番外3-1︰ヘゲちゃんの憂鬱

※ヘゲちゃんメインの三人称視点です。おおよそ“方法12:牧場クエスト(クエストは禁止)”の裏話的な内容になってます。

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 ヘゲことティルティアオラノーレ=ヘゲネンシスは憂鬱だった。


 自分のした愚かな行為を後悔していたのだ。アガネアを武器として剛力で敵を射抜くという、ついさっきの愚行を。


 たしかに前々からアイデアとしてはあった。

 なんとなく大丈夫そうだという気もしていた。

 ただ、真面目に検証したことはなかった。

 そんな不確かなこと、普段なら決してしない。ノリと勢い。それはヘゲから最も遠い行動だった。


 浮かれていたのかもしれない。千年近くも年生きてきて、初めて百頭宮の外に出たのだ。それもミュルス=オルガンとは違う、森と平原の地に。


 これまで味わったことのない空気、匂い、音。

 それは想像していたほどヘゲの心を動かさなかった。

 こんなものか。

 無感動にそう思っただけだった。


“期待が膨らみすぎてたんじゃないの?”


 アガネアに尋ねられたとき否定したのは、正直な気持ちだった。

 落胆も失望もなく、慣れない環境への不安さえない。そしてそんな自分を淡々と受け入れる。

 ヘゲは自分が感情の起伏に乏しいことをよく理解していた。


 それなのに──。どういうわけかアガネアはヘゲの感情を掻き立てる。調子を狂わせる。

 今こうしてそう思うだけでも、自然と眉間にシワを寄せそうになる。


 あの馴れ馴れしい態度。どんなに冷たくされようと、なぜかヘゲから好かれていると信じて疑わない態度。軽口に挑発。それでいて、予想外な脆さ。


 面倒臭い。


 そして、そもそもそう感じさせられることが気に入らない。

 百頭宮の敷地から出られないヘゲにとって、アガネアは初めて接した人間だった。

 だからアガネアの言動も、自分の反応も人間全般に当てはまるものなのか、アガネア固有のものなのかさえ、ヘゲには判らなかった。


 悪魔相手にこんなにも心を乱されたことはなかった。

 最初のうちは考えまいとしていたヘゲだったが、24時間常時見守りが決まってからは、意識から締め出すことなど不可能になってしまった。


 こうしている今も、ヘゲはアガネアのことを把握していた。

 幸運にもオオソラトビヘビ退治は成功したものの、恐怖と安堵で呆然としているようだ。おまけに泣いてるらしい。


 自分のしたことの結果なのだから何かするべきことがある気はするが、それが何かは判らない。

 そこでヘゲはアシェトに報告し、指示を仰ぎに行くところだった。


 その気になればヘゲはアシェトの執務室へ直接転移することができる。

 ただ、自分なりに考えをまとめる時間が欲しくて、ヘゲはわざわざ廊下を歩いていた。


「ヘゲさん。お疲れ様です」


 正面から来たスタッフが頭を下げる。以前ならそのままお互い通り過ぎて終わりだった。


「どうしたんですか? 難しい顔して。ひょっとしてアガネアさんが心配なんですか」


 立ち話をしてくる。


 アガネアにからかわれたり、言い争う姿を見られているせいだろう。

 このごろ他の従業員たちがヘゲに対して、少し距離を縮めてきていた。

 それまでもお互いに険悪だったわけではない。だがコミュニケーションは業務上、必要最低限のものでしかなかった。


 こうした変化はヘゲからすれば鬱陶しいことだった。

 ただでさえ忙しいのに、時間をとられて少しずつタスクが遅れていく。

 とはいえ拒絶したり冷淡な態度で返すことはできない。

 そんなことをすれば職場の雰囲気が悪くなり、それがやがては店のサービスにまで影響してくる。

 百頭宮そのものであるヘゲにとって、それは絶対に避けたい事態だ。

 逆に、副支配人であるヘゲと現場スタッフの距離が縮まることは、百頭宮にとってプラスに働く。


 主観的には憂鬱なことが、客観的には改善になる。ヘゲにとっては悩ましい事態だった。

 そして、そんな悩みも元はといえばアガネアのせいだと思うと、ますます腹立たしい。

 そして、腹立たしく思うこと自体が余計にヘゲの心を乱した。抜けられないスパイラル。


 もしかして、自分を悩ませるアガネアに殺意があるんだろうか。

 ヘゲは自分に問いかけるが、さすがにそれはないような気がした。

 ただ、アガネアの扱いが雑だったかもしれないとは思う。

 バカで非力で、そのくせ旧知の腐れ縁みたいに接してくる女を大切にできるわけがない。

 “どうせアガネアなんだから、死なないようにだけ気をつけてればあとはどうにかなるでしょ”。

 そう思うのはしかたないじゃないか。

 そうした思いが今日の行動につながっていたのかもしれない。


 自分の出した結論に、ヘゲは少しだけ気分が軽くなる。

 アシェトを除けばこれまで仕事を通してしか他人と接してこなかったヘゲは、それが「気兼ねのない仲」とも呼べることに気づかない。


 ヘゲの報告を受けたアシェトは爆笑した。

 そして、収まらない笑いに苦しそうにしながらも、さすがにそれはやり過ぎだから、謝るようにとだけ言った。



 アシェトの執務室を出たヘゲはあてもなくフラフラと店内をさまよっていた。

 時刻は21時ごろ。店内には客の姿もなければ、夜シフト以外のスタッフもいない。


 なんの策もなく戻っても良くないし──。


 自分にそんな言い訳をしている。


「ヘゲさん。お疲れ様です」


 フィナヤーだ。


「どうしたの、こんな時間に」


 百頭宮内で起きることはすべて把握できると言っても、普段全員の行動を逐一追っているわけではない。

 警備室の壁に埋め込まれたモニターがすべての監視カメラの映像を流しているからとって、警備員がその全部を等しく注視しているわけではないのと同じだ。


 ただ今は、そのすべてのモニターの片隅にワイプでアガネアの映像が映っているようなものだった。


「ギアの会の集まりがあって、こらから部屋に戻るところです」


 ふと、ヘゲは質問してみた。


「あなたはアガネアの、どこにそんなに惹かれてるの?」


 本当に知りたいというわけではなかった。そもそも語れるようなモノを持っているのかさえ怪しんでいた。

 ヘゲにはギアの会のメンバーがアガネアに魅了される理由について、仮説があるのだ。それも、本人たちが気づいていないくらい深いレベルの真相についての。

 ただ、もしかしたら、アガネアに掛ける言葉のヒントになるかもしれない。


「ア語りですね」

「あがたり?」

「アガネア様の魅力について語ることです」


 当然のことのようにフィナヤーは言う。


「擬人であること、そして何気ない表情や仕草、言動なんかが本物以上に本物の人間っぽいこと。

 このあたりは表面的な部分で基本ですね。でも、これだけじゃ会員にはなれません」


 まるで入会審査があるようなことを言う。


「アガネア様が本当に特別なのは、私たちみたいな悪魔に対してもフラットかつフランクなところです。

 あ、もちろんヘゲさんやアシェトさんも擬人なのを鼻にかけるようなタイプじゃないですよ。親切にしていただいてます。

 でも、私たちはどうしても、お店の立場を抜きにしても上の方々だっていう感覚を持ってしまうものなんです。

 それが普通ですし、当然です。悪魔なんですから。


 けどアガネア様にはあり得ないくらいそうした隔たりがないんです。

 だからこそ私たちはアガネア様に惹かれ、崇めるんです。

 アガネア様が私たちのことを少しうるさく思ってるのは自分たちでも解ってます。

 それでも私たちの好きにさせてくれる鷹揚さも魅力ですね。

 ヘルズヘブンで見せた、誰にもマネできないような知略もスゴイです。

 あれは残念ながら見破られちゃいましたけど、見破られてなければ何が起きたのか解らないままだったでしょうね。


 メンバーで共通してるのはそんなところです。

 あとはそれぞれの個人的な好みがあれこれあって、むしろそこをどれだけ掘り下げられるかが最近のブームですね」


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