない。そうなったら面倒だ。
「本当は、さっきのことがトラウマにでもなって病んでたら困るから様子を見に来ただけ。大丈夫そうだし、もう帰らないと」
これで大丈夫だろう。
「じゃあね。帰ったら雇用契約書にサイン、忘れないで」
そしてヘゲは百頭宮へ帰っていった。
アガネアがオオソラトビヘビの解体見学へ行くのを確認する。
どうにか元気を取り戻したようだ。ヘゲは自分のケアっぷりに満足する。
今までスタッフのメンタルケアなんてしたこともなかったが、さすが自分。やればできる。
……あっ。
最初に回避したはずの“心配して自発的に様子を見に来た”という形に最後で戻ってしまったことに気づくヘゲ。
顔が熱くなり、頬が赤くなる。変な汗も出てきた。
やっぱり、アガネアには調子を狂わされる。
そんなわけで今日もヘゲことティルティアオラノーレ=ヘゲネンシスは憂鬱だった。
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