方法13-1:粘液とワタシ(実験には協力しましょう)

 ムルンムルンと粘液まみれの温かくて太いものが全身を撫で回す。

 そしてフカフカした毛の感触。

 ワタシはもうどうにでもなれという気分で床に転がっていた。

「ちょっベルトラさん見てないで助けてくださいよ。ヘゲちゃんあの棒はよ」


 重い! 臭い! ねちょねちょする!


「おーい。アガネア。頑張れー」


 のんきなベルトラさんの声。

 その向こうの笑い声はヘゲちゃん?

 あの娘あんなふうに笑えるんだ……。

 なんて言ってる場合じゃない。


「おーたーすーけー」


 我ながらマヌケさに笑えてくる。


「フヒヒっ。ヘヘっ。ククク、ふへへへへへへ……ッグゴアっ!? ゲブ」


 あっぶねー! 口の中に粘液が侵入してきて、ヒドい味と気持ちの悪さで吐きそうになった。

 喉元までせり上がってきた熱くてピリピリするものはゴックンしたからギリセーフ。いや、その対応がそもそも人としてアウト? セーフ? よよいのよい?


「ヘゲさん、アガネアがおかしくなってますから、そろそろ!」


 ベルトラさんが頼んでるってのに、ヘゲちゃんは相変わらず笑ってる。

 クソッ。後で覚えてろよ。リョージョクしてやる!



 危険はないけど、ヒドいことになる。

 ヘゲちゃんの言葉は頭から離れなかった。謎めきすぎ厭な感じすぎで、よっぽど豪気か頭がゆるくないと気になるでしょそりゃ。


 ワタシの精神的健康を大事にするって方針はどうなったんだろうか。

 ひょっとしてヘゲちゃん、ドS? つまりその場合これは愛情の裏返しってことになるけどよろしいか?

 それとも、好きな子に意地悪して気をひく作戦かしら。

 その場合も愛情の裏返しってわけで、やだ、ワタシってばどのみち愛されてる!? じゃいっかー!!

 などと今すぐ“訓練された社畜”か“都合の良すぎる女”にクラスチェンジできそうなことを考えてるうち、時間が経っていった。


 ベルトラさんの説明によると、ワタシたちが相手にする魔獣サンビナはカエルみたいな顔をした猿らしい。数十から百頭くらいの群れで生活し、魔界を放浪している。


 魔獣にしては珍しく温厚でおとなしい性格。それだけなら害はないのだけれど、このサンビナには盗癖がある。

 移動した先に街や村があると、その小柄な体とスピードを活かして、手当り次第に盗みを働くのだ。

 おまけに群れの一頭が傷つけられたり殺されたりすると、捨て身で襲いかかってくる。


 さらに生命の危機が迫ると、サンビナの数は増える。

 生まれるでも分裂するでもなく、いつの間にか増えていく。それも危険であればあるほど速く。

 ラズロフみたいなものかもしれない。あれも頭がカエルだし。カエル頭装備に固有のスキル的な。


 そんなわけでサンビナは別名、どろぼう熊と呼ばれている。

 なぜ熊なのかは解らないけど、人界の猿とは体型なんかも微妙に違うので、誰かがスゴイ気迫で熊だと言い張ったらまあ熊かもな、と譲れるくらいには熊っぽくもあるのだとか。


 サンビナが近くへ来ると、悪魔たちは被害が大きくなる前に追い払う。

 ベルトラさんやヘゲちゃんクラスならどれだけ大勢で来ようが負けることはないらしいけど、簡単かつ手軽に追い払う方法があるので、わざわざ全滅させたりはしない。

 追い払うだけだからよそでまた盗みを働くだろうけど、そんなのは知らん、というすがすがしい考えだ。


 なんでそれをワタシたちがやるのかってことについては、商工会の月当番だから。

 月当番ってのは月替りで商工会メンバーに回ってくる雑用係みたいなものだそうな。


 でもさー。ワタシたちでなくてもいいじゃん? アシェトは何か理由がありそうな感じだったけど、怪しい気もする。

 どうも最近、あの人の中でワタシとベルトラさん、ヘゲちゃんの三人が便利でお得なバリューセットになってるんじゃないかと思う。

 このままだと魔界のチャーリーズアンジューとかにされて面倒な仕事を押し付けられる係にされかねない。

 ヘゲちゃんにおかれましては、今のうちにアシェトの頭の中の三人組を解散させるべく策謀をめぐらしていただきたいと願う今日この頃。


 とにかく、変なことには巻き込まれたくないので、サンビナ駆除の当日はヘゲちゃんに諦めさせようとしてみた。


 なんかお腹痛い。あー、これ無理だわー。今日は行けないわー。→バイタルに異常ないから気のせいじゃない?


 ベッドの下に隠れる→そんなとこでなにやってるの? そろそろ出発するわよ。いくら悪魔よりハウスダストに近いからって、何もそんなところで時間潰さなくても。


 まあ、無意味でした。解ってる。解ってるよそれくらい。

 でも、何か抵抗してみたかったワタシの気持ちも解ってほしい。

 ホントこの二人だけの超監視社会はどうにかならないもんか。身の安全と引き換えってところが痛い。



 かくしてワタシたちは街を出て、サンビナが巣食うという洞窟にやってきた。

 洞窟の中からはかすかな異臭が漂っている。


「こりゃ間違いなくいるな」

「そうね」


 そしてヘゲちゃんは2本の棒を取り出した。


「これを打ち合わせるとサンビナの嫌がる音が出て、よそへ移動してくれるの」

「それだけ?」

「それだけ。本当は3セットあるんだけど、あなた達に渡すのは検証実験の後。

 アガネアはすぐに音を鳴らしそうだし、ベルトラもアガネアに頼まれたら情に流されて充分な検証ができる前に音を鳴らしそうだから」


 検証実験。あれってマジ話だったのか。


「で、その検証実験てなに?」

「知らない方が幸せだと思うけど?」

「そう言われたらますます気になるに決まってるでしょ」

「まあ、そこまで言うなら」


 ヘゲちゃんはあたりを伺い、誰もいないことを確かめる。


「つまり、何か漏れ出してるんじゃないかってこと」


 さっばり解らない。


「あの、今回はあたしも部外者なんで、さすがにそれだけだと、ちょっと」


 ほらほらベルトラさんも困ってる。


 ヘゲちゃんはしばらく考えると、再び言った。


「アガネアのツノがね、あるでしょう? 魂と。ラズロフのところで、あれ」


 ワタシとベルトラさんは顔を見合わせた。ますます意味不明だ。

 そういえばヘゲちゃん、込み入った説明は致命的に下手なんだっけ。


「ちょっと区切っていきましょう。まず、検証実験の目的から教えてください」

「ツノが魂を隠しきれてるのか検証する」


 なるほど。あとはここから逆に質問してけばいいのか。ベルトラさん冴えてる。


「どうしてそんな心配するの? 誰も魂のこと気付いてないみたいだけど」

「ギアの会の会員はおかしいでしょ? あと、ラズロフのところで質問した答えを合わせれば」


 飛躍しすぎたか。ワタシとベルトラさんは相談タイム。


「ギアの会がなんで出てくるんでしょうか」

「ラズロフがどうたらってのは何だ?」

「あ、それはですね──」


 ワタシはラズロフ兄弟社のところへ行ったときのことを話す。


「なるほど。じゃあ、たぶんあれだな──」


 長い戦いになりそうだった。

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