方法10-2︰私を監修してください(やるなら本気で)

「違う。もっと力強く」

「やりすぎ。もっとマイルドに」

「気持ちやさぐれた感じで」

「そうそう。あともう少し」

「もっと大胆かつ挑戦的に」

「繊細な陰を少し足して」

「もっと頼れる姉貴みたく!」

「パッときてガーンと!」

「もうちょい右。そこの角を曲がって左側をあと2ミリ下げて裏返す!」


 などなど調整を繰り返すこと1時間。


「もう、無理。触手が痺れて」


 イカばあさんはイカ部分を紫にして倒れる。けど、できた。その挑発的な笑みを見るだけで判る。


「もいちど自己紹介して」

「また? 私はナウラ。百頭宮のフレッシュゴーレム」


 けだるそうだけど、少し面白がってるような口調。完璧だ。


「ここにはどれくらい?」

「さあ」


 それが何か? という感じで肩をすくめる。


「あなたみたいな人間、いると思う?」

「知らない。見たことないし。けど、いると思う。あなたの方が知ってるんじゃないの?」


 ワタシは重々しく告げる。


「できた……!」

「おぉーっ」


 いつの間にか集まっていたギャラリーが拍手する。


「どうだ?」


 アシェトがヘゲちゃんを従えて様子を見に来た。


「ずいぶん生意気そうじゃねえか」


 その、まずは力関係で相手を把握しようとするのはなんなのか。


 ワタシはナウラにうなずいてみせる。


「私、フレッシュゴーレムのナウラ。あなたは?」

「私はアシェト。ここの主人だ」

「そう。よろしく」


 自信たっぷりに右手を差し出すナウラ。いいよいいよー。


「お、おう」


 少しとまどいながらその手を握り返すアシェト。


「何か飲み物はいる? 食事は済んだ?」

「ああ、いや、いい」


 ふっふっふ。アシェトが困ってる困ってる。

 ナウラは気にすることないって感じで口元をキュッと引き結ぶと、少し首をかしげる。


「そ。じゃ、気が向いたら言って」


 アシェトはナウラをジッと見つめて考え込む。そしてゆっくりと笑みを浮かべた。


「いいじゃねえか。なかなか見ないタイプだ。ウチのスタッフなら接客的にアウトだけどよ、フレッシュゴーレムならアリだ」


 こうしてナウラ(アガネアカスタム)は晴れて採用されたのだった。


「ハイ、アガネア。忙しそうね」


 ワタシがポテトサラダの各種材料を大きなケースにぶっ込み、オランデーズソースというマヨの先祖みたいなやつと塩コショウでひたすらあえていると、ナウラがやって来た。

 配膳カウンターに肘をつく姿がなかなか様になっている。


「あんたは暇そうね」


 そう言いながらも巨大なヘラを動かし続ける。あと1分以内に完成させないと後がヤバい。けどワタシの腕もヤバい。


 本当ならポテサラはとっくにできあがってた予定なんだけど、他の作業が押してこんなことに。悪魔たちが食事に来はじめるまであと10分もない。


 今日のメインはマグロとタラの紅白ソテー。こっちのマグロは焼いても赤い。それがいま、火にかけられた巨大な鉄板の上でベルトラさんに焼かれてる。


 ワタシが加わったことでベルトラさんは長年の夢、“できたてを熱いうちに”が実現できるようになった。

 それはつまり、毎日デスマーチをBGMに強制横スクロールアクションをやらされるようなものだった。ステージはランダム生成で難易度はファミコン並。


 ナウラはアシェトが認めただけあって大好評だった。

 新聞にインタビューも載った。フレッシュゴーレムとしては初の快挙らしい。


 そんなわけでプレミアム感を出す、消耗させない、ということになり、今のナウラはダイスを振って偶数なら出勤、奇数なら休みという運用になっていた。


 それだけならどうでもいいんだけど、ナウラは休みのたびここに入り浸るようになっていた。

 ワタシの人徳に惹かれるんだろうか。ナウラはワシが育てた。


 ただ、人が仕事で圧死するかどうかギリギリのときにそばでフラフラされてるとたまにイラッとくる。

 けど万が一ケガでもされると多額の休止補償を請求されるので、手伝わせることはできない。


「ハロー、ベルべドロ」


 ナウラは、ワタシが見覚えあるけど名前を知らない悪魔へ気さくに挨拶する。


「やあ、ナウラ。今日も休み?」

「そうなの。もうこれで3日連続。信じられる?」

「でも僕はキミが休みの方がいいな。こうして会えるから」


 おいおい、人の目の前で口説いてんのかコイツ。いい度胸だ。

 二人は何か楽しげに話しながら行ってしまった。


 そう。休みのたびにここでダラダラし続けた結果、ナウラはすっかり第2厨房の看板娘になっていた。

 食事をしに来た悪魔たちから可愛がられること山のごとし。オフィスに犬とか猫とかいる会社があるらしいけど、まさにあんな感じだ。

 というかチヤホヤされるのに味をしめてここに来てるまである。


「ナウラはワシが育てた……」


 そっと呟いてみてもなぜか虚しい。


「そう。すべてはアガネア様の功績です! そして僕らはあくまで、そんなアガネア様を推していきますよ!!」


 うおっ。聞かれてた!? 見れば犬猫兎、三つの頭にコウモリの翼を持つ獣型の悪魔、ロビンがいた。

 なぜかワタシを敬愛するサークル、「ギアの会」のメンバーだ。その後ろにも他のメンバーが何人か並んでいる。


「ロビン。どうしたの?」

「食事に来たんですが」


 っべー。忘れてた! いつの間にかカウンターの前には食事に来た悪魔の長い列。


「アガネア! おまえなにボサっとしてんだ!!」


 ベルトラさんの怒声。ワタシは焼きあがった魚を取りにダッシュする。怒られちゃった。テヘペロ☆ 釈然としねー!


 どこかから楽しそうなナウラの笑い声が聞こえてきた。

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