方法10-1︰私を監修してください(やるなら本気で)

 ワタシはスタッフホールで来客を待っていた。

 始業まではまだずいぶん時間がある。ベルトラさんは奥の厨房で休んでいた。


「ごめんなさいね。忙しいのに」


 扉を開けて入ってきたのはイカばあさん。


「ほら、あなたも入って」


 後から入ってくるのはラズロフのところから引き取ってきたフレッシュゴーレムだ。


 あのときは起動直後とかでイカばあさんに抱えられ弛緩した顔をしていたけど、今は違う。自分の足でスムーズに歩いている。

 腰を揺らしながら歩く姿がなかなか色っぽい。なにが珍しいのか、あたりをキョロキョロ見回している。


「ナウラ、ご挨拶して」

「はじめまして。私はナウラです。よろしくお願いします」


 ハスキーで艶っぽい声。それでいて明るい笑顔と挨拶。

 ダークブラウンの瞳は輝き、ふっくらした唇には潤いがある。

 ボサボサだった黒髪はふんわりしたショートに整えられ、胸下丈のキャミソールにピッチリしたスキニージーンズがメリハリのある体をあますところなく引き立てている。

 褐色の肌以外はまるで別人みたいだ。


 起動したフレッシュゴーレムはより人間らしく見えるよう、店での仕事ができるよう、みんなイカばあさんが調整する。

 そしてさらに今回は、ワタシが監修する。

 といっても大したことはしない。しばらく話したり動きを見たりして、アドバイスしたり感想を言うだけだ。

 ワタシはどうにも人間らしさがあるうえに、今話題の擬人が監修したとなれば話題性もある、ということで頼まれたのだ。


「じゃ、ワタシをお客様だと思ってとりあえず何か喋ってみて」


 ナウラに投げてみる。


「部長はゴルフをなさらないのですか?」


…………えっと。ああ、うん。なるほどね。そうか。そうかー……。


「ほ、ほら。フレッシュゴーレムは曖昧な話が苦手なのよ」


 イカばあさんがフォローする。けど、こんなトンチキなセリフでも可愛く見えるから恐ろしい。


「えっと、じゃあ好きな食べ物は?」

「コロッケです!」

「コロッケかー。ソースとかかけるの?」

「いえ、丸のまま」


 一瞬、俵型のコロッケを涙目で丸呑みするナウラの姿が浮かぶ。なにそれカワイイ。

 じゃあオジサンのコロッケも丸呑みしてもらおうかな、なんて新しいトビラを開きかけてるワタシには悪いんだけど、なんかおかしい。

 いや、受け答えの内容じゃなくてね。

 だってほら、これってあれでしょ。LINEのりんねちゃんみたいなもんでしょ? だから返しが少し変なのはいいとして、どうにもしっくり来ないところがある。


「ナウラちゃんは地獄に行ってみたいと思う?」

「地獄ですか? うーん。そうですねぇ。興味はありますけど、私はここが一番です」


 ニッコリ。

 いや、その笑顔は百点満点なんだけど。うーん。


「普段はフロアでどんなことしてるんですか?」


 イカばあさんに質問する。


「そうねぇ。基本、ブラブラしてるわね。空いてる席に座ってたり、お水を飲んでたり、ただ歩いてたり。ときどきダンスを踊ったり、これは私の工夫なんだけど曲に合わせてハミングしたり。

 そうそう、有料でお客様の席まで食べ物や飲み物を運んだりもするわね」


 料理運ぶのが有料って。どこぞの、これは炎上が怖いのでとにかくボカすけど、ごく一部の心無くエゲツない本当に例外的なメイド喫茶でさえそこは金取らないと思うぞ。

 普通のフロアスタッフじゃないから、ってことだろうけど。


「ダンスを踊って見せてくれる?」


 するとナウラはスローなロックバラードみたいな曲をハミングしながら両手を頭の後ろで組み、腰をグラインドさせながらヒザを曲げ、伸ばし、今度は両腕を下ろしつつクロスさせてボディラインを指先でなぞり、とまあなかなかセクシーなダンスを披露してくれた。


「どうかしら?」


 イカばあさんが聞いてくる。なんか我が子のデキを気にする母親みたいだ。


「いいと思うんですけど」

「けど?」

「何か食べ物とか持ってきてもらえる?」


 言われたナウラはなにか探すように周りを見る。

 イカばあさんは厨房まで行くとベルトラさんから食器を載せたトレーを借り、ナウラを呼び寄せる。


「お待たせしました。注文のお品物です。ごゆっくりどうぞ」


 食器を危なげなく運んできたナウラはそう言うとテーブルに皿やコップを置くと、その場を離れた。うん。これはおかしい。


 ワタシはトレーを受け取ると、二人の前で実演してみせる。


「お待たせしました。ご注文のお品物です」


 ここで持ってきたものを置く。


「ごゆっくりどうぞ」


 そして立ち去る。


「これよ! こういうのを期待してたのよ!」


 唐突にイカばあさんが叫ぶ。


「私も教えながらなんだかしっくりこないと思ってたのよ! そうそう。こっちの方がなんだか人間っぽい。これはみんなこうさせなきゃ! アガネアさん、さすがよ」


 大興奮だ。人間世界の知識を駆使して異世界で大活躍ってラノベではあるけれど、かつてこれほどショボい知識の活用があっただろうか。


 けど、ナウラのファミレス店員みたいな態度で違和感の正体がわかった。

 見た目や声、ダンスなんかのセンスと接客態度や口調がマッチしてないのだ。


「口調とかって変えられます?」

「ええ。どんなふうに?」

「えっと、アシェトさんみたいな」


 イカばあさんは触腕をナウラの頭に載せ、何かを念じる。

 するとナウラの表情が変わった。フランチャイズのバイトリーダーみたいな雰囲気が、妖艶なものになる。


「これで、どうかしら。アガネアさんはこっちの方がお好み?」


 髪をかき上げ、流し目で問うナウラ。声の感じは似合ってるけど、こうじゃない。

 というか、ひょっとしてアシェトさん客の前ではこんな感じなのか。猫かぶりすぎだろ。しかも化け猫っぽい。


「そうじゃなくて、素のときのアシェトさん」


 再び何か念じるイカばあさん。あれで設定いじってるんだろうなあ。


「こんな感じか。これで接客すりゃ客も人間っぽさに満足すんのか?」


 もちろん、そうじゃない。これは調整するためのベースだ。


「今のは姐御っぽすぎるから、もっとワイルドかつフランクに」

「こうかしら?」


 再び変更を加えるイカばあさん。ちょっと喋らせてみる。

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