方法12-8:牧場クエスト(クエストは禁止)

 それはよく見てないと判らないくらいのスピードで、だんだん大きくなってるみたいだった。でも、なんだかおかしな気がする。


「昨日、私の知らない悪魔と会ってたでしょう」


 唐突にヘゲちゃんが言った。なにげない、静かな口調。なんかやたら束縛の強い彼女みたいなセリフだな。

 離れててもワタシのことを把握できるとか言ってたけどそんなことまで判るのか。

 ワタシとヘゲちゃん、二人だけの超監視社会がやって来てた! ヘゲちゃんがビッグブラザーならぬリトルシスター。

 なんか潜水服みたいなの着たボディガード連れてそうだな。


 下手に隠すとマズい気がしたので、素直に昨夜のことを話すとタニアからの手紙を渡した。ヘゲちゃんは手紙に目を通す。


「なるほど。簡潔でユーモアもあって誠実。あんなウチのパクリ店でもさすがに支配人といったところね」


 その感想は悪魔なら普通の感覚なのか、それとも手紙の文面にヘゲちゃん大先生のセンスに通じるものがあるからだろうか。


「けど、いくら街から離れてるからといって、お互い従業員の引き抜きは禁止ということで合意してる。これは問題ね。……従業員」


 ヘゲちゃんがフリーズする。どうしよう。叩いて直せるかな。


「ああ、そういうこと」


 忌々しそうにつぶやく。


「成り行きでウチに居着いちゃったから、あなたに雇用契約書のサインさせるの忘れてた……。

 つまり厳密にはあなたはウチの従業員じゃないから、取り決めには違反してない、と。おおかたウチの従業員名簿でも見てて気づいたのね。まったく」


 ため息をつくヘゲちゃん。


「ね、ヘゲちゃん」

「帰ったらあなた、契約書にサインなさいな」

「ヘーゲーちゃんってば!」

「なに? 騒がしい」

「あれなに?」


 ワタシはさっき見つけた宙に浮かぶロープを指差した。さっきよりは明らかに大きくなっている。


「あれは……?」


 二人してロープを眺める。


 見ている間にもロープはジワジワ大きくなる。しかも、大きくなるスピードが少しずつ増してるようだった。

 あれ、ひょっとしてそうとう大きいモノがかなり遠くにあるんじゃあ?


「オオソラトビヘビね。文字どおり空を飛ぶ巨大な蛇。全長300メートルくらい。かなり強力な魔獣よ。ちなみにここ、結界が張ってある?」


 サプラーイズ。いい顔で言うランパートの姿が頭に浮かんだ。

 くっそあの牛野郎。危険はないとか言ってたけど、ちょっと不安だ。


「そして土地が妙に安値だったとか言ってた?」

「なんで解るの!?」

「辻褄が合うからよ」


 ヘゲちゃんはワタシの肩に手を掛けた。軽い動きだったのにものすごい力だ。ワタシはその場を離れられなくなる。


「これはアガネアが甲種だって示す絶好の機会。そして前から試してみたかったことがあるの。大丈夫。そのツノを焦点にすればきっとうまく行く」


 一字一句ヤバい予感しかしない言葉。直後、ワタシは直立不動の姿勢で硬直させられた。


「あっ、こっ」


 声が出ない。硬直しているせいで呼吸するのがやっとだ。


 ヘゲちゃんはオオソラトビヘビを見据えると、すごい速さで指を曲げたり伸ばしたりしながらなにかブツブツつぶやく。

 ひょっとしてあれ、超高速で指折り数をかぞえてるんじゃないの?


 そうしてる間にもロープくらいだったのが綱引きの綱くらいにまで大きくなっていた。全体がクネクネとのたくってる。

 草原の方から聞こえる声からして、どうやらあっちでも気がついたみたいだ。

 それでも肉羊の収穫は止まらない。たぶん結界が護ってくれるんだろう。

 それに、あっちの状況はもはや悪魔側の都合で中断できるようなものじゃない。


 ゴバアァッ。


 蛇が口を開ける。ワタシよりも大きな牙が並んでいる。

 こちらへ一直線に向かっているのは明らか。

 まだ距離があるはずなのに、空のほとんどを埋めるようなサイズ感。

 その暴力的な圧力に足から力が抜けて倒れそうになるけど、固まった体がそれを許さない。

 束縛の力が急に増した。と同時に。


「熱ッ!? アッ、アーッ!」


 ベルトにつけたケース、というかその中身が高熱を発する。ものすっごい熱い。

 ちょっとこれ大丈夫じゃなさそうなんだけど。ベルトごと外したいのに手が動かない。

 無理やり体をねじって少しでも遠ざけようとするけど、それさえできない。


「合いました! アガネアドリル飛翔形態、フライングスピアニードル!!」


 槍なの? 針なの? ヘゲちゃんがワタシの体を掴んで全力でぶん投げる。


 蛇に向かって。


 すぐに大きな破裂音と衝撃が起こり、視界が一瞬、白いもので隠れる。水蒸気爆発。

 音速超えた!? と思う間もなく蛇の下顎が視界に入り、衝撃とともに暗転。

 熱と抵抗感。

 ドバンッ!! という音とともに明るくなった。

 吹きだす血と脳漿でわずかなあいだ、周囲が赤く染まる。そして敷き詰められた星々。

 ワタシはオオソラトビヘビの頭をぶち抜いたのだ。


 じらすようにゆっくりと、上昇速度が遅くなる。で、これってこの後どうなるの?


 ──もちろん落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る