方法8-3︰突然ですが、クイズです(質問はよく考えて)
そこはほんのりと明るい通路。先の方は緩やかなカーブの向こうに消えている。螺旋を描いて下っているそうだ。
左手の壁にはくぼみがあって、その一つ一つに小さなラズロフが眠っている。
ラズロフは変わった悪魔で、全員がラズロフなんだそうな。しかも兄弟が増える。
ある日、始業前に新しいのがふらりと現れる。
記憶も知識もちゃんとあるけど、それより前のことは憶えてない。そして背が高い。
それから生きてるうちにだんだん背が縮んでいき、寝る時間が増える。
とうとう子供くらいの大きさになって一日のほとんどを寝て過ごすようになると“引退”してここへ連れてこられ、くぼみに寝かされる。
そういうときはどういうわけか、ちゃんと一人分のくぼみが一番手前に空いている。
こうした歴代のラズロフは失われた知識や昔のこと、台帳に載ってない秘伝のレシピなんかを知っている。
ワタシは一番入り口に近いラズロフへ近づいた。
「あの、すみません」
「おや、来たか」
目を覚ますラズロフ。
「おまえさん、名前は?」
「アガネアです」
「正解。次へ」
へ? これだけ? クイズっていうからどんな問題が出るのかと思ったら。
拍子抜けするワタシを放置してラズロフはもう寝てしまった。
となりのラズロフを起こす。
「お前さんの右手はどっちだ?」
「こっちです」
私は右手を上げる。
「正解。次へ」
「指は何本に見える?」
ラズロフは手を広げてヒラヒラさせる。えーと、ひいふうみい、と。
「7本」
「正解。次へ」
これ、クイズってより認知症チェックとかそういうんじゃないの? よっぽどアホだと思われてるんだろうか。
歴代ラズロフに何かを教えてもらうには、情報の価値や希少さに応じた数のクイズに答える必要がある。
質問は事前に問い合わせ。要予約最短翌日スタート。
クイズはチャレンジャーの知識レベルにあわせて出題される。
現役ラズロフたちの場合は基礎から応用、マニアックなものまで幅広く薬品関連の問題が出されてかなり難しいらしい。
なのでワタシ本来の高度な知性にあわせられるよりは、アホだと思われる方が有利だ。
けど、どうしてそんな勘違いを? ホントは人間だから、判定能力がバグってるとか?
「性別は?」
「家族構成は?」
「趣味は?」
「特技は?」
「好きな食べ物は?」
「結婚したら子供は欲しいかね?」
「相手の親との同居はあり、なし?」
あのな、婚活パーティーじゃねーんだぞ、と。
流れ作業で男の質問に答えてくとことかちょっと似てるけど。
「おまえさんが北を向いてるときに左手の方角は?」
「ひが、西」
「8+6は?」
「じゅうさ、14です! 14!」
っぶねー。まさか一桁の足し算を間違えかけるとは。自分でもオドロキです。
ラズロフのクイズに再チャレンジはない。1問でも間違えればそれで終わり──人生が。
間違えたり答えられなかったりすると歴代ラズロフ全員が嘲笑してくる。
無事だった悪魔がいないので不確かだけど、笑われると体が動かなくなるらしい。
そして笑い声がいつまでも続くうち、とうとう間違えた方も大声で笑いだす。
とたんに歴代ラズロフたちはピタリと黙る。
笑いだした方はどれだけ苦しくても笑いが止まらず、ただ体を痙攣させて笑うだけ。悪魔だから呼吸困難で死ぬこともできない。
こうなるともうどうしようもなく、最後の慈悲として滅ぼすしかなくなる。
ただ、複数人でパーティを組んでいれば、失敗したところからチャレンジを再開できるらしい。
ワタシの丸薬のレシピを聞き出すとき5人のラズロフが失われたってのはそういうワケだったのだ。
もちろん最初は断ろうとした。そんな危ないこと、“絶対安全第一”で生きていくと決めたワタシには無理だ。
けどアシェトには許可取ってるって言うし、ワタシに関わることだって言うし、なによりチャレンジャーがワタシってところが秘策なんだそうな。大丈夫。絶対成功するからって。
それなら今後は1回1ソウルでチャレンジ代わろうかって提案したら、今回は特例だからとか言われた。
それで押し切られて受けちゃったけど、よく考えたらこれ無保証で命がけだよね。
特例ってなんだよ。なにが秘策なのかもわからないし。
「甲種擬人と乙種擬人、弱いのはどっち?」
「乙種擬人」
「胡椒と砂糖、辛いのは」
「胡椒」
「正解。次へ」
「正解。次へ」
「正解。次へ」
「まあいいだろ。正解。次へ」
「正解。次へ」
「正解。次へ」
奥へ進むとラズロフはだんだん小さくなっていく。
どれくらい歩いたんだろ。出題数300を過ぎたあたりからもう数えてない。
「おまえの血は何色だ?」
赤、と答えようとして迷う。
たぶん赤だけど、本当にこの体は人間なんだろうか。
メチャクチャためらってから、親指の皮を少しだけ噛み切る。
「赤です」
「キサマの首の上に載ってるのはカボチャか?」
「頭であります! サー!」
即答する。
ラブロフは一人ひとり起こさなくても、クイズに答えるともう次が起きて待ってるようになってた。
私は前を向いて歩く足を止めずに、横からのクイズへ答え続ける。もうみんな豆粒より小さい。
そうして何時間、何千問に答えたろう。
これだけ続けても同じ問題は出ない。
ラズロフは小さくなりすぎて肉眼で見えなくなっていた。それでも声はハッキリしてる。
こんなに喋ることなんてないからノドが痛い。足がダルい。
集中力が切れて、簡単な問題でも間違えそうになる頻度が増す。質問を聞き返すことも増えた。
これじゃヤバいんだけど、出題が止まらない。休んでたりしたら時間切れで不正解にされそうだ。
「牛乳から作られる加工食品を三つ答えなさい」
「チーズとバターとミルクキャラメル……というのは冗談で、えーと。ん? ヨーグル、トとか?」
疲労がピークで回答があやふやになる。
「おまえさんは擬人かね?」
反射的にはいと答えそうになって口を押さえる。
なんとなく解る。これは引っ掛けだ。
「いいえ」
「正解。ここで最後だよ」
気づけば目の前は壁で、道は終わっていた。おかしいな。さっきまでまだ先が続いてたと思うんだけど。
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