方法12-10:牧場クエスト(クエストは禁止)

 いつの間にかワタシは両手で頭を抱え、背中を丸めて座っていたのだ。

 何かから自分を守ろうとするみたいに。


 声の主はヘゲちゃんだった。ワタシの向かいに座っている。しかもあの、ジョークグッズのステータス眼鏡を掛けてる。

 ヘゲちゃんはワタシの様子がおかしいことには触れないで、メガネ越しにこちらをじっと見つめている。


「さ……さっきので、あなたずいぶんレベルアップしてるじゃない。ああでも、知力は2のまま。つまりそれが上限だったってことね。かわいそうに」


 人が精神的に深刻なダメージを受けてるってときに、いきなり現れてなに言ってやがりますかこのアマは。


「ま、私くらいのレベルになると、あんな雑魚一体倒したくらいじゃ経験値のゲージは目視できないくらい少ししか伸びないけど」


 ふふん、と得意げに笑う。


「なんの用?」

「いくら安全だったとはいえ、さすがにさっきのはやり過ぎた、謝罪した方がいいと思って」


 そんな。ヘゲちゃんが素直に反省してる!?


「アシェト様が」


 あー。そうねそうね。そういうことだと思ってた。


「さっきのこと、報告したらものすごく怒られたの。それで」


 そうなんだよ、こういう娘なんだよヘゲちゃんは。

 だいたい、ジョークグッズで登場から人を小馬鹿にしてる時点でさほど悪いと思ってないのは明らか。

 いくらワタシがヘゲちゃんに甘いからって、それはちょっと甘え過ぎじゃないかと思うんだよね。


「とにかくまあ、ごめんなさい」

「まったくだよ」


 ふと、ヘゲちゃんの顔が真剣味を増す。


「私はあなた以外の人間になんて会ったこともない。知ってることはぜんぶ書物や他人から聞いた話ばかり。

 だから人間について間違った接し方や感覚になってるときはあるかもしれない。だからそんなときは、遠慮なく言ってね」


 ヘ、ヘゲちゃーん。そういう優しさ、待ってたよ。やったついにデレた!(デレてないもよう)


「こんなこと言ったらあなたのことだから、それを口実にして何かにつけてサボろう、ダラけようとするでしょう? だからあなたの指摘は参考意見として聞いて、最終的にアリかナシかの判断は私がするけども」

「くっ! あんたってヘゲは……!」


 前言撤回。少しも優しくなかった。

 好きに言わせておけばこの増長っぷり。少し調教も視野に入れないとかしらこれは。こ、興奮するなぁ。


「本当は、さっきのことがトラウマにでもなって病んでたら困るから様子を見に来ただけ。大丈夫そうだし、もう帰らないと」


 ワタシのどこが大丈夫そうだって? ああん!?

 ──あれ? いつの間にか呼吸も戻ってるし、気分もそこまで落ち込んでない。

 もしやヘゲちゃん、ワタシに精神安定の魔法でもかけたんだろうか。それかヘゲちゃんが癒やし成分を発散してるのか。


 ともあれ、今のワタシは、うん。もう大丈夫。


「じゃあね。帰ったら雇用契約書にサイン、忘れないで」


 そしてヘゲちゃんは消えた。ワタシはすっかりぬるくなった、でもそれはそれで美味しいミルクを飲み干す。


「オオソラトビヘビの解体ショー、見に行こっかな」


 ワタシは立ち上がると、部屋を出た。



 その後は特に何事もなく、おだやかだった。

 翌日に延期された乳牛と工場見学は楽しかったし。ただ、肝心の乳牛がね……。


 ワタシもどんなものか知らなかったしガイドブックにも詳しく載ってなかったんだけど、イボだらけの触手の塊でした。

 その先端からミルクを搾るの。

 中心部分はたぶん革袋みたいなもので、触手同士のあいだからはトゲみたいに大きな昆虫の足が、何本も、ピクピクしてて……。


 いかん。これは早く忘れよう。でないと乳製品全般がダメになりそうだ。


 その後に行われた交渉も、同席したワタシは座ってるだけで退屈だったけど、特に問題なく無難な落としどころに着地したみたい。

 お店への配送方法から予想発注量、可能な出荷数にショート時の保障、はては宣伝に百頭宮の名前を出すことの有償、無償の範囲まで、ときに契約話法を交えてこと細かに駆け引きが繰り返されたのは悪魔らしかった。

 それでも最後は笑顔で握手、何かの書面にサインして終わった。


 夕食はベルトラさんとワタシが作った。ランパートは恐縮して断ろうとしたけど、調理師が食事を振る舞われてばかりじゃ威信にかかわる、それにぜひとも百頭宮の味を体験してほしい、ということで受け入れてもらったのだ。


 ライネケの代理だからか、いつもと違って前菜からデザートまでのフルコースだった。ひょっとして行きの馬車の中で料理本を読んでたのって、これの準備もあったのかな。

 きちんとしたコースだからこれまでのバーベキューとは違って、そうそうみんな泥酔したりしないだろう。

 ワタシはそう思ってた。この予想は半分当たってた。


「だから、クエストはもういいんです。あんな危ないのは禁止!」


 そう。ワタシが泥酔したのです。


 コース料理を楽しんでもらい、ランパートが絶賛したところまでは良かった。

 そのあとワタシたちはまかないみたいなのを食べて、これもまあ、問題なかった。

 そしたら試作品の感想を、とか言われて自家製のソーセージやら燻製やらビールやらが出てきて、それもいい。

 もう明日は帰るだけだしワタシもちょっと飲んじゃおっかな、と。

 これが良くなかった。いやあ、お酒って本当に酔うんですね。そこまで飲んでないはずなんだけどなあ。疲れてたんだろうか。


「やっぱ魔王様ですよ。魔王様。魔王様がいればどこか遠くに置いておいて、最終目標はそれを倒すこと、とかにしておけばストーリー、じゃなかった人生設計がやりやすくなるってもんですよ!

 実際に倒しに行く必要はないんです。それは危険だから。でもその、倒さないようにするってところがまた」


 ワタシは酔った勢いでベルトラさんに熱く語っていた。


「しかし魔王様なら地方領主的なのからサタン様まで何人もいるじゃないか。

 サタン様は地獄の奥に幽閉されてるし、あの方はどちらかというとあたしらが革命のために反乱を起こしたときの精神的指導者であって、何か実際的な功労があったわけじゃないが。

 ルシファー様やベルゼブブ様だって魔王として充分だ。そもそもあたしらは倒すより、倒しに来たのと戦う方だろ」

「ど……そ……。アーッ、ソウカ」


 そうだった。ここは魔界。魔王の本家、老舗中の老舗だった。

 この微妙に異世界じゃない感がなぁ。ワタシ的にはちょっと萎えるんだよなぁ。


 そして翌夕、朝食を済ませたワタシたちは全員に見送られ、大量のお土産と共に百頭宮を目指して旅立った。


 帰りは特に何事もなく、ワタシはビックリするくらいスムーズにいつもの激務へ戻った。

 けれど、むしろ視察旅行のあいだよりもこっちの方が体になじんで感じられる気さえする。


 土産物でナウラを餌付けしたり、ヘゲちゃんをからかったりしているうち、数日が過ぎた。


「ベルトラ、アガネア。商工会から魔獣駆除のクソ依頼が来たぞ。今月はウチが当番だから、拒否権はない」


 やたら嬉しそうに告げるアシェト。


「それって、危険ですよね? もしワタシに何かあったら大変なので辞退します。戦闘力ありませんし」

「心配すんな。魔獣っつってもサンビナって無害な奴らだ。安全は保証する。

 それにこれはな、おまえにとっちゃアホほど重要な検証実験の機会でもある。ヘゲも参加させっから、明後日よろしくな」


 アシェトはいつものように、仕事を押し付けるだけ押し付けて去っていった。


「ちょっと、いいかしら?」


 ヘゲちゃんだ。


「先日のことがあるから先に教えておくけど、サンビナ駆除であなたはヒドい目に遭うから。危険が皆無なのは私も保証するけど」

「安全だけどヒドい目?」

「事前に知ってれば心の準備もできるでしょ?」

「だから、それって具体的にどういう」

「そんなの。教えたらつまらないじゃない」


 なんとも思わせぶりな笑みを浮かべると、ヘゲちゃんは姿を消した。逃げたとも言う。


 何度も念話で呼びかけたけど返事なし。これがスマホならワタシからの着歴が鬼のように並んで、ちょっとしたサイコホラーみたいだったろう。

 というか頭の中で『へいへいよーへいへいよー』言いすぎて、こっちが病みそうだったわ。


 ヘゲちゃんにはワタシを安心させたいのか不安にさせたいのか、そろそろハッキリさせてもらいたい今日この頃。

 その返答しだいで握手か戦争かが決まっちゃうんだからね!


「で、サンビナってなんですか? あと、どアホのヘゲちゃんはバカなんですか? 心当たりを教えてください」


 ワタシはベルトラさんに尋ねる。


「まあ、そうなるよな」


 ベルトラさんは諦めたような、まんざらでもなさそうな、微妙な顔でうなずいた。

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