方法12-9:牧場クエスト(クエストは禁止)

 外から引き上げたワタシとベルトラさんは自分たちの部屋にいた。ランパートも一緒だ。


「いやあ。素晴らしい。

 実はこの辺りはあのオオソラトビヘビの狩場でしてね。開業前に大金払って人を集めて追い払ったんですが、先週くらいからまた戻ってきてしまいまして。

 結界の損耗も激しくなるし、かといって討伐となるとかなりの予算が必要ですから、どうしたものかと。それを一発で。

 さすがは甲種擬人。どれだけ感謝しても足りません。これはぜひ我がファームの正式なヒストリーに加えさせていただきたい。

 もしここが無くなるようなことがあっても、一帯を恐怖に陥れていた空飛ぶ大蛇を一撃のもとに屠った英雄、アガネアさんの名前は伝説として永久に残るでしょう。まったく感服しました」


 在庫一掃処分セールみたいな勢いでワタシを賛美するランパート。いつもならまんざらでもない気分になるんだろうけど、今のワタシはただただソファにもたれてゲッソリしていた。


 頭から落下したワタシは肉羊を串刺しにして地面へめりこんだ。

 硬直が続いていたおかげで無傷だったけど、慌てて駆け付けたベルトラさんが引き抜いてくれた時には泣いてましたよ。普通に。


 だってさあ、隅から隅まであり得ないでしょ。なにやってんのヘゲちゃん。

 こうして狙いどおり、ワタシが甲種ってことはアピールできたけどさぁ。こうまでする必要がどこにあったのかって話なわけで。


「おまけにあの涙。自らの殺さないという禁を破り、命を奪ってしまったことへの哀しみの涙なんでしょうね。

 そうまでしてあの蛇を退治してくれたその決意たるや。感動です」


 発熱したケースが触れてた部分は確認したら火傷してた。いまも痛い。

 たぶんあれ、出力上げるとかなんとかで熱暴走みたいになってたんだろうな。

 さすがに防護材のおかげでミニチュアは無傷だったようだけど。


「それにしてもアガネアさんが飛び上がった後、少し遅れて宙に誰かが吹き飛んで消えたように見えたんですが、あれはなんだったんですか?」


 ランパートの問いにピンと来る。ヘゲちゃんだ。

 たしかヘゲちゃんはミニチュアの周囲20メートルくらいまでしか移動できなかったはず。

 ワタシが高速で飛んでったから、その範囲へ収まるよう引っ張られたか見えない壁にふっ飛ばされたかして慌てて帰ったんだろう。いい気味だ。


「あれは、使い魔です」


 もしここで誰かに見られたら、そう答えるように言われてた。


「使い魔。そりゃまたずいぶん古風ですね。あんな不便なもの」

「あの技はじつは使い魔を生贄にして、ブースターとして消費しているんです」

「ほほぉ」


 感心するランパート。我ながらナイスアドリブだ。隣でベルトラさんが微妙なカオをしてるけど、見なかったことにする。


 近場に落下したオオソラトビヘビの死骸を解体処分をするということで、後のスケジュールは中止になった。

 なんでも歯や骨、ウロコは貴重な素材として高値になるらしい。肉も美味いのだとか。


「今夜はオオソラトビヘビのバーベキューにしましょう。切り取ってその場で焼く。豪勢ですね」


 のんきなランパートに連れられて、ベルトラさんは見学に行ってしまった。

 ワタシは後で行くと答えて、その場に残る。正直、気力も体力も限界だった。しばらくミルクでも飲んで休んでいたい。


 一人きりになるとさっそくヘゲちゃんを呼び出した。


『へいへいよー。ヘゲちゃん、さっきはよくもあんなマネ』

『うまくいったでしょう。こちらでもモニターしてた。ツノを焦点にした力場を形成すれば投擲武器として使えるんじゃないかと思っていたの。

 力場は緩衝や防護にもなるし、大丈夫だったでしょ』

『だからってあんな。それにミニチュアが発熱して、ヤケドしたんだから』

『それは不可抗力。あれを通して本体からムリヤリ大出力のエネルギーを送り込んだからよ』


 涼しい態度のヘゲちゃんに、さすがの温厚なワタシも怒りがつのる。


『20メートルの範囲制限で宙に吹き飛ばされたらしいじゃない。マヌケね』

『投げるとき、そっちにあった私の全質量を力に変換して射出したから、あれは消えていく残滓がそう見えただけ。

 力は質量X速度の2乗に等しいって格言、知ってる? いくら私でもそちらに発現した状態の魔力と膂力だけじゃオオソラトビヘビは貫通できない』


 もう、なんなのこの娘。理屈ばっかり持ち出して。理屈勝負でワタシが勝てるとでも思ってんの?


『とにかく、ああいうのは禁止。二度とやらないでよ』


 ワタシはそう告げて念話を終えた。


 こっちに来て初めてのバトル。それが「武器として投げられる」なんて形になるとは。

 ……バトル? うん。バトルバトル。けっこう強そうだったし、本当にステータスがあったらそこそこレベルアップしてたんだろうか。

 投げられたとはいえ、直接的にダメージ与えたのワタシだし、経験値入るよね? いやそんなもんこの世界にはないんだから考えても意味ないけど。


 異世界に来て危ないことばかりだったけど、どちらかといえばガチ殺されそうとか、リアル暴力の臭いとか猛獣とご対面とか、そんなのばっかり。こういうモンスター退治的なイベントは起きないんだと思ってた。


 そして、経験して理解したことがある。

 憧れてたわけじゃないと思うけれど、こういうゲームみたいな剣と魔法のファンタジー世界的なバトルだって、実際に起きてみればただの「危険」でしかない。


「よかったー。生きてる」


 ふと出てきた言葉に、自分でも驚く。今さらのように体が震えだした。


 ヘゲちゃんは馬鹿じゃない。抜けたところはあるけれど、むしろ頭はいい方だ。だからさっきだって、きっと危ないことなんてなかったんだろう。

 でも“一歩間違えれば死んでた”ことに変わりはない。


 ワタシはこの異世界で、とにかく生き延びることを第一に考えてきたし、そのための用心もしてきた。

 ベルトラさんやヘゲちゃんに守られることで安全度はグッと高まったけど、ワタシ自身の心掛けで回避できた危険だってきっとあったはず。


 じゃあ、今回のことはどうすれば避けられたんだろう。

 肉羊の捕獲を見学に行かない? もしもに備えて、不審な飛行物を見つけた時点でヘゲちゃんから距離を取る? それはつまり、日常のなじんだこと以外はひたすら避けるようにし、どれだけ親しい人の前でも気を緩めず、常にありえない可能性を前提とした用心と警戒を続けることに他ならない。


 それは普通に辛い暮らしだろうと想像がつく。

 そして、どうしてだろう。ワタシにはそんなことを考えるだけで、想像どころじゃないほどの息苦しさと重苦しさが感じられる。まるで本当にそんな生活を続けてきたみたいに。


 疑いの心だけを抱えて生きる。


 そう思っただけで気分が悪くなり、わけのわからない恐怖にパニックを起こしそうになる。

 ヤバい。うまく呼吸ができなくなってきた。どうしよう。


「へぇ、なるほどね」


 誰かの声にビクリとして顔を上げる。

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